予算外ごーばっく
夕方のチャイムを聞いたのは、みふゆの椅子の上でだった。
この音色を聞いたのはリア活部結成の日以来。ぼんやりとくぐもった、どこか懐かしさを感じる鐘の音がメロディを奏でていく。
「んにゃ~、もうこんな時間なんだ」
と呟くしのぶちゃんは、ベッドの上でみふゆを抱えたまま寝転んでいる。まるで自分の家みたいな気の抜きっぷり……人んちの椅子でくつろいでるわたしの言えたことじゃないけど。
うさぎちゃんだけがマジメに、空になったお菓子の袋を丸めている。その横を小さなお掃除ロボットが通過した。
「そろそろ帰らなきゃいけない時間でしょうか」
「そっか、帰らなきゃかぁ」
帰るということは、自転車に乗って来た道を戻るということです。思い出す長い道のりと高低差。あぁ、行くことしか頭になかった愚かなわたし……。
「……住んでいい?」
「押入れの中タテヨコ50センチの隙間なら空いてるよ」
「変なこと言ってないで、帰りの支度をしてください」
うさぎちゃんに椅子から引きずり降ろされてしまった。仕方ない、頑張ろうねたしのシティサイクル。
なんて思っていると、しのぶちゃんがムクッと起き上がって口を開いた。
「ねね、うさぴゆかぴ。帰りはちょっとさ……『裏技』使ってもいいかな?」
「裏技? って、何?」
「それは見てのお楽しみ☆」
なんだかよく分からないままみふゆの家を出て、連れられるままに道を進んだ。
角を曲がって少し行くと、1台の車が停まっていた。なんだろう、どこか見覚えがある車だ。黒くて大きくて、高級感のある感じ……。
しのぶちゃんの裏技ってこれか! とわたしが記憶を
「お待たせ~、レイチェル」
しのぶちゃんが手を振って、レイチェルと呼ばれた女性がお
「しのぶさん、この方はいったい?」
「んーとね、アタシの使用人、かな。挨拶お願いしていい?」
「はじめまして。レイチェルと申します。皆さんはしのぶさんのご友人だと伺っております」
「
「す、涼風うさぎ、です」
「あっえっ千葉みふゆです、どもですっ」
使用人とは完全に予想外だぁ、とみふゆが呟いた。確かにしのぶちゃんの血縁じゃなさそうだなって感じの顔立ちだったけど。
「しののん、しののん、もしかしてしののんのオウチって中々スゴいところだったりする……?」
「まぁ、そんなところ……かな。でも今日は『裏技』だよっ! さっ、続きは帰りながらしよ☆」
「おふたりの自転車は後ろにどうぞ」
レイチェルさんが車のトランクを開け、わたしたちの自転車はその中にスッポリ収まった。わたしたち自身は後部座席に――しのぶちゃんも後ろに乗るみたい。わたしは真ん中で、うさぎちゃんとしのぶちゃんに挟まれた。
みふゆとはここでお別れだ。とは言っても〈
「じゃあのー。みんな気を付けてねぇ」
「みふゆもねー」
運転席に乗ったレイチェルさんに住所を聞かれたので、わたしとうさぎちゃんのどっちにもちょうどいい距離の公園を指定した。レイチェルさんは車のナビには手を伸ばさず、代わりにナビへ声をかける。
「〈デイヴィー〉、目的地を設定」
『承知しました。レイチェル様』
「……いま喋りませんでしたこの車?」
「にゃはは、実は自動運転車なんだ、この子☆」
『全員のシートベルト着用を確認。出発いたします』
レバーやハンドルがひとりでに動き出し、車が動き出した。遠ざかっていくみふゆは手を振っている。みんなで見えなくなるまで振り返した。
そこから一瞬、静かになった。うさぎちゃんは緊張ぎみに車内を見回していて、しのぶちゃんもいつものにゃはにゃはした笑顔とは打って変わってどこかソワソワした様子。なら、わたしが喋らせてもらおう。
「うさぎちゃんってさ、車も詳しい?」
「車、ですか。内部機構でしたら……ですが車種などにはあまり」
「そっかぁ。いやさ、結構いい車だよねって思って。広いし静かだし席もツヤツヤフカフカじゃん」
「ツヤツヤフカフカ……そうですね、わたしもツヤツヤフカフカで素敵な車だと思います」
「しのぶちゃん、これってなんて車なの?」
「ユタカのライアスLXだよ」
ほほー、と相槌を打ちながら、リア活部のグループチャットで『しのぶちゃんの車ライアスLXってやつらしい』とみふゆにメンション。3秒後にユタカ自動車のホームページリンクが返ってきた。相変わらず検索力が神がかっている。
続けて『おお、やっぱり高級車〜』とみふゆ。私も視界の片隅でページを開いて、お値段を数えてみたら思わず「ひょえー」と声が出た。
やっぱりしのぶちゃんのお家って結構お金持ちな感じなのかなぁ、と何気なく呟いちゃったけど、聞こえてきたのは「うん。そんな……感じ、だね」って反応。答えたしのぶちゃんの目は、窓の外のさらに遠いどこかを見ていた。
なるほどね。じゃあこの話は「そっか」で終わり。
「ヴァンクラのときも、今日の行くときもだけどさ、しのぶちゃんってどこからともなく現れるの不思議だったんだ。これが手品のタネってことか」
「にゃはは、そーだね」
「でも車で移動してるってことは、やっぱり遠いんじゃ? そろそろどの辺から来てるのか教えて欲しい」
「うん。ずっと秘密にしちゃっててごめんね。アタシが住んでるのは茨城県」
「茨城か。スゴい遠くじゃなくてよかったけど……でもやっぱり遠いね」
「そう。リア活部でいちばん遠いよね」
「あの……ということは今日、一度茨城から東京に来たうえで、そこから自転車を借りて埼玉まで行っていたということ、ですか!?」
「にゃはは~。だって、みんなと一緒におんなじことしたかったの」
「すっ、スゴい行動力です……!」
「ほほー。これはわたしたちも負けてらんないね。いつかしのぶちゃんの家まで自転車で行ってみせる! ね、うさぎちゃん?」
「えっ!?」
「にゃははっ☆ 来て欲しいな! 片道3時間くらいかかりそうだけど!」
「あーやっぱりお金貯めて電車で行きまーす」
パァッとしのぶちゃんが楽しそうに笑った。うんうん、そういう顔がしのぶちゃんらしいよ。……と思ったら急に顔を赤くしてしまった。あれ、わたしいま心の声漏れてた?
「漏れてますゆかりさん!」
漏れてた。
◆◆◆
『目的地に到着しました』
そんな機械音声と共に、車は公園のそばで停まった。わたしは外に出て体をグーッと伸ばした。トランクが開いて、レイチェルさんがわたしたちの自転車を降ろしてくれている。
フワッとあくびが出たのと同時、頭の中で声がした。帰りの途中から、みふゆと〈
『お疲れさんー。無事に着いたみたいで何より』
「いやー、快適だった~! 『行きはイェイイェイ帰りはしんどみ』だっけ? 真逆だったね」
『行きはよいよい帰りはこわい、だね』
「サンキューみふペディア。んで、ありがとしのぶちゃん」
「ええ。しのぶさんのおかげです。ありがとうございます」
「にゃは♪ 役に立ててよかった!」
「それに、今日はしのぶちゃんのいろんなこと知れた」
「にゃはは……ごめんね、隠しゴト多くって」
しのぶちゃんはチラッと自分の車に振り返って呟いた。降り注ぐネオンの光が電灯と混ざりあって、わたしたちは時にピンク色、時に青色に照らされる。
「アタシ――みんなのことが好き。リア活部が好き。みんなとずっと友達でいたい。だから……だから、怖かったの。みんなとの関係が変わっちゃうんじゃないかって」
『でも今日はたくさん教えてくれたじゃん』
「うん。ねぇ、みんな……アタシがどんなアタシでも、友達でいてくれる?」
「んー、『どんな』がどんなかによる。実は犯罪に関わってるとかは流石にやめてよ?」
「にゃっ、はは! それはないから大丈夫!」
「ふふ、ならいいよ。わたしたちが友達になったのって、たまたま現実で会える場所にいて、たまたま気が合ったから、それだけじゃん?」
「はい。友達は理屈じゃないって、わたしはそう思いますよ」
『まーそういうことよ。しののんがあたしらのこと信じてくれてるようにさ、あたしらだってしののんのこと信じてるし』
「……!」
泣きそうな顔で、しのぶちゃんはわたしとうさぎちゃんに抱きついた。おーよしよし。そっとしのぶちゃんの頭をなでてあげた。ついでにみふゆにも〈視界共有〉して、ハグのおすそ分け。
「――さて、それでは今日はここでお開きとしましょうか」
「だね」
優しくハグを解いて、しのぶちゃんが満足げに車のドアを開ける。わたしたちもそれぞれの自転車にまたがった。明日は月曜日、学校だ。
最後にみんなで声を揃えて、こう言った。
――――また明日。
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