アルバイトのたんさく

 お金がない。それが問題だ。


 リア活部は名前の通り、リアルで活動する。だけどわたしとうさぎちゃんは東京、みふゆは埼玉、そしてしのぶちゃんは茨城と中々に距離がある。しのぶちゃんはともかくとして東京埼玉間を頻繫ひんぱんに往復するとなると、交通費がちりも積もれば……な感じになってしまう。


 特にこれからは夏休みが待ち構えている。やりたいことはギュウギュウだ。つまりお母さんからのお小遣いだけじゃ厳しいわけで。


「――と、いうわけで。第1回アルバイト対策会議を始めます」


 わたしたち4人はとある仮想空間に集まっていた。アルバイトをすること自体もわたしたちにとっては『リア活』だ。それぞれが稼いだお金を『部費』として共有して、交通費やごはん代に使う。そういう計画。


「それでさっそくなんだけど、よさげな求人が全然ないんだよね」

「わたしもゆかりさんと一緒に働けそうな圏内で探していますが、中々ありませんね……」

「にゃ~、でも求人サイトにはたくさんありそうだけど~?」

「数はあるんだよね。数は。例えば見てよこれ、『書類を運ぶだけの簡単なお仕事です!』とか『短時間高給! お宅訪問』とかばっかり」

「にゃはは~…………怪しいね。でもスーパーとかさ、フツーのところは?」

「それが近所のスーパー、Xingheシンハーグループの関連会社がやってたらしくて。普段買い物するときは問題なかったんだけど、働くってなると――」

「――わたしたち、ネウロン社の学校に通ってますものね。思わぬところで引っかかってしまいました」

「えぇ……? なんでソフト会社がスーパーなんか? でもまぁ最悪、仮想空間でのお仕事でもいいんじゃない? かくいうみふゆさんも仮想空間でアテを見つけたもんでね」

「どんなのですか?」

「んまぁ厳密に言うとアルバイトじゃないんだけどね。これ、オンラインゲームなんだけどリアルマネーに換金できるシステムがあるのよ」


 そう言ってみふゆが見せた画像は、モンスターを狩猟する感じのオンラインゲーム。ふむふむなるほど、ここでひと狩りいければ夢があると。


「へー。面白そう。わたしもそれやりたくなってきた」

「だろだろー? でも今からだとリアルマネーをゲットするまでは遠いよ。あたしだって1年前からこのゲームやり続けてて、この間ようやく換金できる条件クリアしたくらいだし」

「そっか。そんなに甘くはないかー。……こうなったらいっそ自分の足で歩いて探そうかな」

「自分の足、と言うと?」

「地元で働けそうなお店探して、直接交渉してみる」


 そういうわけでケーブルを抜いてさっそく街に繰り出したわけだけれど、わたしの見通しはことごとく打ち砕かれることになった。

 まず大手の飲食店とか商店。ネウロンのグループ会社と競合してないとこね。求人がそもそも出ていなかった。なぜならお店の業務はほとんどロボットがやっていて、それを管理する人はだいたい正社員が既に入っている――つまり、人間は足りてる。

 一部の飲食店なら接客の仕事がまだ生き残っている。この『ネオンの山脈』にも、人の温かみを求める声はまだあるのだ。だけどそういうお店は、往々にして顔採用。希少なポストには高品質な人材が求められるってわけです。……わたし、そこそこ可愛いと思うんだけどな。自分で言うのもなんだけど。うさぎちゃんだって超絶可愛いのに。でも勝負相手はトップアイドル級だもんなー。そうかぁ。レベルが違うかぁ。

 最後に残った希望は個人商店。だけど大企業渦巻く東京の中じゃまず個人商店自体が希少だったし、みんな細々とやってて人を雇える余裕はなさそうだった。こうして何の成果も得られず時間が過ぎ、第2回アルバイト対策会議が開催される運びとなったのだった。


「なぜだぁー……ロボットはたくさん働いてるのに人間の仕事がないなんてー」

「まぁ人間のお仕事は仮想空間の中にシフトしつつあるからねぇ」

「仮想空間かぁ……やだなぁ……」

「まぁあたしらの場合ネウロンの関連会社しか選択肢ないけどさ、ちゃんとしたところもたくさんあるよ」

「それはそうなんだけど……わたし、生身だもん」

「あぁ、それがあるか」


 わたしが現実世界でのアルバイトを探している理由がこれ。仮想空間で働くとなると、イナ高と合わせて1日の半分以上もの間現実の肉体が抜け殻になる。〈ブレインネット〉以外のサイボーグ化をしていない私にとって、健康面での不安がデカいわけなのだ。


「っていうかみふゆは大丈夫なの? オンラインゲームで稼ぐって言ってたけど。足腰とか生身でしょ?」

「大丈夫よん。みふゆさんルームのあの椅子、実は長時間ダイブしても平気なようになってるいいやつなんだよねぇ。小中で貯め続けたお小遣い全ブッパして手に入れた高級品よ」

「にゃは~、確かにあれ座り心地よかった」

「ところでしのぶちゃんは? どこか見つけたの?」

「にゃはは、実はレイチェルの知り合いを頼っちゃった。ロボット整備士さんのお手伝い」

「あーズルいー、いいなぁ。レイチェルさん東京に知り合いいない?」

「しかしどうしましょうかゆかりさん。できれば2人で一緒のところで、とは思っていましたが、エリアを広げて別々の場所になるのでも……」

「うーん……ちょっと待って、考える」


 知り合いかぁ……知り合い……うん? 知り合い?


「あ」

「お、ゆかぴが何か思いついた顔してる」

「最後の悪あがきを思いついた」

「悪あがき?」

「イチかバチかの賭けになるけど……うさぎちゃん、明日お出かけできる?」

「問題ないですが、どこへ?」

「ふふふ、それはね――」


 いたじゃん。わたしたちが頼れそうな『知り合い』が。


 次の日の放課後、うさぎちゃんを連れて来たのは、もう怖くなくなった地下への階段。


 本気ですか? と言いたげなうさぎちゃんの手を引き、意気揚々とわたしは進む。新品になったのかあるいは錯覚か、蛍光灯はギラギラと輝いていた。


「こんにちはー、支配人さん」

『――おや? こんにちは。今日は特に公演の予定はないけれど……どうしたんだい?』


 細長いエントランスで、未だに顔を見たことのない支配人の声が響いた。どこかにカメラがあるのかな。場所なんて分からないけど、わたしは招待券を高く掲げて、言った。


「わたしたちを――――ここでバイトさせてください!」

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