ぐでーっとてぃーちゃー狐森
「――では授業を終わります。明日は小テストを行います。準備を」
チャイムが鳴ると同時、教壇に立つソフィア先生がそう言った。ソフィア先生は時間に厳しい人で、それは自分の授業でも変わらない。
だけど今日は先生が教室を去ろうとした寸前、学級委員の子が「先生! 質問があります!」と呼び止めた。するとクラスメイトが続々と質問の列を作り出す。みんな授業の中で分からないところがあったみたいだ。
うちのクラス担任でもあるソフィア先生は、教科だと物理を受け持っている。でも先生の授業はホームルーム同様に『最短最速』って感じで、正直言うとちょっと速すぎ。
普段はこんな列なんて出来ないんだけど、「明日は小テスト」という終わりぎわのひとことでみんな一斉に慌て出したというわけ。まぁ、そういうわたしも結構頭にハテナが浮かんでいたので並んじゃうんだけど。
ソフィア先生も思わず「なっ……!?」と声を漏らすけど、休み時間内に収めようと質問の山を
うーん、わたしも休み時間で一旦ログアウトして現実世界の体ストレッチしたいんだけどなぁ。そういえば次の授業は情報だっけ。
そう思っていた休み時間5分過ぎ――教卓の上に情報科の
「ぃよう! って何だこの列!? ソフィアちゃんこりゃなんじゃもんじゃ?」
「狐森先生!? 授業で不明点があったと……それより狐森先生! 教員が机に座ってはいけません!」
「んもぅ〜ソフィアちゃんは真面目だなぁ〜」
「しかしっ、教員は生徒の模範となるべきで……」
「分かった分かったよぅ。にしてもこの列、次の時間までに討伐無理くない? 先生も手伝っちゃうぞ? ええんか? ええよな? んじゃー出角ちゃんから後ろ、こっちおーいーで♡」
教卓から降りた狐森先生が手をチョロチョロ動かしてわたしを呼ぶ。長蛇の列がズルッと2つに分かれた。
「よろしくお願いします。でも物理ですけど、大丈夫ですか?」
「先生を舐めたらいかんぜよー♪ ソフィアちゃん今日何やった? ぁ波動方程式? おっけーおっけーよ。どの辺が分からんちん?」
「えっと、この例題2の解なんですけど――」
狐森先生はスルスルとわたしの質問に答えてくれた。口調はずっとふざけているのに、ソフィア先生よりも素早く生徒を捌いていく。
休み時間残り2分ごろになってようやくソフィア先生の列が消えた。生徒の雑談に混じっているほど余裕しゃくしゃくな狐森先生に対して、ソフィア先生は少し息切れ気味だった。
「狐森先生、ありがとうございます。……はっ、次に向かわなくては。失礼します」
「テレポート使いなよソフィアちゃーん、あと2分よ?」
「不可能です! 狐森先生のようには!」
せかせかと、だけど絶対に走らずにソフィア先生は教室を出て行った。姿が見えなくなるや否や、狐森先生は再び教卓の上へテレポート。そのまま号令になった。
「う~んなんでみんなテレポート使わないんだろうね? 仮想空間全域を絶対座標で覚えるだけの簡単な話なのになぁ? まぁいいや、今日は〈ブレインネット〉のおはなし。ぽまいら〈ブレインネット〉使ってっか~? 手挙げぃ!」
「はーい」
「当たり前でーす」
「おーよかった全員挙がった。ここで挙がらない人いたらハッキングで不正侵入を疑わにゃいけんかったよ。当然ながら? みんなが
狐森先生は足をプラプラさせながら、資料をわたしたち1人ひとりの机に展開する。半透明のパネルみたいなデータ・オブジェクトには10年ほど前のニュースが映されていた。さらには教卓を飛び降りて、教室上空に大きなCG映像を投影していく。
「さてそんな〈ブレインネット〉だけんども、そもそも『人の脳をコンピューターと繋げちゃう』って考え自体はずっと昔、脳に電気信号が流れてる! ってことの発見からスタートしたわけね――」
狐森先生は教壇をチョコチョコ動き回りながら、コール&レスポンスのようにわたしたちを巻き込んで授業を進めていく。
授業っていうよりも『同年代の子に勉強を教わっている』って感覚。前の時間とは違いすぎる温度感で、狐森先生の授業はあっという間に50分を過ぎていった。
◆◆◆
放課後、わたしはちょっとした用事があってソフィア先生を探していた。視界の右上に表示されたイナ高のエリアマップには、先生たちの居場所も映されている。だからごく一部の例外を除いて、先生探しで校舎中を駆け回るようなことにはならない。ソフィア先生は今校庭近くのベンチにいるみたいだ。
わたしが先生の下まで辿り着いたとき、ソフィア先生の隣には狐森先生が座っていた。数秒遅れてエリアマップに狐森先生の位置情報が更新される。はい、これがごく一部の例外です。何やらお話し中だったので、わたしはちょっと離れて待機することにした。
「……やはりわたしの授業は、分かりづらいのでしょうか」
「んー、実際に見てはいないからなんともだけど、ちょっと駆け足気味なのかもね? あと生徒の反応は見てるかな? 付いていけてなさそうならスピード落としてフォローしてあげたほうがいいかもしれない運転」
「しかし、カリキュラム通りに進めなければ……」
「真面目よのぅ。ソフィアちゃんや、どうしてカリキュラム通りが大事なのかね?」
「どうして、って……カリキュラムは生徒たちに体系立てて学習すべきものを教え、社会で必要な能力を習得させるためであり……」
「うむ。それはその通り。じゃあさ、どうして人間なんかがわざわざ授業やってると思う? カリキュラム通りに進めりゃいいんなら、AI教師でも映像配信でもいいんじゃないの?」
「それは……」
「――個人的な意見だけどさ、授業ってぇのは一方向の情報伝達じゃーないのよ。生徒と先生、双方向のコミュニケーション」
「コミュニケーション……」
「そーそー。先生は『情報提供者』じゃない。『教育者』なのよ」
「生徒との対話……上手くできる自信がありません。愚直にしか……」
「大丈夫だ、問題ない。まずは話を聞くことが大事! ソフィアちゃんはまだ2年目なんだしさ、小技なんぞこれから経験積んできゃいい。いいのよ愚直で! 真面目に聞けば真面目に答えてくれるものよ? ねーっ、出角ちゃん♪」
うわぁ! いきなり目の前に狐森先生が!
「出角さん……!?」
「あっ、すみません。ソフィア先生に少し用事があって」
「出角ちゃんや、ソフィア先生の授業ってぶっちゃけどうよ?」
「ソフィア先生の授業……えっと、正直言うとテンポはちょっと速い気がします。でも一生懸命にやってる感じがするっていうか。真剣にやってるんだなって気がします」
「んねー。先生もそこ、ソフィアちゃんの長所と思うですわよ」
その時、校庭から野球ボールがコロコロ転がってきた。遠くから「すみませーん」と野球部の生徒がグローブ付きの手を振っている。
狐森先生に促され、ボールを拾ったのはソフィア先生。そのまま大きく振りかぶって……。
「ふんッ」
ぽてっ。
「……あとなんか、真面目なんですけどどこか抜けてる人だなぁ、と」
「分かるマン。それもまた愛嬌さね」
ボールの飛距離は、わずか3メートルだった。
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