創造神もラクじゃない
真っ黒な世界に、緑色の横文字だけがポツポツと並んでいる。
「ぁ~い、みんな準備おけまるかな? ちゅーことで今回のテストはPaaSクラウドへの仮想空間
エコーのかかった声と共に、半透明な狐森先生が現れる。ここは先生が用意したテスト用の作業空間だ。
今の時代でも、夏休みに入る前には期末テストというボスキャラが立ちはだかる。だけど今はなんでもネットで調べられる時代。
学校だってそんなことは分かかっているから、期末テストではただの暗記問題なんて出てこない。どの教科もだいたい考察したり論述したりがほとんど。ちょっぴり昔の時代がうらやましい。
そんな中で情報のテストは、今回のように実技でテストが行われる。だからテストなのに大人気。半分は狐森先生の人気かもしれないけど。
「進捗はチェックリスト出てくるからそれで見れるかんね。ど~しようもない緊急事態なったら赤いエマージェンシーボタン押してちょ。てなわけでチャイムそろそろ? そろそろ違う。う~ん困ったぞ雑談のネタとか持ってないんだよな~いや鳴ったいま鳴った。あい開始ぃ!」
フニャフニャした合図と共にコンソールがアンロックされ、視界には問題文とチェックリストが現れる。
さてさてまずはパッケージのインストール。補助AIも起動する。難しいことはだいたいAIでなんとかなる……というかAIがないと絶対無理。恐らくだけど『AIの使役力』も試されるテストだ、これは。
両手をせわしなく動かしながら資材を並べたり、AIにプログラムを作ってもらったり。まずは初期設定のまんまで
だけどまだ『空間』がそこにあるだけ。チェックリストは1つしか埋まってない。ここから中身を作りこんでいかないといけない。地面を置いて、空に光を置いて……まるで神様の天地創造みたいだ。わたしは「光あれ」と言った。すると光がどっか行った。待ってどこ行くのー!?
ともあれ、箱は少しずつ箱庭へと姿を変えていく。なんだか楽しくなってきた。
ここで1回世界に降り立ってみようかな。そう思って『デバッグ』ボタンを押したけど体が宙ぶらりん。しまった重力を入れてなかった。すかさずコンソールを開いて、運動方程式を書き込んでいく。前の時間が物理のテストで良かった。重力加速度に9.8m/s2を入れて、『デバッグ』開始! 今度こそ、 わたしは地面に舞い降りて――そのまま貫通した。
「ああああー! しまった当たり判定付いてなかったー!」
遠ざかる地面を見上げながらワチャワチャ手を動かしリスタート。3度目の正直でようやくわたしの体は大地に足を付けた。素材間違えたなってレベルで超硬かったけど、まぁ地面は地面だ。
バーチャルな世界を生み出すのには7日もいらない。ここまで30分。とはいえチェックリストまだまだ半分も残っている。
平坦な地面に起伏をつけて木を生やす。次にオブジェクトを何個か適当にバラ撒く。空からサルとかティーポットとか謎の柱とかがたくさん降ってきた。斜面をちゃんと転がってるので物理シミュレーションはうまく行っている。
そのあとはボットを配置する。空中にウィンドウズを出して、どいつをこの世界の住人にするか吟味。点数に関わるところじゃないけど、せっかくだし可愛い子を置きたいな……これでいいか。ブヨブヨした2足歩行のなんか変なキャラ。
このままだとただのオブジェクト。ボットにするには、キャラクターの動きをプログラミングしてあげないといけない。問題文を嚙み砕いてAIに発注。キャラクターの頭上に開かれたウィンドウにダララララっとプログラムが書き込まれていく。
そして再び『デバッグ』開始。動き出せブヨブヨくん! ……あれ、うんともすんとも言わない。原因はなんだろう……プログラムは苦手。
うんうん唸ってプログラムを適当に弄ってみて、でもやっぱり動かないのでAIに丸投げして、やっぱり自分で弄って。
「うー、ヤバいどんどん時間が溶けるー。これでどうかな……んーなんとかなれーっ!」
気持ち強めにエンターキーを叩く。ブヨブヨくんはフラフラと片足を上げて、ちょっとだけ前に進んだ。やった! ブヨブヨくんにとっては小さな1歩だけど、わたしにとっては偉大な1歩だ。
そうだ、この子を既定の数まで増やさないといけないんだった。手動で置いていくにはとても無理な数にされているから、技術的になんとかしろってことだね。キャラクターのプログラムにちょっと追加して、時間で倍々に増えるようにしていく。あとは勝手に増えていくのを待つ。神はお休みになります。
数がぞろぞろ増えていってチェックリストが埋まる。よしよし、ブヨブヨくんの動きがちょっと変だけど、たぶん合格点は越えられたはず。
ポコポコ、ポコポコ、ブヨブヨくんが増えていく。あの、もう必要な数には届いたんだけど……。
「って、あぁ! 数にリミッターかけるの忘れてた! うわっ!?」
わたしは真後ろでも増殖していたブヨブヨくんに弾き飛ばされてしまった。飛んだ先にもブヨブヨくん。やめてぇ! わたしは君たちの創造神だぞーっ!?
お手玉にされて舞い上がった空中で、配置したオブジェクトが囲まれているのを見た。そのままさらに倍に増えて――オブジェクトが潰されちゃった! チェックリストの『達成済』が1つ消える。残り時間5分。
「マズいっ、いたたたた! 再配置しないと、いたっ、踏まないで踏まないで!」
上下左右前後も分からないまま、わたしは必死にメニューを叩いてオブジェクトを空から落としていった。あれれ、なんか世界が暗いけど光間違えて消しちゃった? まぁいいや光源配置光源配置!
やっとの思いでブヨブヨくん軍団から顔だけ出して見上げた空に、光は消えていなかった。
影を生み出していたそれの正体は、入射角45度で落ちてくる超巨大な円柱オブジェクト。プログラムしてないはずなのに、ブヨブヨたちもみんなそれを見上げていた、ような気がした。
ゴゴゴゴゴゴゴ……と遠くで地響きが聞こえる。いろんなものが吹き飛んで、ボットの数を示すカウンターがどんどん減っていく。わたしの45分創世記は、たったの5分でアルマゲドン。
いやこれマズいね? チェックリストがどんどん巻き戻る。このままじゃ合格点が! AIはフリーズしちゃったのか何も言ってくれない。なんかもうわけが分からないまま、なんかもう色々適当にコンソールを叩きまくる。だけど全部無駄な抵抗。
あぁ、ブヨブヨくんの数が規定量ギリギリに! 無慈悲にも減り続けるカウンターが、ついに規定量を下回る――――その直前、わたしの意識はイナ高の教室に戻された。
「うい、タイムア~ップ。みんなお疲れちゃん」
キーンコーンカーンコーン、とチャイムが響いている。あぇ……と放心状態になっていると、うさぎちゃんがやってきた。
「少し難しかったですが、なんとかなりました。ゆかりさんはどうでしたか?」
「刻が……見えた……」
「……?」
目の前に浮かぶスコアは、合格点ギリギリを示していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます