幽霊のおんがく

「……で、これどうしようか」


 机の上で飾られたままの、1枚のチケット。これがわたしとうさぎちゃんを悩ませていた。


 以前道行くロボットを助けたら、そのロボットの持ち主――謎のコンサートホール支配人からお礼でもらってしまった招待券。


『せっかくいただいたものですけど……正直謎が多いですよね』


 と〈ImagineTalkイマトーク〉の通話越しにうさぎちゃん。


 謎。そう謎なのだ。何が謎かって何もかもが謎なのだ。


『まさかみふゆさんの力をもってしても情報が出てこないとは……しのぶさんは『怪しいところじゃないと思う』って言ってましたけど……でも……』

「地図にも載ってないコンサートホールって、ねぇ」


 天井のライトに招待券をかざしてみる。そこそこ分厚いので透けなかった。『Kopfloser Ritter』という名前と『招待券』くらいしか書かれていないという情報量の少なさよ。住所も電話番号もない。


「っていうか、『どの公演でもいいよ』って言ってたけどこれじゃどんな公演があるか分かんないじゃん」

『そうですよね。どうすれば良いのでしょうか』


 前回エントランスに足を踏み入れたとき、こっそり〈視界念写〉アプリで撮った写真を〈ブレインネット〉上で見返す。いちおうポスターは写っていたけど、よく見たらどのポスターも日付が書いてない?


「んー、こうなったらもう1回行ってみるしかないんじゃない?」

『えっ、本当にですか!? 大丈夫なんでしょうか……』

「だってそれ以外ないし。不安だったらわたしひとりで行ってきちゃうから」

『いえ、わたしも行きます。念のためみなさんにも話しておきましょう』

「おっけー。わたしも行くときはお母さんに連絡してからにする」


 というわけで数日後。


 わたしたちは記憶を頼りに、ホールの入口へと続く階段までやって来た。


『みんな〈視界共有〉は問題なさそう?』

『だいじょぶだよん☆』

『ほほうこんなところにあるんだ。確かに地図上だとコンサートホールのコの字もないね』

『それじゃうさぎちゃん、行ってみよう』

『は、はい。行ってきます』

『気を付けてね~☆』

 

 うさぎちゃんの提案で、念には念を入れみふゆとしのぶちゃんにも私の視界を共有しながら突入することにした。


 チカチカと蛍光灯が明滅する階段を下りていく。地下にある施設でも、ふつう地上との出入口にはポスターなり看板なりあるものだと思うけど、ここにはそれすらない。こういうホラー空間、狐森先生が授業中の雑談で教えてくれた『ネットカルチャーの歴史』の中で聞いたような気がする。


 しばらく降りるとエレベーターホールにたどり着く。前は勝手にエレベーターが来ていたけど、今回は近くにあったボタンを押して呼んだ。しばらく待つとチリーン、と鈴のような音が鳴って1台のエレベーターが扉を開く。


「よし……うさぎちゃん、準備はいい」

「行きましょう、ゆかりさん……」


 うさぎちゃんはわたしの腕にギュッと掴まっている。正直わたしもちょっと怖いから、うさぎちゃんがくっついてくれて安心する。


 地上と地下、2つの階しかないボタンを押して扉を閉める。1分ほどして扉が開き、例のエントランスが目の前に現れた。


『――おや、キミたちはこの前の』


 足を踏み入れてすぐに支配人の声がした。やっぱり姿は見えない。


「こ、こんにちはー……」

『また会えて嬉しいよ。招待券を使いたくなったのかい?』

「あの、その招待券なんですけど、どんな公演があるのか何も分かんなくてですね……そもそもここがいったい何なのかよく分からないっていうか……」

『あぁ、そうか……それは失礼したね。あの日は十分説明する時間を作れなかった。すまない』


 すると、奥にある大きな扉がひとりでに開いた。中から出てきたのは――あのときのオンボロロボットだ。


『それじゃあ、今日はここの案内としよう』


 あのときと同じように、ロボットがビービー、ブピーと電子音を鳴らした。


◆◆◆


『――端的に言うならば、ここは『幽霊たちのための会場』なのさ』

「幽霊……?」

『幽霊と言っても、いわゆるオカルティズムな存在のことではないよ。まぁ見方によっては反科学的な概念とも言えるけれどもね』

「……?」

『ここで演じられるものは皆、神秘を見せたがために現世から浮遊してしまった青電灯たちの発光現象であり、狭間に立つ者たちの弦振動だ。それは秩序と呼ばれる人工力学によってノイズとされた、ヒト科の内なる混沌ケイオスの発露とも言える』

「「……?」」

『それゆえ彼らの足跡は狭間にしかない。しかし乗客たちは彼らの向かう先を知っている。ゆえに符号はいらない。演者も観客も必然によって集うからだ』

「あの……ごめんなさい、全然分からないです」

『あっ、そうか……すまない。そうだね、いきなり聞かされても意味が分からない話だったね。とすると、えーと。んー。そのー。つまりだねー……要するにここは『変わり者』たちのために開いているということさ』

「変わり者?」

『そう。世間ではあまり受け入れられないような音楽たち、そんな音楽の居場所としてここがある。――さて、ここが大ホールだよ』


 ロボットに続いて扉をくぐると、広大な空間が広がっていた。赤い座席がビッシリと並び、ステージの両脇を大きなスピーカーが挟む。ステージの幕は下がっていて、頭のない騎士が描かれていた。

 思わず「おお……」と声が漏れる。わたしの視界越しにこれを見ているみふゆとしのぶちゃんも感嘆の声を出していた。


『気に入ってくれたかい?』

「スゴい……ですね。こんなところで演奏できたら、それだけで感動しちゃうかも」

『嬉しい感想だね。しかし実を言うと、ここの出番はあまりない。演者は皆『変わり者』たちだからね、お客さんはあまり多くない』

「そんな、もったいない……じゃあ、いつもはどこで?」

『ここには小ホールも備えている。案内しよう』


 連れていかれた小ホールは、さっきのと比べるとだいぶこじんまりしていた。広さはイナ高の教室くらいかな? それだけじゃなく、こっちは一面黒の壁や床に、ガチャガチャ吊られたスポットライトと、『コンサートホール』っていうよりむしろ――。


『――むしろ、ライブハウスみたいじゃないかって? 確かにその通りだね。ここで演じられる音楽はジャンル不問……いや、ジャンル付けが不可能な者たちばかりだ。昔は大ホールと同じようなテクスチャだったのだけれど、皆に合わせて改造したのさ』

「なんか、ロックが演奏されてそうな感じですね」

『ロック……ふふ、そうだね。ここの雰囲気は、ロックの黎明期に通ずるところがあるのかもしれないね。ワタシが生まれるよりずっと過去だけれども』


 と、ここで支配人から『演奏を聞いてみるかい?』と誘われた。曰く、ちょうど今日ここでライブをする人がいるらしい。初回のお試し、ということで招待券も温存でOKだって。


 時間も余裕があるし聞いてみることにした。バックヤードの控室を貸してもらって、しばらくみふゆやしのぶちゃんとお話しながら時間を潰すことだいたい1時間。再びオンボロロボットの案内で小ホールへと入った。

 わたしとうさぎちゃんは、ホールのいちばん後ろにあるスペースに入れてもらった。ここって、確かライブハウスだとPAさんとかがいるような場所じゃないっけ? どうやら支配人の特別サービスみたい。けっこう色々サービスしてもらってるなぁ、今日。


 驚いたことに、ホールの中には少なくない数の人が集まっていた。40人くらいかな。


 そして、明かりが消え幕が開く。ステージに立っていたのは、地面に着くくらいに長い黒髪で、お坊さんみたいな和装をした長身の女性。サイボーグ化されたにはエレキギターを抱えていた。


 正面の手。そう、彼女の着る和服には袖が6つも付いていた。そこから機械の腕が伸びている。向かって右側の手はベースを構え、左側の手はドラム。


 まさか、とわたしを驚かせたまま、彼女の演奏が始まった。


 3つの楽器が1つの体によってまとめ上げられ、不気味ながら物悲しい音色を作り上げる。パフォーマンスもメロディーも、こんなもの聴いたことがない。


 ただただ、圧倒された。これは確かに『変わり者』の音楽だ。だけどそこにはわたしの知らなかった音があった。


◆◆◆


『今日は長々と付き合ってくれてありがとう。少しはこの館のこと、分かっていただけたかな』

「はい。実を言うと正直怪しいところなのかなーって思ってたんですけど、あんなにスゴい音楽があったなんて知りませんでした」

『ははは、怪しさがあるのは否定しないよ。さて、今日はそろそろお開きとしようか。いつでも招待券は使ってくれて構わないよ』

「あっはい……っていやいや、何の公演があるのかわたしたち分からないんですけど!? 今日それのために来たっていうか!」

『あっ、そうか……また同じ過ちを繰り返してしまうところだった。それでは、直近のスケジュールをお渡ししよう』


 そう支配人が言うと、ロボットが1台現れてわたしに紙を渡した。『今そこでテキストメモを印刷しました』って感じの、相変わらずの情報の少なさ……でもまぁ、最低限日時は分かる。


 わたしたちは支配人とお別れして、地上に戻ってきた。ライブ後に支配人とお話していたら、観客はいつの間にか1人もいなくなっていた。


 もしかしたら、本当に『幽霊たちのための会場』なのかも。それでもいいな、って少し思った。

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