低予算つーりすと Arc()

低予算つーりすと①

 今の時代、1週間後の天気予報だってもはや外れない。

 無数のビルと電線の隙間に見えるわずかな空は、予報通り快晴だ。


「お待たせしました」


 待ち合わせた立体交差点の最下層で、後ろからチリリリ……とタイヤの回る音が聞こえた。白いフレームのクロスバイクにまたがった、藍色に白インナーの入った髪の女の子――うさぎちゃんだ。今日はキャップを被り、半袖のポロシャツを着たまさにサイクリング向きの装い。わたしも同じように軽装で動きやすいようにしてきて、自転車に乗って来た。

 それもそのはず、今日の目的はここ東京から、みふゆが住む埼玉まで自転車で長距離サイクリングをすることなのだから。


「よーし、計算だと1時間半くらいかかる道のりだけど頑張ろう」

「おー☆」

「当然のようにしのぶさんもいるのですが……」

「にゃは、グルチャで待ち合わせ場所決めてたじゃん、来ちゃった♪」


 しのぶちゃんの装いも、黒いタンクボディスーツにショートパンツと長袖のミドリフトップを合わせた活動的な見た目。自転車はレンタサイクルっぽいけど……。


「大丈夫? 無理して来てない?」

「だいじょぶだいじょぶ! 長い道のりなら人数増えたほうが楽しいよ、きっと!」


 何はともあれ出発進行。移動中はみんなで〈ブレインネット〉の通話を繋ぐ。自転車じゃ3人で喋りながら動くのは難しいし、それに通話ならみふゆも入れる。


『お、動き出した?』

『動き出した。しのぶちゃんもいる』

『勢揃いですなぁ。それじゃ、あたしだけ自宅待機ってのも何だし、みふゆさんが地図アプリ越えのナビをしてしんぜよう』

『お願いします、みふゆさん』

『お任せあれー。ちなみにさっきの信号を左ですね』

『ポンコツさが地図アプリ越えかな?』


◆◆◆


 ピヨ、ピヨ、と信号機から音が鳴っている。平成時代から変わっていないらしいスピーカーは、少し音割れしながらも未だ現役だ。

 わたしたちの正面では黄色い安全ホログラムが『危ないです』『DO NOT GO』『清暫停』と大量の言語で横断歩道への侵入をブロックしている。


『この先から長い下り坂に入るよー。気を付けてね』

『ひぇ~、散々登らされたと思ったら次は下りるの』

『下りきったら荒川があるよ、小っちゃいけど広場もある』

『良いですね。その辺りで少し休んで行きましょうか』

『うん、さんせ~い』


 ネオンの山脈のは複雑に入り組んでいて、電車や車じゃないと入るのも出るのもひと苦労。まだ30分くらいだけど、まさかこんなに大変だとは思わなかった。

 ヒートアイランド現象、って言うんだっけ。まだ初夏ですらないのに空気はひどく蒸し暑い。『平成時代の学校』を再現したイナ高だったらセミがガンガン鳴いてそうなくらいの暑さだ。


『うぁ~……電車乗りたい……』

『前は電車で行ったんでしょ~? まっ、こうやって自転車でするのも楽しいけどね☆』

『だって交通費がアレがアレじゃん……。アレアレじゃん……』

『確かに、集まる度にゆかりん達にお金かけさせちゃうのも何だねぇ。今後どうしよっか』

『うーん、例えばですけど、アルバイトするとか考えてみないとでしょうか』

『アルバイト! いいかも☆ みんなでバイトしたお金を『部費』にするの!』

『そうだね。いつかそういうこともいいかも』


 信号機の色が変わり、鳴る音はピッポー、ピッポー、という音に変わった。安全ホログラムも解かれ、『進む』『GO AWAY』『离开』という文字が頭上に薄っすらと光っている。

 みふゆナビの言う通り、横断歩道を渡ってすぐに長い下り坂が見えた。左右をビルに挟まれ、上下も別の道路や線路と交差するその坂は、まるでジェットコースターみたいだ。わたしたちの自転車は、しのぶちゃんを先頭にしてチリリリリ……と小気味いい音を鳴らしながら下っていく。スピードに乗ってきて、少し汗ばんだ体に受ける風が涼しくて最高に気持ちいい。


『にゃは~~! サイコ~!』

『みなさんスピード気を付けてください、車が来ています』

『うわわ、6台。ところで全然川っぽいところが見えないけど』

『まー建物に隠されちゃってるからね。もう2つ先の信号を左に曲がると見えるはずだよ』

 大量に並んだ広告の下を通り抜ける。女性タレントのホログラムがわたしたちを見下ろしていた。持っていたのは清涼飲料水。むむ、汗かいてるの見えてるの? 目前に迫る信号は青色で、スピードはそのままで通過。だけど坂はなだらかになってきて、再びしんどいペダル漕ぎが始まった。


『ヤバ、喉乾いた……けどリュックの中だ~飲み物~』

『もうちょっとで広場だよ、頑張って! 次の交差点を右ね!』

『うさぎちゃんのみたいにドリンクホルダー欲しくなってきた。まぁこんな長距離行く想定の自転車じゃなかったからね』

『にゃは、取ったげようか?』

『危ないから大丈夫。いやしの広場目指して駆け抜けるよ』


 いつの間にかわたしの後ろに移動していたしのぶちゃんに見守られながら右折。ついに見えてきた広場は――広場と呼ぶにはだいぶ肩身の狭い、ちんまりとした公園だった。それでも足元には草花が生えていて、隣には大きな川。小さくても立派な都会のオアシスだった。

 バババババ……と音がしたのでふと上を見ると、ゴテゴテした大きいヘリコプターが飛んでいた。だいぶしてきたみたい。空はずっと広くなった。


「ふぅ~……ジュース最高。生き返る~」


 わたしはベンチに座り込み、タオルで汗を拭きながら飲み物をゴクゴク体に入れた。一方でうさぎちゃんとしのぶちゃんはケロッとしていて余裕そうだ。うさぎちゃんはサイボーグ脚の力があるから分かるけど、しのぶちゃんも中々スゴい。


「めっちゃ川に飛び込みたい」

『ははは。でも暑い時に水遊びっていいかも』

「夏休み、みなさんで海かプールに行くというのも面白そうですね」

『夏休みかぁ。外出るのは毎日めっちゃ暑そう……』

「でもいちばんみんなで集まれる時間があるときだよね。外が暑いならお泊り会とかどう?」

「お泊り会…………いいね♪ やろ。絶対やろ!」

「ところで、もうそろそろ出発しませんか?」

「もうちょっと待ってぇ。暑いもん! んひ~!」


 そう言ってわたしが手でパタパタ顔をあおいでいると、しのぶちゃんがベンチの隣に座って来た。何かを企んでいそうな顔でニカッと笑っている。


「なら、いいことしてあげよっか?」

「そう言って熱いハグとかしてくるつもりでしょ! 騙されないよ!」

「ち~が~う♪ ――行くよ?」


 そう言うと、しのぶちゃんは上着の袖をまくって、右腕を私に向けた。きめ細かで色白で、モデルさんみたいにスッゴいきれいな肌だ。


 ……でも、あれ? なんか肌に薄っすらと継ぎ目があるような。そう思った次の瞬間。


 しのぶちゃんの腕が、ガシャシャッ! と

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