低予算つーりすと②

 まるで花が咲いたみたい。しのぶちゃんの柔らかそうな腕は4枚の花弁となって、隠されていた真っ黒な金属フレームがあらわになった。

 さらにその金属フレームから出てきたのは、3枚羽の小さなプロペラ。クルクルと回り出して、わたしに冷たい風を送ってきた。


「わー涼しー、じゃなくてじゃなくて! 何その腕!? サイボーグだったのしのぶちゃん!?」

「にゃはは、驚いた? ……どうかな?」

「超涼しい。じゃなくて驚いたよそりゃー! 肝まで冷えたよ! ……でも」

「にゃっ!?」


 わたしはしのぶちゃんの腕を取って口元まで寄せ、扇風機に向かって「あ~~~」と声を出した。流石に小さすぎて声が震えはしなかったけど、前髪の付け根に薄っすらとかいた汗がひんやりと気持ち良くなっていく。


「でも、しのぶちゃんらしいね。ありがと、見せてくれて」

「……そう? なら、良かった」

「しのぶさん」

「うさぎちゃんも涼みたい? ほれほれ☆」

「あっ涼しいです、じゃなくて! どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか!」

「……」

「そんな! インダストリアルな! 内部フレームをお持ちだったなんて! チタン合金ですか!?」

「……え、にゃは?」

「扇風機以外にも換装可能なんでしょうか? スゴいです、カッコいいです!」

「えっと、にゃはは~……☆」

『珍しくしののんが押され気味だねぇ』

「うさぎちゃんの大好物だもんね。ほらほらうさぎちゃん、続きはみふゆに会ってからにしよ。全員出発~」


 わたしはふたりの肩をポンポン叩いて、並べて停まっている自転車に向かった。マイ自転車のサドルに手を触れたところでしのぶちゃんに声をかけられ、振り返った。


「ねぇ、ふたりとも」

「ん~?」

「はい?」

「ありがと」

「ありがとう? 何に対してのかよく分からないけど、まーいいのいいの」

「はい。友達ですから」


 そっか、としのぶちゃんは笑って、自転車の元へ歩き出した。ニカッとした元気でかわいい笑顔だった。


◆◆◆


『もう少しで橋があるからそこを渡って。そのまま行くと水門があって、そこを越えたらいよいよ埼玉県だよ』

『おー、ついに埼玉』

『そして今日はみんなにサプライズ。最終ゴールはあたしの家だっ!』

『おお~、みふぴハウス解禁されたんだ!』

『みんなのために頑張って大掃除しましたとも。とゆーわけで、みんなが埼玉入りしたらへんであたしも出発して合流しようかな』

『もう少し先でも大丈夫かもしれません。しのぶさんがレンタサイクルですから、どこかで返却しないとです』

『なるほどねん。じゃあみふゆさんは徒歩るかな。家の近くで返却スペースあるところ調べるね』


 埼玉と東京の境目をこうやってじっくり眺めたのははじめて。都会と言えば都会だし、都会じゃないと言えば都会じゃなさそうな、なんとも分類しがたい独特の街並みが川に沿って続いている。

 わたしたちの前ではおまわりさんがしている。サイボーグ化した両足からタイヤを展開して走っているのだ。赤信号の手前でシームレスにタイヤを格納し、そのまま歩道に入って止まった。この辺の信号は安全ホログラムもスピーカーも付いていない。


「お、見てあの自販機。だいぶ古そうじゃない?」

「後ろにあるお店もいい感じだね。個人商店ってやつかな? ゆかぴ好みのレトロ感って感じ」


 確かに、平成時代っぽくて私に刺さる風景。思わず〈視界念写〉アプリで1枚撮った。


「こういうものを発見できるのって、ツーリングの良いところですね」

「だね。電車じゃ一瞬で通り過ぎるし、なんなら地下行っちゃうこともあるし」


 そんなことを言っていたら青信号。今度はわたしたちがおまわりさんの前に出たけど、おまわりさんは途中で反対車線に移るとローラースケートのようにスゴい勢いでどこかへ去ってしまった。遠くでウーウーと音が鳴っている。

 橋を越えた先には、みふゆの言う通り大きな水門があった。全体を水色に塗られながらも、ところどころに赤い錆が見えるゲートの隣を通れば、ついに地図アプリの示す住所が東京都から埼玉県に切り替わった。

 埼玉県に入ってみふゆから共有されたのは、レンタサイクルの返却地を示す地図アプリのピン刺しデータ。そこへ自転車を進めると、みふゆが待っていた。宣言通り徒歩みたい。


「やあやあ。長旅ご苦労さん」

「いえーい。いや思ったより大変だったー」

「でも面白かったよ☆」


 ここからは自転車を押して、みんなで歩く。みふゆ曰く10分もかからないらしい。ゴールはもうすぐだ。


「今度は逆にみふゆが東京来る? 自転車で」

「無理無理無理。みふゆさんの体力の無さは知ってるでしょー。東京までたどり着けないよ」

「自転車とは言わずとも、今度は東京で集合してみたいですね」

「だねー。今のところ全部こっちで集まってるもんね」


 そんなことを話していると、みふゆが1軒の家を指さした。どうやらここがみふゆの家みたいだ。やや年季が入った感じのモノトーンカラーな2階建て。入口の隣には小さめな駐車スペース。何も停まってない。

「どうぞどうぞ。今日は家族がみんな出かけてるんでね」とみふゆが玄関のドアを開け、わたしたちはひとりずつ「お邪魔します」を言って上がっていく。そのまま2階へと案内される。


「ちょっと狭いけど、ようこそマイルームへ~」


 部屋に入ると、そこは秘密基地だった。

 大きな机はフィギュアやよく分からない電子機器か何かが無造作に置かれていて、机の下には大きな金属の箱が置いてある。たぶんコンピューターかな。

 机のそばにはスポーツカーの運転席っぽい、カッコいい見た目の椅子。カラーは黒ベースでところどころに明るい緑色が入っている。同じ色の組み合わせを部屋の中であちこちに見つけられる。

 他に目を引くのは、やっぱりピラミッド状に積み上げられた空き缶。全部エナジードリンクなんだけど、こんなに種類あるなんて知らなかった。


「おおー、なんていうか、みふゆっぽい部屋だね」

「……いまどの辺見て言ったのかなゆかりん」

「にゃはは♪ 確かに、ちょっとグチャりんなところみふぴっぽい!」

「グチャって言うなー! これでも頑張って掃除したんだぞー!」


 うさぎちゃんは机の上で中途半端に丸められた何かを不思議そうに見つめている。表面にはピアノの鍵盤みたいなデザインがされているけど、質感は布っぽくて厚さは目測で1センチもなさそう。


「なんでしょうか、これ? デスクマット?」

「お、これはねぇ~。説明いや実演しよーぅ!」


 そう言ってみふゆは謎布を机いっぱいに広げると、左端のボタンっぽいデザインがされた箇所をそっとなぞる。そして鍵盤に触れると、部屋に置かれたスピーカーから音が鳴った!


「見た目通りの電子キーボードだよ! 超薄型で布みたいに丸められて、それでいて機能性もバッチリな一品!」

「わあ……! 触っても良いですか?」


 うさぎちゃんが人差し指でそっと鍵盤に触れると、トーン、トーン……と透明感のある音が生まれていく。途中でみふゆが鍵盤の外にあるいくつかのボタン風デザインをポチポチすると、音色はどんどん変わっていった。


「ありがとうございます。こんな楽器をお持ちだなんて少し意外でした。音楽、お好きなんですか?」

「あぁ、うさぎちゃんにはまだ話したことなかったっけ。あたしね、イナ高で『電子音楽部』って部活入ってるんだ」


 驚くうさぎちゃんを横目に、わたしとしのぶちゃんも鍵盤をポチポチしてみる。部屋に響いたのは、チープだけどどこか味のある不思議な音色だった。


「……ふふっ」

「どーしたのーゆかぴ、ニヤけちゃってー」

「いや、なんて言うかさ――」


 わたしはふとみんなのことをぼんやり見つめた。気づいたみんなも、わたしのことを見つめ返す。

 何気なく隣にいたしのぶちゃんの手に触れてみる。しのぶちゃんの顔が少し赤くなって、柔らかいけどのある手がほんのり熱を帯びる。


「みんな、ここにいるんだなって」


 小さな部屋に集まって、その場にあるものでふざけたり喋ったりして。仮想空間でも同じようなことはできるけど、今この時間は、何か違った。

 目の前にいるみんなは本当にわたしの目の前にいて、ここにあるものは本当にここにある。当たり前のようだけど、仮想空間にはないが、ここにあった。


「――誰かの家で集まって遊ぶの、なんかいいね」

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