夏休みまでカウント・ゼロ
体育館にぞろぞろと生徒が集まっていく。少し熱のこもった館内は、人口密度の高さも相まって座っているだけでうっすらと汗をかいてしまう。
わたしたち2年A組の列は壁際で、近くにはソフィア先生をはじめとした先生たちが並んでいる。ソフィア先生はこの暑さでもビシッとジャケットまで羽織ってキリッとした表情だけど、大丈夫なのかな……。額が汗まみれだ。
1か所だけ不自然に開いていた隙間には、開始10秒前になって狐森先生がテレポートしてきた。ズルいなぁ。わたしも直前までクーラー効いた教室にいたいんだけど。
『それでは、1学期終業式を開始します』
司会の先生がそう言って、わたしたちは一斉に起立する。そう、期末テストという試練を乗り越え、ついに今日は待ちに待った終業式の日だ。
◆◆◆
「――すなわち、これがネウロンのグランドミッションであるからにして、生徒諸君に期待されるのは……」
校長先生の話が右耳から左耳へ通過する。校長はネウロン社の人だから、こういう挨拶では会社の話ばっかり。マジメに聞いてる人どれくらいいるんだろ。わたしは聞いてない。顔だけ校長先生に向けながら、〈ブレインネット〉でコッソリ音楽を垂れ流している。通信しちゃうと流石にバレちゃうけど、ローカルに保存したモノならセーフセーフ。
体感1時間の長話がようやく終わると、次は校歌斉唱やら表彰やら。歌ったり拍手したりのアクションがあるから退屈はしない。ふむふむ、電脳サバゲー部が全国大会行くらしい。イナ高でも人気上位な部活で、クラスにも何人か部員がいる。がんばれー。
その後は教頭先生が夏休みの過ごし方についてつらつら話して終業式は終わりだ。内容は「宿題は計画的に」とか「体調に気を付けよう」とか、まぁ一般的な感じ。
「んー、やっと終わったぁ。教室戻ったら成績通知かぁ」
「あっ、うん。そうだね。ドキドキ、だね」
「ゆかりさんは大丈夫ですか? 補習なんてことになったら『計画』が大崩れですよ」
「大丈夫大丈夫。毎回なんとかなってるから」
「なんだか不安です……」
なんてカヴィタちゃんやうさぎちゃんと話しつつ教室へ。数分後、汗だくだくなソフィア先生が湯気をまといながら入ってきた。ジャケット脱いでもいいんじゃないのかな……。ソフィア先生はマジメな人だ。
シャツが透けてセクシーな感じになったまま、変わらない口調で成績を通知する。先生のホームルームはいつも短いけど、こういう成績通知でも容赦なくデータを送信してくるから心の準備をする暇がない。
ポン、と手元に出現した1学期の成績は……うん。普通。期末テストの総合順位はものの見事に中央値。逆に奇跡じゃない? 教科別だと平均以下なところはあるけど、まぁ補習になった教科はなくてよかった。
と、前の席でうたた寝していたラグちゃんが急に頭を抱えた。そのままのけぞりポーズでわたしを見る。もしやこれは。
「のああああああ!?」
「お? 補習? 補習?」
「補習だぁ……」
「やーい補習ー。 え、何?」
「言語文化……」
ご愁傷様です、とラグちゃんに手を合わせ、わたしはクラスを見渡した。みんなそれぞれ一喜一憂している。その中でうさぎちゃんと目が合った。よし、アイコンタクトだけで伝えてみよう。目力目力……補習回避……と。伝わったはず。
「補習者はスケジュールを確認するように。評価の詳細については各教科の教員へ。それでは休み時間です。10分後に再開します。では」
ソフィア先生が教室を去ると、クラスのにぎやかさはさらに1段レベルアップする。うさぎちゃんもわたしの席へ近寄ってきた。……え、なになに「さっきの顔芸は何を伝えようとしてたんですか?」って? あれれ、アイコンタクト失敗。
うさぎちゃんに無事補習回避したことを教えたり、イメージ通り理数系が強いうさぎちゃんの成績を一緒に眺めていたりしていると、ラグちゃんや他のクラスメイトが会話に混ざってきた。
「んなー……せっかく夏休みに『パフェユピ』で遊ぶ予定だったのにー」
「『パフェユピ』? って、何ですか?」
「あれー涼風さん知らない? テーマパーク型仮想空間の『パーフェクト・ユートピア』。今超バズってて入場チケットの倍率超エグいんだよ」
「そーそー。抽選当たってやっと行けるーってときにさぁ」
「日付が被っちゃったんですか?」
「いや被ってない。でも補習が待ってる、ってこと自体が夢の世界でノイズになるじゃん。全てを忘れて幸福だけを味わいたいんだよ」
「まぁ気持ちは分からなくもないかな」
「そういやゆかりって夏休み何するの?」
「わたし? ふっふっふ、夏はうさぎちゃんたちとたくさん遊ぶよ。前から計画してたもんね」
ねー、とうさぎちゃんと笑い合う。まさか仮想空間じゃなくてリアルで遊ぶだなんて、きっとみんな予想してないだろうな。
◆◆◆
「ではまた2学期に。さようなら」
ソフィア先生の挨拶で、1学期最後のホームルームが終わる。クラスメイトのみんなは教室に残っておしゃべりを続けていたけど、わたしとうさぎちゃんは早々に教室を出た。
だってわたしたちにとっては『これから』が本番なんだもの。階段でみふゆ、しのぶちゃんとも合流し、一緒に昇降口へ向かった。
「やっほー。そっちってレイチェルさんの車だと拾うのどれくらい?」
「にゃはは、実はもう埼玉までいるよ☆」
「えっどうやって!? 有線じゃないと仮想空間入れないじゃん」
「駅のコワーキングスペース! そこから入ってるの♪」
「おお、考えたねしののん。この際朝何時起きだったのかは聞かないでおこう」
「そっちからわたしたちのところまで30分くらいだっけ。今からうさぎちゃんと待ち合わせして、ちょっと時間あるけどふたりで時間潰してよっか」
「はい。近くに本屋さんもありますね」
みんなで正門前に並んで、タイミングを揃えてログアウト。跳ねるように現実の肉体を起こし、ケーブルを抜いて体をほぐした。
壁にかけたカレンダーには、ビッシリと予定が詰め込まれている。その書き込みは今日から始まっている。
『戻ったよ。みんなは?』
『にゃははー、あたしもおっけー』
『みふゆさんカムバック! しののんまだ着かないよね? いまから着替えるんで……』
『わたしはもう出発します』
リビングでお母さんの書き置きに返事を書いて、ベランダをチラッと覗いてから玄関へ。ギラギラと明るくていい天気だ。暑さなんて知るもんか。
夏休み0日目。いつもと違う、リア活部として過ごす夏が始まった。
……でも流石に今から海へ直行するのは弾丸すぎたかな。
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