迷光都市アキハバラ

『ゆかりさん助けてください! ――あの、ですから、アイドルでもなくってですね!?』

「え、えっとどういう状況!?」


 うさぎちゃんの心の声が、何やら事件を物語っている。〈ImagineTalkイマトーク〉の通話は名前の通り『頭の中の言葉』を相手に伝えるから、周囲の音というものが入らないのだ。


『えっと、なぜかわたし、アイドルとかストリーマーとかだと思われてしまってて……写真ダメです! ノーピクチャーです!』

「まぁ、うさぎちゃん可愛いもんね……って言ってる場合じゃないよね。とにかく今どの辺?」

『場所は……『動漫熱潮アニフィーバー』っていうところの近くです!』

「地図、ピン刺せる?」


 うさぎちゃんが刺した地図アプリのピンをみふゆに共有。すると数分足らずで、さっきと同じように人混みを避けつつ進めるルートを作り上げてくれた。


「今からそっち行く! 待ってて!」

『お願いします!』

「よし行くよ! みふゆさんに付いて来てね!」


 そう言ってみふゆがいきなり飛び込んだのは、「えっそこ通れるんだ!?」って感じのビルとビルの隙間。そこを進んでいくと突然お店の出入口が現れる。ここはフィギュアショップか。お店の中を通り抜けて別の出入口からまた隣のお店へ。


「みふぴ、よくこんな道見つけられるね」

「だろだろー? まぁあたしも完全初見なんでネットの力を信じるしかないけど」

「でも、ちゃんとした情報を選べるのはみふゆのスゴいところだよ」

「そう? んまぁ、それくらいしかできないからね」

「そんなことないよ☆ みふぴはリア活部の、立派な作戦参謀だよ」

「何さ作戦参謀って。ところでうさちゃーん、今どうなってるー?」

『あっ、はい。すみません、さっきピンしたところから移動してます……逃げてます』

「おおう。じゃあどこか場所決めて合流しようか」

「ねね、うさぴみふぴ、ここでどう?」

『了解です。なんとかそっちへ向かってみます』


 秋葉原だって『ネオンの山脈』の一部だ。だから交通も3次元的に入り組んでいるところがある。わたしたちは人の少ない連絡通路や地下通路を、糸を縫うようにあっちこっち進んでいく。そういう道を歩いていると、すれ違う人の雰囲気も少しずつ変わっていって、壁に貼られたポスターや落書きも年季が入ったようなものになっていく。なんだかさっきまでの秋葉原とは別世界みたいだ。


「あんなところにお店あるんだ」

「ホントだ。何屋だろ?」

「案外こういうところにみふぴの探してる電気屋さんがあったりして」

「まぁまぁそこはうさちゃん助けてから戻ってきましょ。もうすぐまた大通りに出るよー」

「おっけー。うさぎちゃん以外もバラバラにならないように固まろう」


 中央を大きなホログラム広告が隔てる、大型ビル1棟と同じくらいの大きな幅を持つ橋の上でうさぎちゃんを探した。しのぶちゃんが刺したピンはこの辺りだ。

 と、遠くから〈ImagineTalk〉じゃなく現実のほうでうさぎちゃんの声が聞こえた。


「みなさーん! ここですー!」

「あっ、うさぎちゃーん! 声はするんだけど……」

「あのっ、ノー、ノーです! ノーサンキューです! あの! まだ振り切れていなくって! そっちに行きたいのに……!」


 うさぎちゃんの姿はまだ見えない。元々の人だかりもあるし、うさぎちゃんを追いかけ続けるいろんな人がまだ集まっているのだ。そこへ声を上げたのはしのぶちゃんだった。


「うさぴ! !」

「しのぶさん……!? っ、分かりました! 受け止めて――くださいッ!」


 直後、ッギウウウウゥゥゥン!! という駆動音と共に人混みの中からうさぎちゃんが飛び出してきた。回転しながら落ちてきたのを、しのぶちゃんが難なくキャッチ。


「キャッチ☆ そしたらうさぴ、もう1回跳ぶよ! みふぴはアタシに掴まって!」

「えっ!? あっ、はい! ゆかりさん、離さないでくださいね!」

「え!? 何するの――――」


 急にうさぎちゃんに抱き着かれたかと思ったら、わたしたち4人は空中にいた。跳んでいく先には大橋の下と交差する小さな橋が。

 なるほど、しのぶちゃんがここを合流地点にした理由が分かった。生身じゃちょっと難しい高さだけど、サイボーグの2人なら大丈夫だ。ドン! と音を立てて無事着地。


「これならきっと、もう追いかけてこれないですね……。ごめんなさい。助かりました」

「うさちゃんは悪くないよ。巻き込まれただけなんだし」

「ま、何はともあれこれで電気屋探し再開できるね」

「ねねね、それじゃさっき見つけたお店行ってみない?」

「おっけー。そこで一旦ひと息つこう」


 サササっと橋から退散し、わたしたちは大型ビルの隙間へ。そこにはまるで押しつぶされたみたいに、小さく細長い建物があった。看板に書かれているのは……『1F 同人書店・胡蝶』『レトロゲー』『レガシーTCG』『買取』などなどなどなど……情報量が多い。スペースのあるところにひたすら情報を詰め込んだみたいな看板だ。

 開きっぱなしの自動ドアをそっとくぐると、中身は看板の通り書店のようだった。狭い空間の両端にビッシリと本の詰まった本棚が並んでいて、わたしたちも1列に並ばないと通れないくらい。


「おお……スゴい。圧巻だね」

「見たことない本がたくさんあります。というか、こんなに大量の物理書籍が置いてあるなんて」

「同人誌、ってやつだね。って、これ10年前の本みたいなんだけど」

「でもあっちには『新刊』ってコーナーあるよ。新しいのも古いのもあるみたい」


 本棚を抜けると少し広くなった空間に、今度はアクリルスタンドとか抱き枕カバーとかがズラリ。


 正直言うと、キレイではなかった。本のサイズもグッズの種類も大小さまざまだし、R18コーナーの仕切りカーテンは長さが足りてないし。みふゆの部屋みたいなグチャり様だった。だけど不思議と居心地は悪くなかった。この場所とほんの数人だけのお客さんが作り出す雰囲気は、なんだか独特だった。


 奥まで進むと、みふゆが地下への階段を見つけた。地下はゲームセンターになっているらしい。そこもまた1階と同じように、最新型のクレーンゲームから超骨とう品モノのアーケードゲームまで、いろんなゲームが置かれていた。


「なんだか、博物館みたいですね」

「ね。こんな古いの、平成館の展示でしか見たことないや。しかもまだ動くんだね」

「ねぇ、これ遊んでみてもいい?」

「うん! このゲームが動くところ見てみたいな♪」

「と思ったけどみふゆさん現金がなかったわ」

「あるよ、わたし」


 レトロマニアはキャッシュ常備なのだ。投入口にお金を入れると、ププププーと安っぽい音と共に粗いドットが明滅し、角ばった宇宙船が画面を飛んでいく。操縦桿は色の剥げたジョイスティックとプラスチックの丸ボタン。流石はみふゆ、きっと初めてなのに上手だ。

 操作を眺めているうちに、応援の声に熱が入る。今の時代のどんな仮想空間よりもちっぽけな宇宙へ、わたしたちはいつの間にか没入ダイブしていた。


 ――そして。


「ッッしゃぁ!! 行った!」

「やっ、た……? やったじゃん!」

「スゴいよみふぴ~!」

「思わず熱中してしまいましたね。でもクリアまでするなんて流石です」

「へへへ、ありがとう……! っと、そろそろ電気屋探しに戻らないとだね」

「あぁ、そうだった」

「んじゃ、出発しようか。……でもなんかさ、こう、秋葉原ってこんな感じだった気がするなぁって。記憶の中のさ」

「小学生の頃の?」

「うん。たぶんずっと昔の秋葉原なんだろうけど、でもそれが今も残ってた。だからきっと、あたしの探しているお店もどこかでまだ生きてるんじゃないかなって」


 わたしたちは外に出て店を振り返った。


 同じ景色なはずなのに、そこには違う秋葉原が見えた。

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