ソリッド・ステート・サマータイム Exec()

SSS級の夏到来

夏は、わろし

「――2週間後には期末テストが始まります。準備を始めていくように。以上。それではまた明日」


 ソフィア先生の爆速ホームルームが終わり、放課後になった。

 外からは絶え間なくそよ風が吹いていて、束ねられたカーテンの端がサヤサヤと静かに揺れている。暦の上ではもう7月だ。けどわたしの制服は未だに長袖。『古き良き日本式学校』をコンセプトにするここイナ高は、校舎や制服だけでなく周囲の環境まで昔の時代を再現している。だから初夏だというのに、まだ全然涼しいのだ。


 前の席では相変わらずラグちゃんが机に伏している。っていうか6時間目からずっと寝てるじゃん。指先で背中をツンツンしてやった。


「おーい、もう学校終わっちゃったぞー」

「……んぅ、ふぁぁ……あれ、ウチいつから寝てたっけ」

「言語文化の頭っから」

「いとわろた。まぁ春はあけぼのっていうじゃん? 春眠暁を覚えずだよ」

「夏だよ今」

「リアルと比べたら春みたいなもんでしょ。うーんもう1時間くらい寝てから帰ろ」


 そして再び寝てしまった。まぁ放っておこう。いつの間にか窓際にうさぎちゃんが来ているし。


「リアルで寝ればいいのでは、ラグさん……」

「ねー。でもこっちの涼しさとかが心地いいのも分かるけどね」

「はい。ただの演算だと分かっていても、この風と日差しはエアコンでは感じられないですもんね」


 と、ふたりで窓の外を眺めていると、どこからかチリン、チリンと音色が聞こえてきた。


「ゆかりさん、今何か聞こえませんでした?」

「聞こえた。どこからだろ? 探してみる?」


 目を閉じて音の方向にアタリを付け、わたしとうさぎちゃんは教室を出た。せっかくだしと隣のB組に行って、しのぶちゃんとみふゆも誘う。


「にゃっほー」

「やっほー。これから校内探検するけど一緒にどう?」

「たぶん校舎のどこかからなんですけど、キレイな音が聞こえたんです。それを探してみようと」

「ほうほう。どんな音?」

「窓寄れば聞こえるよ。来て来て」

「あー、聞こえるね。たぶんだけど、風鈴とかじゃない?」

「風鈴かぁ。だとしてもどこにあるんだろ」

「音源的には……あそこかな?」


 みふゆに連れられて訪れたのは校舎1階、図書室だ。予測通りそこには小さな風鈴があった。透明なガラスには水色で金魚が描かれ、短冊には淡い色調で波打ち際が描かれている。それが図書委員の座るカウンターにいちばん近い窓で、チリン、チリンと揺れていた。


「みふぴ流石~♪」

「ここだったんですね。ということは図書委員の方が付けたということでしょうか」


 わたしはカウンターの図書委員に聞いてみた。ちょうど今日の当番はわたしのクラスメイト、カヴィタちゃんだ。前髪が長くて表情が見えづらいけど、穏やかで優しい子。


「ねね、カヴィタちゃん。この風鈴って図書委員が付けたの?」

「あっ、うん。そう。ボクが付けたの」

「キレイだね。これ、どこから持ってきたの?」

「あっ、えっとね、みっちゃんがね――」

「――そちらの風鈴でしたら、わたくしが作ったものですわ」


 図書室の入り口で、もう1つの風鈴が鳴った。それを手にしているのは、ツヤのある紫色の髪をお姫様カットにした女の子。クラスメイトじゃない、はじめましての子だ。


「もしかして、この子が『みっちゃん』?」

「カヴィーにはそう呼んでいただいておりますわ。わたくし、手芸部の二宮みつはと言いますの」

「なるほど手芸部か。わたし、出角いでかどゆかり。カヴィタちゃんのクラスメイト」

「まぁ。でしたらわたくし後輩になりますわね。1年生なんですの」

「そうなんだ。よろしくね。その風鈴もあなたが?」

「はい。あちらが青色を基調としていますから、対になるよう赤い絵を塗りましたの」


 風鈴が飾られた窓の、反対側の端に新しい風鈴が飾られる。聞いたところによると、2つともカヴィタちゃんにプレゼントするつもりで作ったらしい。2つの風鈴が共に揺れて、2人も楽しそうにしている。

 ふと視線を移した先では、ポップアップの展示があった。テーマは『夏は夜』らしい。書かれているイラストは清少納言かな。ずいぶんとアニメチックな絵柄にされてるけど。


「夏は、夜……」

「『月のころは、さらなり。闇もなほ。螢のおほく飛びちがひたる――』だね。夏で夜といえば七夕の天の川だね」

「七夕か。リアルで天の川見れるかな?」

「天気予報的には見れるんじゃないかな? まぁ最悪イナ高で見るのもいいけどね。特別に夜間開放してくれるって情報よ」

「うーん、でもやっぱりリアルで見たいじゃん。だって――」

「――アタシたちはリア活部、だもんね☆」


◆◆◆


 図書室でのんびり過ごしていたら、気づけば18時を回っていた。けど外は全然明るい。日が長いのも夏って感じだ。


 イナ高で1日の最後にログアウトするときは、登校するのと同じように正門まで行く必要がある。リア活部の4人で横並びになって、一緒に『ログアウト』を選択した。


「じゃ、また明日」


 フワッと意識が遠くなって、現実の肉体へと戻る。部屋ではエアコンのフィンが静かに動いていた。窓の外はイナ高と同じくらいまだ明るくて、照明はいらなそうだった。

 だけど〈ブレインネット〉で外気温を調べると、なんと30度超え。


 本当にそうなのか気になって、ベランダから外に出てみた。扉を開けた瞬間にものスゴい熱気と湿気に襲われる。思わず「うわっ」と声が出た。わたしの家もお隣さんも、室外機がヴゥゥゥと音を立てて回っている。明るい日差しはそのまま熱光線となってビルの隙間から降り注ぎ、街を行く人々を熱している。人々もみんな空調服やらバイオ冷却材やらの防暑装備をガッチリ身に着けて熱波に抵抗している。

 何も対策せずになんとなくでベランダに出てしまったわたしは、ものの数分でギブアップ。額に汗をかきながらリビングに戻ると、ちょうど自室から出てきたお母さんがいた。


「あ、お母さん。おつかれ」

「おつかれ、ゆかり。外出てたの?」

「ダメだね。暑すぎて無理。イナ高だとまだ全然涼しくて『これから夏』って感じだったのに」

「これから夏……そっか、これから夏なんだっけ……」

「ね。もう夏だよね」

「ずっと夏だった気がするね」


 春っていつ終わったんだっけ? そんなことを思いながら、冷蔵庫から炭酸飲料を取り出した。


 夏は夜、だったっけ。今の時代じゃ、夜は蒸して寝苦しいし、東京の蛍は絶滅した。


 もし清少納言が今の時代にいたら、枕草子はこの1行だけで終わりだろうな。そう思いながら炭酸飲料のフタを開けた。


 ――――夏は、わろし。

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