高信頼かみんぐあうと
音楽が流れている。軽快なリズムでピコピコしたサウンド。
クラブハウスじゃ全然ないのに、思わずメトロノームみたいに体が揺れるここはみふゆの自宅・みふゆの自室。ミラーボールなんてものはないけれど、部屋中に散らばったコンピューターや電子機器が音楽に同調して虹色に光っている。流れているのはみふゆの作った楽曲だ。
「電子音楽部の部室ってどこなんですか?」
「イナ高の中だとB棟1階の空き教室だね。たまに学校外のバーチャルスタジオ
「ふむ、では楽器などって全部」
「うん、だいたい仮想空間の中だね。ただあたしの場合、現実世界で出す音が欲しかったから、リアルシンセとかもちょっとだけ持ってる感じ」
「なんか音の違いとかってあるの~?」
「正直個人的なこだわりって言っちゃえばそれまでなんだけど……あたし古典が好みなもんでねぇ。あえて昔っぽい、ちょっとチープっぽい音を出したいんだよね」
そう言ってみふゆが棚から取り出したのは、透明な四角形のケース。中には銀色の円盤が入っていて、片側の表面にはロボットなんだか人間なんだかよく分からない、赤い服を着た人たちが写っている。
しのぶちゃんとうさぎちゃんは不思議そうにそれを眺めているけど、わたしは知っている。
「――CDじゃん。スゴ、こんなのよく持ってるね?」
「おお、流石レトロマニアゆかりん。まぁこれは飾り用のレプリカなんだけど、こうやってCDで音楽が売られてたような時代の音が好きなのさ」
流れている音楽を聞きながら、1年生の頃を思い出す。わたしとみふゆが仲良くなったきっかけも、こういうレトロなものに惹かれる共通点があったからだっけ。
「この中に音楽データが保存されていたんですね……どうやって使うのでしょうか?」
「専用の読み取り装置があったんだよ。流石に今の時代、本物は博物館とかじゃないと見れないかな」
「確か平成館にあったような気がする。阿佐ヶ谷の。いつかみんなで行ってみる?」
「おっけー行こ行こ☆ リア活部のやりたいことリストに入れとくね」
視界の片隅で〈
「すみません、少しお手洗いに」
「あーい。――ところでさ、しののんがゆかりんに見せたアレ、あたしも見ていい?」
「アレ?」
「腕から扇風機が出てくるアレ」
「にゃはは、アレか~☆ いいよ、はいど~ぞ!」
しのぶちゃんは上着を脱ぐと、右腕をガシャシャッ! と展開した。50分ぶり2回目の驚き。みふゆの顔面に勢いよく風が吹く。
「おおおーこれがしののんのアレ! エアコン効いてるから涼しい通り越して寒いねぇ!」
「なんか手品みたいだよね。わたし好きだよ、そういうの」
「ありがと♪ そういう風に言ってくれるの、嬉しいな。――自分じゃあんまり、好きになれなかったから」
そうなんだ? と相槌を打ちながら、わたしはうさぎちゃんの脚のことを思い返した。わたしはほとんど生身だから完全には分からないけど、サイボーグだからこその悩みとかあるのかも、きっと。
「……ねぇ、もっとサプライズしてもいい?」
「おや、まだ何か出てくる?」
しのぶちゃんは軽く息を吐いて、わたしたちに首筋を近づけてきた。
そこにあったのは、右腕と同じような継ぎ目。
「実はね、腕だけじゃないんだ。
「ほほー」
「へー」
「……にゃ、は? 全身サイボーグってさ、あんまり見ないでしょ? おかしく、ない? 気持ち悪かったりしない?」
「ん~確かに体の80%以上をサイボーグ化してる人って全国でも10%いないみたいだけどね~」
「だけどねー、しのぶちゃんだし。ただの『元気で可愛い親友』が『元気で可愛いサイボーグの親友』になっただけじゃない?」
「みふぴ、ゆかぴ……」
「あ、でも」
「でも?」
「やりたいことリストに海とかプールってあったけど、沈んじゃったりしないか心配だなって――」
――って言ってる途中に、しのぶちゃんが突然わたしに抱きついてきた! そのまま押し倒されて、しのぶちゃんの体重を全身で感じる。あの黒い金属フレームが全身に通っていると思うと、予想よりずっと軽かった。
「だいじょーぶ! でしょ?」
「2つの意味でビックリした。うん、確かに大丈夫そう。あっそうだ、ところでしのぶちゃん」
「なぁに?」
「サイボーグの体にも、コチョコチョって効くのかなーっ?」
「なっ、にゃは、にひゃっ! にゃぁぁっ! ゆかぴっ、ズルいよっ! にゃはははは!」
「おーおーあたしの部屋で何イチャついてんだこらー。ということでみふゆさん参戦」
ワイワイコチョコチョ、大乱闘くすぐりシスターズって感じの雰囲気になりつつあったわたしたちは、勢いよく開け放たれたドアによって一斉に固まった。
「……何してるんですか、みなさん」
「あー、うさちゃん、おかえり……って脚が!?」
「……しのぶさんが、きっと勇気を出して腕のことを教えてくれたと思ったから、わたしも脚のことを話そうと思っていたら……! 何なんですか! この雰囲気は!」
「いや、あのねうさぎちゃん? これは違くて」
「こうなったら――ゆかりさん!」
お手洗いから戻ってきたうさぎちゃんは、なんとタイツを脱いでいた。それはつまり、あのメカニカルなサイボーグ脚を露わにしているというわけで。
かがめた脚の膝関節が滑らかに運動して、パーツの間を縫うように青白い光が駆け抜ける。
――そして、うさぎちゃんは跳んだ。
「受け止めて――――くださいッ!」
ッギウウウウゥゥゥン!! と駆動音を響かせながら天井近くまでバニーホップし、わたしめかげて美少女が落ちてくる。わたしめかげて落ちてくる!? ちょっとちょっとタイム! 小柄だからってその高さは流石に無理! ゆかり.zipにされちゃうよ!? みふゆはしれっと退避してるし! 助けてしのぶちゃーん!
「おっけー☆ つーかまーえ、たーっ!」
危機一髪、うさぎちゃんは私を圧縮する寸前で止まった。しのぶちゃんが表裏逆のお姫様抱っこみたいな感じでうさぎちゃんを受け止めてくれたのだ。
「た、たすかった」
「床、床ヘコんだりしてない……? 大丈夫かみゆふさんルーム? うん、セーフセーフ」
「あっ……す、すみません……我を忘れてしまいました」
「うさぴもサイボーグだったんだね。人工皮膚はやってないんだ?」
「はい。実はゆかりさんにだけは既に教えていたのですが……おふたりにいつ明かせばいいか、タイミングが掴めなくって。でも今日しのぶさんのおかけで、わたしも言おうって決心したんです」
「そっか。ありがと、うさぴ♪」
「こちらこそ、です」
目の前でうさぎちゃんが穏やかに笑った。その頭上でしのぶちゃんもみふゆも笑顔を見せている。なんだかカミングアウト大会みたいになっちゃった。けどそれってつまり、それくらいみんながお互い信じられる相手になったってことなのかな。
「それにしても、よくわたしを受け止められましたね」
「にゃは、うさぴにまだ教えられてなかったね。首から下全部なんだ、アタシ」
「そ、そうだったんですか!? ということはあのインダストリアルでステキな内部フレームが全身に!?」
ところで、しのぶちゃんはいつまでうさぎちゃんを逆お姫様抱っこし続けてるんだろう。うさぎちゃん、わたしの目の前で某巨大宇宙人の飛行ポーズみたいになってるよ。そう思った次の瞬間、どこからともなくシャッター音がした。
「ええっ何!? ってみふゆのドローン!? いつの間に!」
「みんながいい顔になってたんでね! いただいちゃいましたっ」
すぐさまリア活部のグループチャットに写真が届く。ヘンテコな組体操みたいに絡まって笑うわたしたちの姿は、初見じゃ絶対「何これ?」ってなりそうだ。
だけどそこには、絶対に忘れない思い出が刻まれていた。
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