絡繰師のおしごと Arc()
ロボットのおつかい
そのロボットと出会ったのは、うさぎちゃんと一緒に街を歩いていた時だった。
車輪が付いた4本の足に四角い胴体、平べったい天板を笠のようにてっぺんに付けたロボットだった。うさぎちゃんはひと目見てすぐに「旧式のようですね」と言っていたけど、わたしが見てもなんとなく古そうだなっていうのが分かる。塗装が少しはがれていて、金属部品にも錆びているところがある。
そんなロボットが、道の溝にハマっていた。タイヤを何度も回しているけれど、カラカラとむなしい空転音だけが生まれている。
「ゆかりさん」
「うん。助けてあげよう」
サイボーグ脚でパワーのあるうさぎちゃんがロボットを押し出して、わたしが補助。さーん、にー、いーちと声を合わせて、ロボットをなんとか道路に復帰させた。
ロボットはビービー、ブピーと電子音を鳴らして天板を上下させる。ロボットなりのお礼なのかな? カタカタ音を立てながらだけど、移動もちゃんとできてそうでひと安心。
「大丈夫そうですね」
「だね。よかった――」
――って言った3秒後、ロボットはガードレールに衝突した。
「「……」」
と、いうわけで。
特に予定もなかったわたしたちは、ロボットの旅路を後ろから追いかけることにしたのだった。
◆◆◆
アスファルトのデコボコでガタガタ揺れながら、ロボットはひたすら道を進む。スピードは普段わたしたちが歩くのよりずっと遅い。
「どこへ向かっているんでしょう?」
「うーん、さっきからずっとまっすぐ進んでるけど……あっ、ここ?」
ロボットが急停止して左向け左したところは、地図アプリによるとどうやら布屋さんらしい。とはいえ手芸用品とかが置いてある一般向けなところじゃなくて、業務用って感じ。このロボットはどこかの業者さんの子ってこと?
ぎこちなく段差を乗り越えて店内へ。こういう業務用なお店に入ったことなんて1度もない。でも装飾もなく商品だけがズラッと並んでいる無機質な光景は、いかにも業務用な雰囲気だ。
それに人気がない。陳列も清掃も会計もロボット。天井には格子状に張り巡らされたレールがあって、店のロボットたちはみんなそれに沿って動いている。わたしたちの追いかけるオンボロロボットもその流れに乗るようにして、お目当てらしい商品へと最短経路で向かう。
たどり着いたのは真っ白な布が並ぶ棚。ロボットは四角い胴体からニョキッと細いアームを出して、迷いなく1種類の布を何枚か掴んで天板に乗せた。そのままアームを戻しつつ移動を始めたけど、先端が別の商品に引っかかってしまった。って、待って待ってそのまま動いちゃ! 商品が! ……付いてきたのは正解だったかも。
次にやって来たのはホームセンター。割と遠かった。30分くらいかかったかも。さっきの業務用布屋と違って、お店には人の姿もそれなりにある。
とは言ってもほとんどがお客さんで、人間の店員は少しだけ。やっぱりお仕事の大部分はロボットがやっている。
ここでの買い物はネジとか電池とかの小物みたい。ガサッとすくって天板へ。でもこの天板、くぼみとか無いまっ平な板なんだよね……。
「なんだろう、嫌な予感がする」
「わたしたちもここでちりとりとか買っていったほうが良いかもしれないですね……」
もう最初から落とす前提で、中腰で後ろを追いかけるわたしたち。頼むから急カーブとかしないでね……。素のスピードが遅くて助かった。
「そう、そう……そのままゆっくりね……よしよしレジだ!」
『いらっしゃいませー。商品を乗せてください』
「ゆ、ゆかりさん! このタイプのレジはちょっとマズいかもです!」
目の前でウィーンと天板が持ち上がる。え、待って、まさかそのままダバァってしないよね? 嫌な可動部が見えたけどしないよね? しないよねってああああああ!
『商品を乗せてください』
「ゆかりさーん! そっちにネジが2つ飛びましたー!」
『商品を乗せてください』
「ああああ! 転がってったぁぁ! 店員さ~~ん!!」
『何かお困りですか?』
「すみません! ネジが吹っ飛びました~!」
『何かお困りですか?』
「ダメだロボットは定型文しか言わない! 人間の! 店員さんを! 呼んでくださ~い!」
『何かお困りですか?』
結局、小物用のケースを自腹で買った。
◆◆◆
ロボットが最後に向かったのは、楽器店だった。そのお店はまるで秘密基地みたいに、街の奥でひっそりと開いていた。
「らっしゃっせー」
「えっ、あぁ、どうも……」
人間がレジに立っていた。ずっとロボット会計だったから思わずビックリしてしまった。お店の雰囲気も今まで買い物してきたお店とは大きく違う。木造の狭い室内にキーボードやギターがギュッと詰められている。だけどその配置もただ詰め込んでいるんじゃなくて、楽器が装飾を兼ねているような、どこかオシャレさを感じる。今にもここで演奏が始まりそう。
壁にはギターやベースがかけられている。エレキギターならみふゆのおかげでちょっとだけ知っている。あれがストラトキャスターってやつで、あれがレスポールってやつだっけ。
「楽器屋さんに入ったのはじめてです。どの楽器も演奏したことはないですけど、カッコいいですね」
「わたしも。後でみふゆに自慢しよ」
「あっ、あれ……! ゆかりさん見てください、透明なギターです!」
「おー本当だ。エレキギターって中身こんな風になってるんだ。……さてはうさぎちゃんこの中身にキュンと来たね?」
「ギクッ。でも面白い仕組みです。このギター欲しくなってきました」
「うさぎちゃん、値段」
今では珍しい完全手書きの値札に書かれていたのは、女子高生が衝動買いするにはちょっと流石に無理な桁。落ち込むうさぎちゃんをよそにロボットへ視線を戻すと、ロボットはとあるエレキギターの前で立ち止まっていた。
なんだろう、この形。みふゆから教わったのとはずいぶん違う、見たことない薄緑色のギターだった。もしかしてそれ買う気? どうやら買う気らしい。細いアームをギターへと伸ばしている。ちょっとちょっと、そのアームで持てるの? もしかしなくても無理そうだった。店員さんを呼んでレジまで運んでもらう。
人の手で操作されるレジ。数年ぶりに見たかもしれない。店員さんが「お支払いいかがしゃすか~?」と聞くと、ロボットはアームにどこからか取り出した真っ黒いカードをつまんで伸ばした。まさかのクレジットカード。
「ありっさっしたー」という店員さんの挨拶を受け、ロボットは出発……しない。ギターを載せた天板がギチギチ言ってて、足がプルプルしている。うん、重量オーバーだね。仕方ないのでわたしがギターを背負う。
「おぉ、重い……ギターってこんな重いんだ……」
「代わりましょうか、ゆかりさん?」
「ううん大丈夫。……でも移動長そうだったらお願い」
そしてロボットは、ここまで来た道を戻っていく。また同じ溝にハマりそうになったけど、今度はわたしたちが防いだ。
うさぎちゃんと交代交代でギターを背負いながら進むこと1時間弱。ロボットが滑らかにこちらを振り返って、ビビビーと電子音を鳴らした。いつの間にかロボットの動きにぎこちなさが消えている、ような気がした。
そのままロボットが、すぐ隣に空いていた地下への階段へ向かっていく。手前で止まってまたビビビーと電子音。もしかして「付いて来て」って言ってる?
買い物中の怪しい挙動がウソのように、天板を揺らすことなく階段を下りていくロボット。その先にはエレベーターが何台も並んでいて、1台の扉が自動的に開いた。ロボットがその中へ入っていく。
「ま、まさかわたしたちもこれに乗る感じ?」
「そう、みたいですね……全然扉閉まりませんし、ロボットも音を鳴らしてますから」
天井の蛍光灯が一部切れているのも相まって、なんだか怖い……。おそるおそる中に入ると、勝手に扉が閉まって下へと動き出した。1分くらいして扉が開く。わたしたちは手を繋ぎながらそーっと顔を出した。
目の前の壁には『CONCERT HALL Kopfloser Ritter』という文字が彫られていて、その下にはいろんなポスターが貼られている。
「コンサートホール……?」
『――――その通りさ。ようこそ、Kopfloser Ritterへ』
「ひっ!? だ、誰ですか!?」
『驚かせてしまってすまないね。ワタシはここの支配人さ。少し事情があってね、声だけで失礼するよ』
どこからともなく聞こえる、大人っぽい女性の声。するとホールの中から何台かのロボットが出てきて、わたしたちが追いかけてきた子もその中に加わる。
『いやはや、あそこまで遠距離に出したのははじめてでね。キミたちと出会わなければどうなっていたか。付き添いまでしてもらって申し訳ない』
「いや、まぁ、それほどでも……」
『何かお礼をしたいところだが……そうだね、こんなものはどうかな』
ロボットの1台が細長い紙を差し出してきた。これは……チケット?
『招待券だよ。ここで開くコンサートなら、どの公演にでも使ってもらって構わない』
「ど、どうも……」
『っと、もう少し話をしたいところだが、今日は時間がなくてね。またいつでも遊びに来てくれたまえ。今日は本当にありがとう』
そして、わたしたちは地上に戻された。
家まで帰る途中、〈ブレインネット〉でホールの名前を検索した。けど検索結果にヒットするものはなかった。いったいあの場所はなんなのだろう……。わたしは不思議に思いながらも、しれっと〈視界念写〉アプリで撮っていたホールの入り口をリア活部のグループチャットに載せた。
数分後、写真に☆マークのリアクションが付いた。しのぶちゃんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます