秋葉原憂愁(アキハバラ・ブルーズ)
書店を出て、わたしたちは再びみふゆの思い出の地を探し始めた。
マップに示されたお店を目指し、高層ビルのエスカレーターを上っていく。上層階はオフィスだけど、下の何階かにはお店が入っているというパターンのビルも多い。ここもそんな感じで、3フロアにまたがってアニメグッズのお店が入っている。
窓から見える大通りはいまだに盛況で、ホログラムのアイドルが歌う楽曲がビルの中にまで響いている。店内で流れるアニソンと奇妙なマッシュアップができあがっていた。
「やっぱり大通り沿いのお店は、どこもかしこもおっきいね~」
「そうですね。さっきの場所と、本当に同じ秋葉原なのかってくらい」
「扱ってるものは似てるような気がするんだけどね。アニメのグッズとか、漫画とかさ」
「モノは同じでもさ、やってくる人が変わったら見せ方も変わってくんじゃないかね。っと、ここがまず1つ目の電子部品屋なんだ……けども……」
グッズショップの上にあったのは、確かに電子部品を扱っているお店だった。けど、1フロアを丸ごと使った店内にはホログラムの商品サンプルやタッチパネルが並んでいて、ひどくスッキリとした見た目をしていた。
『いらっしゃいませ! 何をお探しですか?』と正面が液晶になった接客ロボに話しかけられる。みふゆの表情に懐かしさを感じている様子はない。
「最先端、って感じだね」
「ね。……みふゆ、次行く?」
うん、とみふゆがうなずいて、地図アプリの新しい場所にピンが刺さった。
◆◆◆
2店目。さっきのと違ってタッチパネルはないけれど、やっぱり広く大きい。1周ぐるっと回るだけで適当な電子機器が完成しそうなくらいだ。
3店目。10階建ての家電量販店内にあるDIY用部品コーナーだった。
4店目。最初の店の別店舗。
5店目は今まででいちばんレトロチックな雰囲気があった。そこはビルの1階に入居していて、小さな空間にギチギチと細かい部品が詰められていた。
「お、なんかよさげじゃない? みふゆ?」
「かも。ちょっと見てみるね」
部品の入った小袋にはバーコード付きのラベルが貼られていて、それが何かの果実みたいに金網へたくさん吊るされていた。みふゆは記憶と照らし合わせているのか、上を向いた状態で店内をウロウロ歩き回る。
だけど、戻ってきたみふゆは首をかしげていた。
「うーん……雰囲気はいいんだけどねぇ」とみふゆが呟く。
「ですが、今まででいちばん惜しかった気がします。もう少し探してみればきっと……」
「ううん。もうそろそろいい時間だしさ。今日はこれで終わりにしない?」
「えっ、しかし……」
「もしかしたらさ、もうそのお店は無くなっちゃったのかも」
そう言ってみふゆは数歩下がり、電子部品屋の近隣を見渡した。隣のお店はシャッターが下りていた。
「無くなっちゃってても仕方ないことだと思うよ。今の秋葉原が求めているものとは違うんだろうし」
わたしたちの前を横切って電子部品屋に入っていく人がいた。大きなマイカゴを携えて、店内の部品をドンドンかき集めていく。
ビルの入り口からエスカレーターへ向かう人の列は絶えることがない。みんなアニメキャラのプリントされたTシャツや、大量の缶バッジ付きのリュックを身に着けている。このフロアに留まる人はほんのわずかだった。
「だけどさ、あの狭い同人誌の店とかで懐かしい雰囲気をちょっとは感じられたから、それで十分よ。おっきなアニメショップだってそれはそれで楽しい場所だし」
「みふゆ……ホントに、それでいいの?」
「そうですよ。まだ見てないお店があります」
「諦めるなら、やれるだけやってから諦めよ? 時間なんていくらかかっても、アタシたちは一緒に行くから。ね?」
「ははは、みんなありがとう。だけどもう――」
その時、みふゆのそばを子連れの男性が通り過ぎて、電子部品屋に入っていった。子供は父親に抱っこされたまま、吊り下がった部品の束を眺めていた。
「――いや、うん。そうだね。じゃあ最後に1か所だけ行かせて」
そして再び、地図アプリにピンが刺さった。
◆◆◆
建物から建物へと渡り歩き、大通りを外れた小道に出る。高層ビルの影にひっそり隠れるようにして、古びた雑居ビルが立ち並ぶ。わたしたちはさらに奥へ奥へと進んでいき、最終的に辿り着いたのは線路の高架下だった。
「こんなところに、お店が?」とうさぎちゃんが言うように、薄暗くてとてもお店があるとは思えない佇まい。だけどそこにはお祭りの屋台みたいに、幅3メートルもないほどの極小店がギュッと集まっていた。道の半分近くまでカゴやブルーシートが広がって、ジャンクの基板や絡まったケーブルが積まれている。レジ前に座る店員はわたしたちのことをチラリとすら見ずに、自分の手元に集中している。
「なんか、一気にタイムスリップしちゃった感じだねぇ」
「タイムスリップ?」
「そう。秋葉原って、昔は電気街だったそうけど……そもそもの始まりは、こういう露天商からだった、らしいよ。ここはそういう雰囲気じゃん?」
「にゃはは、思い出の場所を飛び越えて生まれる前の秋葉原に来ちゃったってことだね」
「うん。でも好きな雰囲気だ」
みふゆは「ちょっと待っててね」と言うと、木板に手書きで『児玉電子部品』と書かれたお店へ入っていった。数分後、足の踏み場もないくらい商品が置かれた店内をかき分け出てきたみふゆの手には、小さな部品の入ったポリ袋が4つ握られていた。
「みんなにこれ、プレゼント」
「プレゼント?」
「まぁお土産代わりにね」
渡された部品は、青い円柱に針金が2本、足のように生えたものだった。みふゆ曰くコンデンサーというものらしい。案外可愛い見た目かも。
「そうだ。ねぇみんな、写真撮る? 記念に」
「だったらみんな、こっち来て!」
そうしのぶちゃんに言われて高架下の端に立つと、そこには歴史が映っていた。
遥か遠くにはバーチャルアイドルを投影した
「わぁ……スゴいです。なんだか、過去から
「ね。なんて言うか、地層みたい」
「地層? にゃははっ、どういうこと?」
「ははは。でもゆかりんの言いたいことは分かるかも。時代が変わったって言ってもさ、昔の姿が完全に消えては無くならないんだなって、今日探検して分かった」
みふゆのリュックから撮影用のドローンが飛び立つ。わたしたちは風景も写るように位置取りを調節して、シャッターを待った。
「みんな、今日はありがと。――ここがあたしの、新しい思い出の場所になった」
パシャッ、と。
みふゆのドローンが、新しい歴史を記録した。
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