星に電子に願いを乗せて

 7月7日。いわゆる七夕の日。


 イナ高も七夕の話題で盛り上がっていた。なぜなら中庭にたくさんの笹がから。昨日まで1本もなかったのに。


 昼休みになるとたくさんの生徒が押し寄せて、色とりどりの短冊が飾られていく。わたしも短冊を片手にリア活部のみんなと集まっていた。


「願い事かぁ、何書こうかな」

「こうも人が多いと、周りに見られちゃうのを気にしてしまいますね」

「だね。他の人は何書いてるのかなーっと」


 既に吊り下げられている短冊をいくつか覗いてみた。


『東大合格』

『〈QuShiBoクシーボ〉でバズりたい』

『Automata Combatの新作はよ』

『推し活の借金全部返せるお金降ってこい』

『インターハイ予選突破!』


 ……とまぁ多種多様。


「まぁこういうのは深く考えなくていいんじゃない? みんなで短冊を書いて飾ることに意味があるのさ、きっと」

「そんなものなんでしょうか。それじゃあ……『バイトのお仕事をもっと上手になりたい』、と……」

「アタシはこんなの書いてみたよっ☆」

「『みんなと一生仲良しでいられますように』か。いいね。確かにこういう願い事が何だかんだいちばん大事なのかもね」

「とか言う割にしののんしかそういう願い事書いてないのね。みふゆさんも人のこと言えないけど」

「そりゃ、さ。みんながずっと仲良しでいることなんて――――願うまでもない、じゃん?」

「言うねぇゆかりん」

「にゃはは……! そうだね! じゃあただの一生仲良しじゃなくて、一生『超』仲良しにアップグレードしちゃお♪」

「では、そろそろ飾るスペース探しましょうか。でももう結構な量が飾られていますね」

「――――ぅおいっす~。ありゃ、もう笹足りてない感じ?」


 そう隣で声が聞こえた。振り向くとそこにはダボダボジャケットに眼鏡が特徴的な女性教師、狐森先生がテレポートしてきていた。狐森先生は短冊でいっぱいの笹たちを一瞥すると、「そいじゃ、いまだけ5%増量キャンペーン~」とひとこと。

 直後、まっさらな笹が虚空からいきなり生えてきた。生徒たちの間で歓声が巻き起こる。やっぱり情報教科の先生は仮想空間にて最強、圧倒的な人気だ。


 ではでは、と新しい笹に短冊を付けようとしたわたしたちは、ちょうど同じことを考えていたカヴィタちゃん・みつはちゃんペアと遭遇した。


「あら先輩方、ごきげんよう」

「にゃは、こないだぶりー。ふたりも短冊?」

「ええ。ふたりでひとつの短冊を書きましたの」

「なるほど連名、その発想はなかった。あたしたちもやればよかったね」

「あっ、ねぇねぇ。出角さんたちは、どんなこと、書いたの」

「もうバラバラだよ。わたしは『平成時代の旧硬貨発見したい』だし、みふゆは『月収1万アップ』だっけ」


 ひとりずつ順番に短冊を付けていく。わたしがいちばん最後で、背伸びして笹に紐を通していると背後でも誰かがガサガサやっていた。

 誰だろう? と振り返るとその影はダダッ! と勢いよくどこかへ走り去ってしまった。飾り付けられた白い短冊をチラッと見ると、そこにはこう書かれていた。


『威厳ください        ソフィア』


 心なしか、その書体には切実さがこもっている気がした……。


◆◆◆


 さて七夕といえば日没後にも1イベントある。天の川の天体観測だ。日本1有名な遠距離夫婦、織姫と彦星が年に1度だけ会える夜。


 今夜のイナ高は特別に夜間開放がされていて、天候も快晴固定なうえに星々の光量も上げられている。他にも以前みふゆと遊んだ『スペース・ディスカバリー』なら天の川銀河の中に直接飛び込むことだってできる。

 だけどわたしたちリア活部が集まったのは仮想空間ではなく、現実の埼玉県。リア活部結成の日に訪れた展望台だ。理由はもちろん現実の天の川を見たいから。


「さてさて、見れるかな」と夜空を見上げた。雲は少ない。……どれだ天の川。


「うーん、よく分からないですね……」

「肉眼はちょい厳しいんじゃないかな。いま調べたんだけどさ、人工光が強いと肉眼じゃ見るの無理っぽいねぇ」

「何だってー。おのれ東京」

「そこでみふゆさんドローンの出番よ。〈視界共有〉どうぞ」


 みふゆはゴーグルみたいなサイボーグ眼の上部をカチャチャッと展開させ、そこに空いていた端子にケーブルを刺してドローンと有線接続した。みふゆの視界に入ると、おお確かに肉眼じゃ見えなかった星の光が分かる。


「にゃはー、キレイだね。あれがたぶん、ベガ?」

「そうかも。ベガ――織姫だね。彦星はアルタイル。もう1個デネブと合わせて夏の大三角形」

「デネブは何者なんだろ。織姫と彦星の間に挟まる……う、浮気」

「いやいや、デネブはどうやらカササギって鳥として、天の川に橋をかけてくれたらしいよ。一説によると」

「しかし、織姫と彦星はどうして年に1度しか会えないんでしょうか」

「説明しよーぅ。元々働き者だったふたりだけど、夫婦になったとたん毎日遊びほうけるようになっちゃったのさ。それで織姫のお父さんで神様の天帝が怒って天の川を挟んで引き離しちゃって、でもそしたら今度は泣きまくって仕事にならないってんで、年に1度だけ会うのを許された……そんなお話なんだと」

「熱愛だね~。年に1度しか会えないって、どんな気持ちなのかな」


 ふと自分のお父さんのことが頭に浮かんだ。わたしのお父さんは昔から各地へ出張することが多かったけど、今は単身赴任中でめったに会えない。まさに織姫彦星状態だ。あぁ、それだとお母さんが織姫で、わたしは織姫彦星の娘ってとこか。織姫彦星も子供いるのかな。


「会える日が待ち遠しすぎるね。でもそれが仕事のモチベになるのかな」

「ゆかぴは前向きだね。アタシは1日じゃ足りない~って仕事なんてできないかも。もっと会える日欲しい」

「案外今の時代なら、織姫と彦星も〈ブレインネット〉付けて仮想空間で会ってたりして」

「だとしてもやっぱり、リアルで会える日は特別だよ」

「わたしたちがそう、ですからね。そう思うと織姫と彦星になんだか親近感が湧きます」


 その時、みふゆの視界を一筋の光が走った。


「あ、流れ星だ」

「流れ星――願い事!」

「願い事!?」

「っあぁ、消えちゃった。誰か願い事できた?」

「無理です……流れ星って突然現れるしすぐに消えちゃいますから、全然願い事できないですよね」

「アタシも無理だった~。けど、そういう咄嗟に出てくる願い事が、本当に叶えたいことなのかもね」

「1回だけいけたわ、わたし」

「スゴいじゃんゆかりん。何願ったの?」

「あー、えっと……」


 日中に「願うまでもないよ」なんて言っちゃった手前、ちょっと気まずい。


 咄嗟に浮かんだのは他ならぬ、『みんなとずっと親友でいられますように』なんて願いだったなんて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る