サンクス・フォー・ザ・サンクレス
ドゴン!!!!
という音が洗面所中に鳴り響いた。土曜日の朝のことだった。
「「えっ、何!?」」と全くおんなじリアクションで洗面所へ駆けつけるわたしとお母さん。実に親子だ。
なんて言っている場合じゃなくって、わたしたちの目の前には赤いランプを点滅させたまま動かなくなった洗濯機がいた。
「うそ、まさか壊れた……?」
「壊れた感じするよね……お母さん、取説ある?」
お母さんがリビングのタブレット端末を持って来て、一緒に洗濯機の説明書を眺める。この点滅は……『メーカーにお問い合わせください』だって。つまり壊れたってわけね。
「えー。まさか壊れるなんて」
「でもこの洗濯機、だいぶ昔から使ってたよね。わたしが幼稚園の頃から?」
「確かそれくらいだね。十何年も経ってちゃ流石に寿命かぁ」
「けっこう長持ちしたほうじゃない? おつかれさま、だね」
「うん。おつかれさま。……けど、新しい洗濯機探さないとだなぁ」
電気屋のチラシ見ないと、とタブレット端末をポコポコいじるお母さんの姿を見て、わたしはいい考えが頭に浮かんだ。
「ねぇお母さん、わたしが新しいの探してみるよ。友達の力借りてみる」
「ん、そう? 分かった。お願いね」
「らじゃー」
「あ、それと」
「それと?」
お母さんがパカッと洗濯機のフタを開けた。水が貯まったまんまのタンクに、浸かった洗濯物。
「これ」
「これ? ……え、それどうするの?」
「洗濯機壊れちゃったんだもん、手洗いだよねぇ」
「マジっすか」
「頑張ろっ」
「マジっすか!」
機械工学が発達し、街じゅうでロボットやドローンが行き交うこの時代に、わたしたち親子は原始的な週末を過ごすことになった。
◆◆◆
それから数日後。わたしは家電量販店の入り口にいた。ひとりで来たわけじゃなくって、隣には本日の頼みの綱、うさぎちゃんがいる。
「急にごめんねうさぎちゃん」
「いえいえ。わたしが力になれるなら、いくらでも手伝いますよ」
ふたりでお店の中に入ると、すぐ目の前には大量のエアコンが並んでいた。夏に向けて絶賛セール中のようだ。平べったい店員ロボットに「いらっしゃいませ!」と声をかけられたのでわたしたちも軽くお
「それで、新しい洗濯機とのことですが、いちばん重視することは何ですか?」
「うーん、静かなこと、かな? お母さんが朝とか日中は仕事で忙しいから、回すの夜になることが多くって」
「なるほどです。であれば乾燥機能もこだわったほうが良さそうですね。形にはこだわりってありますか?」
「前の子はドラムだったけど、うさぎちゃんのオススメに従うよ」
洗濯機コーナーにはサイズも形も多種多様な洗濯機が並んでいる。うさぎちゃんは実物を見て回りながら、〈ブレインネット〉に映されたカタログスペックも活用して候補をどんどん絞り込んでいく。
「――予算を考えると、おおよそこの3つのどれかになるかと思います。まず1つ目のこれは省エネ性能が圧倒的ですね。2つ目は〈ブレインネット〉との連動に優れていて、遠隔で細かく操作ができます」
「うんうん」
「そして3つ目なのですが……その、これは……」
「これは?」
「……わたしの家の洗濯機と同じシリーズです」
「おお。いいじゃん。それ第1候補」
「ええっ!? 確かに性能は他と比べても申し分はないですけど……!」
「だってうさぎちゃん家で使ってるのと同じなんでしょ? 実績あり、ってことじゃん」
「それは、そうですね……。はい、わたしのオススメです」
今日は候補探しまで。お母さんに商品のWebリンクを共有して家電量販店を後にし、わたしたちは近くの公園へ移動した。手には道中で買ったミレノコーヒー。手近なベンチに腰かける。
「ありがと、うさぎちゃん。なんだかお店の人みたいだった」
「そうでしょうか? お役に立てたのなら、うれしいです」
「うさぎちゃんって、そういう機械系いつくらいから好きになったの?」
「いつくらいから、ですか」
うさぎちゃんはミレノをすすりながら視線を上に向ける。公演では清掃ロボットがゆっくりと動いていた。人が前を通るたびに動きを止められ、なかなか進めない。
「機械は小学生の頃からよく触っていましたけど、ちゃんと好きになれたのは、中学を卒業したくらいからでしょうか」
「ちゃんと好きに……何か、きっかけがあったの?」
「――どちらかと言えば、人よりも機械と一緒に過ごしているような、そういう毎日を過ごしていたんです。昔のわたしは」
少し寂しげに、うさぎちゃんは続ける。清掃ロボットは通行人の持つゴミを検知しているのか、胴体に付いたフタを開いたり閉じたりしている。そこからゴミを投入できるようになっているのだ。
「小学校でも中学校でも、うまくクラスに馴染めなくて。放課後に廊下の隅でスリープモードになっている清掃ロボットが話し相手でした。誰にも話しかけられずに、ただ黙々と仕事をこなす。そんな姿に親近感を覚えて」
「そっか。ロボットが、昔のうさぎちゃんを支えてくれたんだ」
「そうですね。返事はしてくれませんけど、ロボットはわたしの寂しさを減らしてくれていました」
「それで、ロボットたちのことをもっと知りたくなった?」
「はい。中学を卒業したのと同じくらいの頃に、家でもくっくんミニなどの家事ロボットを使うようになって。より身近になったといいますか。それともうひとつ……」
「もうひとつ?」
「……イナ高に進学してようやく、わたしは人間の友達をつくれたからです。そしてゆかりさんや、リア活部のみなさんと出会うことができた」
ロボット以外にも、話せる相手ができた。
だからこそ、素直な気持ちでロボットを見れるようになった。「わたしはロボットが好きだ」って。うさぎちゃんはわたしと目を合わせてそうほほえむ。
「リア活部は、わたしが生まれてはじめてできた親友です。あの日偶然ゆかりさんと現実で出会えて、本当に良かった」
「こちらこそ。でもなんか、もしうさぎちゃんと現実で出会わなくってもいつかは親友になってた気がする。クラスメイトなんだし」
「そう、でしょうか?」
「きっとそうだよ。だって――」
その時ちょうど、わたしたちの前に清掃ロボットがやって来た。わたしたちは飲み終わったカップを入れて、ふたりともロボットに手を振った。
「ありがとー」
「ありがとうございます」
――だってほら、こういうところがおんなじだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます