INDIVIDUAL 2

親友へと至る距離

「やっほーみふゆ。しのぶちゃんは?」

「やぁやぁ。しののんは今日もう帰っちった」


 ある日の放課後。わたしはフラッとB組の教室へ立ち寄った。みふゆといつも通り他愛のない話を続けていると、みふゆがふとこんなことを言った。


「実はさぁ、今週の土曜に東京に行ってみようかなって思うのさ」

「お、東京来るんだ?」

「うむ。みんなで集まったときって、これまでずっとあたしの近所まで来てもらってたじゃん? たまにはあたしのほうから行ってみようかねーってのがひとつ」

「ひとつ。他にも何かあるの?」

「若干理由が被ってるけどね。もうひとつは予行演習、的な感じかな。今度みんなで行きたい場所があって」

「へぇ。でもうちの近くでみふゆ好みなのって何かあったかな」

「――ズバリ、秋葉原」

「あきはばら……? いや、わたしたちの近所じゃないじゃん。路線とか色々違うだろうし、予行にはならないんじゃ……」

「あっ、家から出て人混みの中を歩く予行演習っす……」

「そこかい」


 というわけで土曜日。わたしとうさぎちゃんのふたりで駅前のベンチに腰かけ、みふゆに〈ImagineTalkイマトーク〉の通話をかけた。手にはミレノのコーヒー。完璧な待ちの姿勢だ。


『おはようふたりとも』

「おはようございます」

「おはよ。こっちはもううさぎちゃんと駅前にいるよ」

『ええ、早すぎない? けっこう待たすことになるでしょうよ?』

「うん。ふたりで一緒にここで待つつもりだから。〈視界共有〉もらえる?」

『まさかふたりであたしの行路を眺めるつもりだなー? いいだろうしてやんよ』


 みふゆの言う通り。駅前ベンチは今だけ実況席だ。ポップアップしたウィンドウに『OK』を返すと、わたしの視界がみふゆのに変わる。

 少しウィンドウサイズを調整して右上に配置。視界を完全に他人のにしちゃうとデンジャラスな危険が危ないので、こうやって自分の目も活かしたままにしておくのが安全なのだ。


「見えたよ。やっぱり浦和駅じゃないんだ」

「この前みふゆさんのおうちに行った際も、浦和の近くじゃありませんでしたね」

『まぁあの時ははじめてだったしね。分かりやすい場所を選んだのよ』


 みふゆの視界が『電車がまいります』の表示を捉えた。見た感じ、やっぱり東京方面へ向かうほうが人は多めだ。


『思えば東京まで遠出するなんて1年ぶりかもしれない』

「1年も?」

『そもそも遠出をあんまりしなかったからねぇ』

「1年……そういえば、ゆかりさんとみふゆさんは1年生の頃同じクラスだったんですよね」

「うん。仲良くなったのも結構早かったよね? 入学してすぐだったっけ」

「なんだか羨ましいです。ゆかりさんが呼び捨てにするの、みふゆさんくらいじゃないですか?」

「な~に? 呼び捨てにしてほしいの? ♪」

「なっ、いきなりは準備が……!? もう! ゆかりさんは!」

『おーおーまたまたみふゆさんにイチャイチャを見せつけ――いや見せてはないね、聞かせつけおってー』


 みふゆを乗せた電車が、静かに揺れながら動き出す。この路線はまだ乗ったことがないかも。車窓から見える景色が新鮮だ。


「おふたりの最初の出会いって、どうだったんですか?」

『最初に話しかけてきたのは、ゆかりんのほうからだったかな』

「ゆかりさんらしいです。わたしも、最初はゆかりさんからでしたよね」

『誰とでも仲良くなれるのはゆかりんのスゴいところよね』

「なんか急に褒められてる。まぁ、話しかけるのをためらったことはあんまりないかな」


 みふゆがドア上の車内案内を眺めている。表示された路線図には、数駅先に見覚えのある駅名があった。なるほどここで乗り換えれば、あとはリア活部結成の日に乗ったルートと合流するのか。頭の中で地図が繋がった。


「んーでも、親友って言えるくらいなのは、リア活部のみんなだけだよ」

『おや、嬉しいこと言ってくれるじゃん』

「親友……友達と親友の境目って、なんなんだと思いますか」


 境目、か。自分のコーヒーを吸いながら、少し考えた。

 わたし自身の視界に意識を戻すと、隣でうさぎちゃんがわたしのことを見つめていた。小動物のように、細い両手でミレノの紙コップを握っている。


「んー、なんだろう。自分と違うところを受け入れられるか、とかかな?」

「違うところ、ですか?」

「最初の出会いの話に戻るけどさ、わたしとみふゆって、最初は『レトロ好き』ってところから仲良くなったの」

『そうだった。自己紹介で趣味を知ってね。でもほら、みふゆさんって超インドア派なのに、ゆかりんは隙あらば外へ出かけていくタイプじゃん』

「そこだけ見ると、違う世界の住人って感じですね」

『だよねぇ。でも違う世界の住人だから、逆に新鮮だった』


 わたしたちもよく知っているように、みふゆは仮想空間やネットの世界で多くの時間を過ごしてきた人だ。ネットの向こうには、わたしと出会う以前からの知り合いだっているわけで。

 だけど、そういう知り合いはみんな『似た者同士』だった、とみふゆは言う。


『ネトゲでパーティ組んでる友達とかもいるけど、その人とはゲームに関わる話しかしてないなぁ。同じゲームをやっている人同士だから、たぶん同じような趣味で固まっちゃったのかも』

「でも、同じ話題を共有できることは、仲が良いことの証のような気がしますけど」

「確かにそれはそう、かも。でもそこから……友達から親友になるのは、たぶん趣味とか好きなことの話を自然にできるか、なのかな」

『そうそう。どーでもいいことを普通にしゃべり合える、っての。ありのまま――そう! ありのまま、だ! ありのままの自分でいられるのが親友、って感じ!』


 めっちゃしっくりくる表現降ってきたー! とみふゆがはしゃぐ。つられてわたしもうさぎちゃんも笑った。


 ああ、今まさにこれが『そう』だ。


『はははは! とまぁ、これがみふゆさん流親友論ってところよ』

「ちょっと、出発点はわたしじゃーん。起源を主張しまーす」

「ふふふっ。……ですが、なんだか少し分かった気がします」


 電車の音が体に響く。〈視界共有〉は名前の通り『視界』だけしか共有しない。だからこれは、わたしの近くで響く音だ。

 うさぎちゃんがベンチから立ち上がり、わたしに手を伸ばした。


「改めて言う必要もないかもしれないですが。ゆかりさんも、みふゆさんも、しのぶさんも――みんな、わたしの親友です」


 ミートゥー。そう応えて手を取った。


 視界をわたし自身のものだけに戻して、改札口でみふゆを待つ。数分経ってお団子頭にサイボーグ眼のパーカー少女・みふゆの姿が見えた。


「うい、お待たせよん。まぁ着替えて家を出るっていう最難関を越えればお茶の子さいさいだわね」

「そこが最難関なんですか……」

「それじゃ、ここからは地元民のおふたりにお任せしようか」

「任せな。隠れ家的な喫茶店見つけてるよ」


 わたしたちは歩き出す。


 ベッタリでもなく、バラバラでもない。自然とそうなった距離感で。

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