沈むように浮かぶアンリアル
「うぁ~……」
ベッドに寝転がりながら、わたしは
なぜなら雨だから。わたしは雨だろうと必要とあれば傘も雨合羽も取り出してズイズイ外へ出かけて行ってしまうタイプだけど、今日は雨の勝ち。朝から続くこの土砂降りは、『特に目的もないけどお散歩するかなー』っていうにはちょっとダルすぎる。
「うぅ~~……」
窓の外から雨音と、配送ドローンのプロペラ音が聞こえてくる。うーん、ミレノでも宅配注文しようかな。なんとなく宅配サービスのサイトを開いて、あてもなくメニューの海に
「う~ん…………暇! 暇だ!」
だけどついに限界。溜まったフラストレーション、もとい暇ストレーションはリア活部のグループチャットにぶつけられた。
『ひまひまひまひまひまひまひまひまひまひま』
すると既読1からのリアクションあり。わたしを退屈から救いに来たヒーローの名は千葉みふゆ。いつも爆速リアクションを返してくれるみふゆは本当にいい友達だ。
『そっち1日中雨だもんねー。あたし今仮想空間で遊んでるけど、
『行く』
わたしは即答してベッドから起き上がり、いつもイナ高へ
みふゆがチャットに投稿したアクセスコードを専用のアプリに入力し、目を閉じる。直後フワッと意識が遠くなって、視界は光の奔流に包まれた。
◆◆◆
目を開けると、そこは白い壁の小さい部屋だった。やや硬めのベッドから身を起こし、自分の体を観察する。服装は白いシャツにショートパンツ――新しい
ここはどういう場所なんだろう? わたしは仮想空間にはあまり詳しくない。まぁわたしと対照的にみふゆは仮想空間のプロだから、変なところじゃないよねきっと。
「えーっと、扉は……うおっ、自動ドアか」
部屋を出ると、そこに見えたのはドーム状の窓いっぱいに広がる星空とたくさんの電子機器。シートベルトのついた椅子も何個か並んでいる。
「ここは……宇宙船?」
「その通り。やぁやぁゆかりん」
いちばん前の座席にみふゆが座っていた。ヘルメットを外した宇宙服といった出で立ちで、目元はシャープなバイザーで覆われている。わたしはみふゆの隣の席に座ってシートベルトを閉めた。
「ここってどういうところなの?」
「説明しよーぅ! ここは体験観光型宇宙ワールド『スペース・ディスカバリー』! 宇宙船に乗って星々を巡るのがメインだけど、一部の星は内部も実装されてて星に降り立つこともできるよ。大丈夫、エイリアンとかは出てこない純粋な探検系ワールドだから安心して」
「へぇー。どんくらい広いの? あ、その服わたしも着たい」
「ほいどうぞ。なんせ宇宙を再現してるからね。たぶん今世の中にある
みふゆから小さい光のキューブを受け取る。すると、一瞬でわたしの恰好はみふゆとお揃いの宇宙服になった。
「マジ? じゃああの星とか?」
「行ってみる?」
わたしがうなずくと、みふゆは宇宙船のレバーとかボタンとかをあちこち操作し始める。すると星空が少しずつ動き出し、全身が後ろに引っ張られる感じがしてきた。宇宙船が進み始めたのだ。
「ちなみにこの宇宙船についても語っていいかな?」
「みふゆのことだし、カスタマイズモリモリなんでしょきっと」
「カスタマイズどころじゃないよ。実はこの
「スゴいじゃん。でもなんか、確かに操縦席のゴチャつき感はみふゆっぽいね」
「ゴチャって言うなー。全部のボタンに意味があるんだからね。あとついでに全部1680万色に光る」
「なんでよ」
「あとはー、これとかどう? 重力オフ!」
「おお? お、スゴい! フワッてしてきた!」
「シートベルト外して泳いできていいぞいっ」
シートベルトを外したとたん、わたしの体は天井へとゆっくり上っていく。そのまま水族館で魚を見る子供みたいに、流れていく星々を窓に張り付いて眺めていた。
わたしは今、宇宙にいる。つい数分前まで自宅のベッドに寝転がってたとは思えない。
「説明しよーぅ。いまあたしたちがいるのはケンタウルス座アルファ星。太陽系からだいたい4.37光年のところにある、太陽系と最もご近所さんな恒星系だよ。恒星が3つあってね、まずあっちにあるのがアルファ星A。あれがBで、最後あそこにあるのがプロキシマ・ケンタウリ。他より暗いからちょっと分かりにくいかも」
「あー。なんか聞いたことある。中学校のとき授業で聞いたかも。どうやって作ったんだろこんな
「もともとここは研究用のシミュレーション空間として作られたのが始まりだって言われてるね。今でも研究に使われることがあるんだって」
「やっぱり研究系かぁこの精度。にしても相変わらず詳しいね。どうやって情報仕入れてるの?」
「あたしも別に前から知ってたわけじゃないよ。ただリアルタイムでネット検索走らせてるだけ」
「でもみふゆは調べるの超早くてホントにリアルタイムだもんね。あっちょっとごめん肩乗る」
みふゆの止まらない解説を聞きながら宙に浮かんでいたけれど、コントロールを失ってしまって思わずみふゆに肩車してもらうような形で体を固定した。いやはや水中みたいなものかと思ってたけど全然違ったね。カチッ。
「ぎゃあ。乗るな乗るな」
「ごめんて。無重力はじめてだもん」
「…………ところで今なんか『カチッ』って言ってませんでした?」
「あっ……なんか押したかも……どれだ?」
「ちょっとちょっと、変なの押してないよね?」
「ボタン多すぎて全然分からない……っていうか虹色に光らせるのいったん止めて」
「肩車のせいで身動きとれないが!? ゆかりん押して! それかあたしから降りて! 右上の~右から3列目の上から5行目!」
「これ?」
「違うねぇそれ放水ポンプ! あぁ宇宙に水がぶちまけられてらぁ、じゃなくて右から3上から5だよ!」
「配線グチャグチャだしなんかボタンの列斜めってるんだもん~。これ~?」
「だ違う! それは宇宙ローリングボム射出ボタン!」
みふゆの手で強制的に肩車を解除されてしまった。あぁまた無重力のせいで変なところに行ってしまう……カチカチッ。
『自爆シーケンスを作動します』
「「はぁ!?」」
驚く間もなくわたしは床に墜落した。ちょうどわたしが変なボタン押したタイミングで、みふゆが無重力を解除していたみたい。よかったこれで自由に動ける……って言ってる場合じゃなくて!
「なんで自爆機能なんてついてるの!? ここって観光用の仮想空間じゃなかったの!?」
「いや載せられる機能は全部載せたら『こんなこともあろうかと』ってなるかなーって!」
「止められないのこれ!?」
「説明しよーぅ! 自爆機能にも3種類あって、1つ目は取り消し猶予時間があるタイプ、2つ目はリモコンで遠隔起爆するタイプ。そして最後が本機に搭載されている『何があろうと絶対に自爆をやり遂げる』自爆機能だっ!」
「説明してる場合じゃないよー!! ってか止められないってことじゃん!」
『自爆まで10秒前。9……8……』
「うあぁああああー死ぬー!」
「こんなこともあろうかと脱出ボタンポチ~!」
スゴいGで床に押し付けられながら、わたしとみふゆはカプセル状の脱出ポッドで宇宙船から解き放たれた。直後、窓から盛大に吹き飛ぶみふゆの宇宙船が見えた。あぁ……
「あああ~、あたしの設計に2日かけたパーフェクト宇宙船インフィニットディスカバリー号が……」
「ごめんみふゆ……わたしのせいで……やっぱりわたし、仮想空間は苦手なのかも」
「――ま、ブループリントからいくらでも再召喚できるんですけどね」
「仮想空間~!!」
限りなくリアルな星空で、アンリアルな
やっぱり、ここは現実とは違うのだ。
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