お疲れ様は目に見える

 学校から下校ログアウトしてリビングに向かったわたしは、テーブルに1枚のメモ用紙が置いてあるのを見つけた。


『今日も遅くなっちゃいそう。買い物お願いします。

 エビ・にんにくチューブ・ねぎ・にんじん・明日の朝ごはん好きなの

 買ってください。ごめんね

                               母』


 わたしのお母さんは在宅勤務で働いている。イナ高と同じように、今の時代オフィスが仮想空間上にある会社もあるのだ。ちなみにお父さんは正反対にリアル世界で単身赴任中。

 けど、よく現実世界に帰ってくるのが遅くなる。いつも朝昼夜とお母さんがご飯を作ってくれるけど、夜ご飯は作り置きになったり、今日みたいにわたしが買い出しを頼まれたりする。

 そういう時は決まって紙に書いたメモが置かれる。なんで紙なのかっていうと、たぶん〈ImagineTalkイマトーク〉だと通知が鳴っちゃうし、忙しいと見落としちゃうから。だからわたしも返事は裏返したメモ用紙に書き込む。


『任されました。うさぎちゃんと遊んだ帰りに買って帰るね ゆかり』


 中途半端に空いたドアから、そっとお母さんの部屋を覗き込む。そこにはうなじに大きなケーブルを繋いだまま机に伏せるお母さんがいた。ケーブルの付け根がチカチカ明滅している。

 わたしは小さく「行ってきます」と言ってドアを閉め、玄関に向かった。


 ◆◆◆


『自転車で一緒に街を巡るのも楽しいですね』

『だね。ちなみに今まででいちばん遠くまで自転車で行ったのってどこらへんまで?』

『ええと……上野のあたり、でしょうか』

『ふむふむ。いやさ、今度の連休にまたみふゆと会いたいなーって考えてるんだけど、自転車で行けないかな? って』

『かなり大変な道のりになりそうですが……』


 前方を行くうさぎちゃんからの通話が、脳内に響く。今日のわたしたちはふたりでサイクリング。うさぎちゃんの自転車は白いフレームのシャープなクロスバイク。うん、うさぎちゃんらしいカッコよさ。

 特にあてもなくフィーリングで進んで、偶然見つけた公園で休んでまた出発して。そういうことを繰り返していたらわたしの街に来ていた。何気にうさぎちゃんはわたしの家近くまで来るの始めてかも。


『っと、今日はそろそろ解散しなきゃかも。寄るところあってさ』

『どこに寄られるんですか? わたしはまだ大丈夫ですから、よければ付き合いますよ』

『そう? 夜ご飯のお買い物するってだけだけど』

『ならちょうどいいです。わたしも一緒に買い物しちゃいます』


 ということで向かったのは、いつも利用している自宅最寄りのスーパー。少しギュウギュウの自転車置き場にふたりのを並んで停めて、カートを1台。カゴは2つで上がわたし、下がうさぎちゃんで分ける。


「うさぎちゃんは今日何食べるの?」

「くっくんミニから生姜焼きを提案されているので、それにしようかと」

「そういえばお料理ロボット使ってるんだったね。レシピ提案もしてくれるんだ?」

「ええ。ミニなのであまり難しすぎる料理は作れないですが。ゆかりさんは?」

「うーん、お母さん次第? 買うものはもらってるけど、何作ろうと思ってるのかはまだ分かんない」


 メモの内容はばっちり覚えてるから、まずは野菜コーナーでねぎとにんじんを確保。あと、メモには書いてないけど安かったものはついでに買い溜めておく。チョロチョロと1品ずつ取りに行ってはカゴに入れていくうさぎちゃんを横目に、わたしは〈ブレインネット〉でスーパーの電子チラシを覗いた。む、今日は人工水産蛋白さかなが特売。ちょうどエビを買うので、安くなっているといいな。


「わたしの分はもう済んだので、ゆかりさんの買うものお手伝いしますよ」

「ありがとー。じゃ、にんにくチューブと……なんか美味しそうなパンお願い。うさぎちゃんのセンスに任せた」

「わたしのセンスで……? わ、分かりました?」

「お願いー。さてエービ、エービ、っと。この量でいいかな。あっシャケも買っとこ」


 しばらくするとうさぎちゃんが6個くらいパンを抱えて戻ってきた。候補多いね。


「なかなか絞れなくって……どうでしょうか」

「……うさぎちゃんチョコ好き?」

「はうっ」


 両手いっぱいに広がるブラウン、みんなチョコ味。


 ◆◆◆


「いやーごめんね、買い物まで一緒に付き合ってもらっちゃって」


 買い物を終えて、わたしのマンションの真下までふたりで来た。何気にうさぎちゃんをここまで連れて来たの始めて。


「ここにゆかりさんが住んでるんですね」

「そそ。ここの6階。いつかリア活部のみんなをうちに呼んでみたいな」

「わたしのおうちも、みなさんに遊びに来て欲しいですね。ちょっと狭いかもしれませんが」

「グルチャのやりたいことリストに書いとこ」

「ふふっ、そうですね」


 うさぎちゃんと別れ、家のドアを開ける。リビングのメモ書きはまだそこにあった。電気を付け、買ってきたものを仕分けて冷蔵庫とかにしまい、夜ご飯までまだちょっと時間あるし掃除でもしとこうかなーってフローリングワイパーをしばらく動かしていると、19時半を少し過ぎた頃にドアの開く音が聞こえた。


「おつかれー。お母さん」

「おつかれさま。……あっ、買い物ありがとうね」

「んー。シャケとかも安かったから買っといたよ」

「ありがとう。それじゃ、ご飯つくるから、ちょっと……待ってね」


 そうは言うけど、お母さんは椅子に座りこんでしまった。――ならここは。


「今日なに作る予定だったの?」

「エビとほうれん草で、パスタやろうかなって……」

「おっけー。じゃわたしが作る」

「大丈夫……」

「任せなって」

「……ごめんね」


 いつもお母さんが付けてるエプロンを借りてキッチンに立ち、お鍋に水を入れて火にかける。ほうれん草は冷凍なので、電子レンジで解凍ポチ。お鍋の水が沸騰したら塩を入れて、パスタを茹でる。ちょっと入れにくいけどパスタは折らない。そこは大事だから。

 その間にエビをバターで炒めておいて……ってやっていると、フラリとお母さんがキッチンに。


「やっぱり何か手伝おっかなって。スープ、飲む?」

「飲むけど、大丈夫だよ?」

「大変なことはしないから。今日はどこ行ってたの?」

「サイクリング。うさぎちゃんとね、こっちの近くまで来たんだよ。豆乳取って」

「はい豆乳。そうなんだ。会える友達がいるって良いことだね」

「ん。いつかみんなをうちに呼べたらな~って」

「いつでも歓迎だよ。ゆかりのお友達、わたしも会ってみたい。じゃがいもとコーンどっちにする?」

「じゃが」


 視界の端に映したタイマーが0になったら、作っておいたクリームソースへ麺を絡ませる。これでほうれん草とエビのクリームパスタはできあがり。お皿――はいつの間にかすぐそばに出されていた。わたしの隣で、わたしと同じ色の髪がチョコンと揺れた。


 均等に盛り付けてテーブルへ。続けてお母さんが2つスープを持ってテーブルへ。最後にもう一度わたしがキッチンからフォーク・スプーンとお茶を持って来て着席した。


「ごめんね、作ってもらっちゃって」

「いいのいいの。――――いつもお疲れ様です」


 それじゃ、一緒に両手を合わせて。


「「いただきます」」

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