ブルー・オーシャン・ストラテジー

「夏だー!」

「「「海だー!」」」


 広々とした車内で、早くもわたしたちはハイテンション。


 わたしたちを乗せた車の後ろで、『ネオンの山脈』がどんどん小さくなっていく。実際わたしたちが向かっているのは東京の外、千葉県は鹿嶋にある海水浴場だ。

 リア活部のみんなで海に行く。それはわたしたちの『夏休みにやりたいこと』でいちばん上に掲げられていたことだった。


「――――いやしかしいきなり海かい」

「ゆかりさんに計画を任せると、とんでもないスピード感になりますよね。最初に埼玉へ行ったときもそうでした」

「だからめっちゃ楽しくなるじゃん☆ にゃはははは!」


 夏休みに海で遊ぶなんて平成や令和の時代なら定番中の定番レジャーだろうけど。もしも今が平成だったとしても、今日のわたしたちはだいぶ変かも。


 何せ、30分前まで学校で終業式やってたのだから。


◆◆◆


 今日のスケジュールはこうだ。

 午前中にイナ高で終業式を済ませたら、そのまましのぶちゃん家の車で全員ピックアップして千葉県へ。ランチはお腹がすいてきた頃に高速道路のパーキングで食べて、海に着いたら日が暮れるまで遊びまくる。夕方になったら東京へ帰ってくる。そう、この旅は日帰りなのだ。

 細かいところは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する感じで。大丈夫。問題ない。完璧。


「あっ、ほら、海が見えて来ましたよ」

「おお……キレイじゃん! 東京から少し離れるだけで、こんなにも変わるもんなんだねぇ」


 出発しておよそ1時間半。うさぎちゃんが指さした先には、家々の隙間でキラキラ輝く青い海があった。確かに東京とは大違いだ。東京の海ってほとんどが港になっちゃってるし、神経質じゃなくても泳ぐのはちょっとイヤなくらいには水質がよくない。でもここなら海の中で遊びまくっても平気だ。みふゆがしっかりリサーチしてくれた。


 車が大きく右に曲がると、ガラガラの駐車場が見えてきた。学校によって夏休みの始まりはバラバラだと思うけど、やっぱり海開きして間もないこんな平日はまだまだ人が少なかったわけだ。ふふん、わたしはこれを狙っていたのさ。そういうことにしといてください。

 車のレバーが自動でガガガッと動いて駐車する。一発でピッタリと枠に収めたあと、『目的に到着しました』と合成音声が鳴る。


「ご苦労、〈デイヴィー〉。更衣室にいちばん近いところへ停めはしましたが、外の気温は高いですから気を付けてください」


 そうレイチェルさんの言う通り、意気揚々とドアを開けたわたしたちはその熱波に思わずのけぞってしまった。うわ何だこれあっつい! とドアを閉め、〈ブレインネット〉で気温を調べてみたら……39度!?


「これは……着替えて海に行くまでが地獄ですね……」

「せーので行こうか。急いで着替えて日焼け止め塗りたくって。飲み物たくさん飲んでおこう」

「わたし、日傘持っていきますね」

「皆さんが着替えている間に、わたしがタープを設営しておきましょう。砂浜も熱くなっているはずですからビーチサンダルをお忘れなく」

「ありがとうレイチェル! よしみんな、行くよー!」


 しのぶちゃんの掛け声で更衣室までダッシュ! お着替え中にキャッキャウフフ~なんてしている余裕がない。せかせかと着替えて日焼け止めを塗り終わった頃には、まだ海にも入っていないのに全身がベタベタになっていた。

 大きめの麦わら帽子を被って出口に向かうと、砂浜にはもう既にタープテントが設営完了していた。っていうか、レイチェルさんもいつの間にかビキニにパレオ姿になっている。藤田家は使用人も謎の力を持っているの……?


 タープの下まで走り、クーラーボックスから飲み物を取り出して涼んでいるとみんなも集まってきた。


 大きな日傘を相合傘して出てきたのはみふゆとうさぎちゃん。

 うさぎちゃんは白いワンピースタイプ。例のカッコいいサイボーグ脚も今日は堂々と晒している。みふゆは緑のビキニで下がスカート風。そこにフード付きのラッシュガードを羽織っている。

 最後にやってきたしのぶちゃんはオレンジ色のビキニだ。肌面積が多いけど、身体中に広がる継ぎ目が改めて彼女は全身サイボーグなんだと実感させる。

 ちなみにわたしは水色のフレアビキニ。以前にうさぎちゃんと一緒に選んだものだ。


「にゃはー、お待たせっ♪」

「はい飲み物。みんな揃ったね。ところでみんなって海水大丈夫なの? ほら、サイボーグボディがさ」

「アタシは全然平気だよ☆ 防水防塵はバッチリだから!」

「わたしの脚も、こう見えて海水への耐性はちゃんとあるんです」

「あっそうだそうだ、みふゆさんアイは防水ゴーグル必要なのよね。ちょっと飲み物これ持ってて」


 そう言ってみふゆがラッシュガードから取り出したのは、大きめの潜水ゴーグルっぽいもの。


「それって普段お風呂とかでも付けてるの?」

「そうよ。面倒っちゃ面倒だけど、まぁ入出力端子の多さとのトレードオフだね。っていうかゆかりんこそ首のコネクター、カバーしてないよ?」

「えっ、ホント!? しまった完全に忘れてた……」


 わたしのうなじにある〈ブレインネット〉の有線コネクターも、海水相手にはカバーが必要なんだった。うさぎちゃんが持っていた予備を貸してもらった。


「さてさて、これでみんな準備OKかな」

「それじゃあ……」

「「「「海へダイブだぁぁぁぁっ!!」」」」


 あまりにも暑すぎる! たまらずみんなで走り出し、向かってくる波へ真っ正面から倒れ込んだ。


「にゃははははは! サイコー!」

「恵みの海だぁ……ぬるいけども! 遥かにマシ!」

「うさぎちゃん、こっちこっち――そりゃ!」

「ゆかりさん? って、わぷぷ! もう! やりましたねー! えいっ!」

「アタシもアタシも~☆ そうだうさぴ、ちょっとやってみたいことあるの!」


 しのぶちゃんはうさぎちゃんに何やら耳打ちすると、うさぎちゃんに後ろからおぶさった。リア活部でいちばん小柄なうさぎちゃんに、いちばん大きなしのぶちゃんが乗るとちょっとしんどそう。でもこの体勢ってもしかして――次の瞬間、ふたりは勢いよく飛び上がった。サイボーグ脚を使った飛び込みだ!


「いいなー、わたしもやりたい」

「ゆかりさんもですか? 良いですよ、わたしもやってみたら意外と楽しかったです」

「みふぴはどう?」

「パスー。実はみふゆさん、泳げないのだ!」

「あれれそうだったんだ。うきわいる? レイチェル~、うきわちょうだい~」


 ッギウウウウゥゥゥン!! と駆動音と波しぶきを立てて、わたしとうさぎちゃんが宙に浮かぶ。海の遠くではたくさんの船が動いていた。たぶん東京湾から出発した船たちだ。

 そんなことを思いながら、うさぎちゃんと一緒に頭から海に落ちていく。少し濁った水の中には、貝も魚もいなかった。


◆◆◆


 それから日が暮れるまで、わたしたちは思い切り遊んだ。泳ぎを競争したり、みふゆのうきわに掴まってただ海に浮かんだり。


「そろそろ撤収ですね。やっぱり今日の海、全然人がいませんでしたね。おかげで遊び放題でしたが」

「まぁ、暑かったもんね。海なら涼しいんじゃないかと思ったけど……っていうか未だに暑いんですけど」

「ね。ひとつ分かったことがあるよ。……次は室内プールにしよう」

「「「賛成」」」


 確かに暑かった。遊んでいる時もレイチェルさんに声をかけられて20分に1回は休憩していたし、遠くに見えた海の家まで行こうとしたけど道半ばで危険を感じて引き返したくらいだ。人が少ないのは海開き直後の平日だからというよりも、こっちの理由が大きかったのかも。


 レイチェルさんの車に揺られ、道中のサービスエリアで夜ご飯も食べつつ東京まで無事に帰ってきた。時刻は午後10時。日帰り成功だ。


 玄関を開けると、リビングではお母さんが音楽をかけながら待っていた。


「おかえり。楽しかった?」

「ただいま。楽しかった」

「にしても終業式の日からなんてビックリしたよ。どこ行ったの?」

「海」

「ふーん。………………え?」

「海行ってきた」

「うみ」

「海。オーシャン」

「おーしゃん」


 流れていた曲は、ちょうどひと昔前の夏ソングだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る