白雪姫のめんせつ

「わたしたちを――――ここでバイトさせてください!」


 流石はコンサートホール。わたしの声がきれいに響く。ここエントランスだけど。


 数拍置いて、うさぎちゃんの驚いた叫びと支配人の困惑が聞こえてきた。


『えっと……アルバイト? どういうことかな……?』

「あはは、ごめんなさい、いきなりで……。でもここしかないんです。ここで働きたいんです」

『……驚いたね。まさかこんな展開になるとは。そうだね、少し話を聞かせてもらおうか。エントランスで話すのも何だし、どうぞ中に入ってくれたまえ』


 ひとりでに開いた扉をくぐり、ホワイエ――入口からホールまでの間にある空間――の適当な椅子に腰掛ける。数台のロボットが行き交うだけで、やっぱり人の姿はない。


『さて……外見からの判断になってしまうが、キミたちふたりは高校生くらいの年齢かな?』

「はい、どっちも高校2年です」

『ふむ。アルバイトをしたい、というのはどういう理由かな。おおかた金銭的な理由な気はするけれど――つまり、何のためにお金を得ようとしている?』

「理由は……友達と一緒の時間を過ごすため、です」

「わたしたち、オンラインハイスクールに通っているんです。でも現実世界で出会って、友達になったんです」

「うん。でも友達は少し遠い場所にいるから、集まったり遊んだりするのにお金がかかっちゃうんです。だから……だから、そのためのお金を、って」

『なるほどね。なら少しばかりイジワルな質問をしよう。別に仮想空間でもそのお友達とは遊べるんじゃないのかい? なぜお金をかけてまで会う必要がある?』

「……仮想空間でも会えるけど、それじゃダメなんです。は、リアルが大事なんです」

「リア活――『リアルを楽しく満喫する活動』、そのためにわたしたちは集まっています」


 支配人は静かに相槌あいづちを打って、わたしたちの言葉を聞いてくれた。

 自分でも少し意外なくらいにスルスルと言葉が流れ出てくる。みんなの顔が、ずっと頭の中に浮かんでいた。


「この前、友達の家にみんなで集まったんです。そこで友達の手を触ったとき……温かかったんです。仮想空間でも体温とか呼吸とかは感じられるけど、リアルで触れ合うと、なんというか……心が温かくなったんです」

「わたしたちが探しているのは、そういうリアルにしかないもの、なんだと思います」

「そう。何なのかはよく分からないけど……きっとリアルにしかないものがある、と思うから。だから、リアルじゃないといけないんです」

『……なるほど。ありがとう。そうだね……少し、考える時間をいただいてもいいかな』


 支配人の声がそう響くと、行き交っていたロボットたちがみんな方向転換して大ホールに向かっていった。


『あぁ、飲み物はいるかい? そこの自販機サービスするよ』


 すぐ近くにあった自動販売機が全品0円に変わった。しれっと単価がいちばん高いのを選びつつ、わたしたちは支配人の声を待った。ロボットの姿すらなくなって、ただ静かにわたしたちだけが座っていた。


 再び支配人の声がしたのは、何分くらい経った後だろう。緊張と不安で時計を見るのを忘れていた。


『待たせたね。最後にひとつだけ聞いてもいいかな。――どうしてここにしたんだい? ワタシが言うのも何だが、怪しい場所だろう?』

「……はい、怪しいです」

『はは、正直だね』

「でも、ネットの闇稼業Sus-Bizっぽいやつなんかよりずっと信じられます。それに、あんなに素敵な音楽家さんが演奏しているような場所なら、悪いところじゃないって思いますから」

『そうか。――――それじゃあ、こちらへ』


 ロボットに連れられて、わたしたちは大ホールに入る。見るのは2回目だけど、やっぱりここは壮大で神秘的な空間だ。


『そう言えば、まだ肝心の名前を聞いていなかったね』

「わたし、出角いでかどゆかり、です」

「す、涼風うさぎ……です」

『ゆかり君にうさぎ君、か。良い名前だ。ではワタシも名乗るとしよう。これから一緒に働くのに、いつまでも『支配人』呼びは堅苦しいからね』

「……! それじゃ!?」

『ああ。ふたりとも、ここでアルバイトして良いよ』


 やったぁ! うさぎちゃんと小さくハイタッチ。


『ワタシのことは、アニムス、と呼んでくれたまえ』

「よろしくお願いします、アニムスさん。それで……これから何を?」

『せっかくだからね。声だけの雇用主というのも奇妙なものだろう?』


 ステージの幕が静かに上がって、わたしたちはその中へ。大ホールのバックヤード――以前の館内ツアーでは見せてもらっていないところだ。ロボットがズイズイと迷いなく、館の奥へ奥へとわたしたちを導いていく。


 そして、暗く細い通路を抜けたいちばん奥に、彼女はいた。


『ようこそ。そして、これから『Kopfloser Ritter』の一員としてよろしく頼むよ』


 そこに待っていたのは、例えるなら棺に眠る白雪姫。ただし、ガラスじゃなくて機械の棺。


 青々とした長い髪に華やかなドレスをまとったその女性は、無数の機械やケーブルに包まれた椅子に腰かけて、穏やかに目を閉じていた。まるで人形みたいに指ひとつすら動かさず、呼吸しているのかさえも分からない。


「えっと……これは……」

『誰かがここまで来るのは久方ぶりだ。少しホコリを被ってしまっているが、大目に見て欲しい』


 目の前の人から、アニムスさんの声がした。だけど口は動いていない。そこにいるのに、そこにいない……? 不思議な支配人だと思っていたけど、まだ声だけの存在だった頃のほうが不思議じゃなかったなんて。


『変わり者たちのための音楽堂を営む身だ。ワタシ自身もそれなりに変わり者である自覚はあるよ』

「「……」」

『さて、ここまで来てもらったのにはもうひとつ理由がある。これを』


 アニムスさん(だと思われる目の前の人)の傍らから機械のアームが伸びて、わたしたちふたりに何枚かの紙を手渡した。


「これは……雇用契約書?」

『そう。あとキミたちは未成年だから、保護者の同意が必要だね。あとは学校にも届出が必要かもしれないから……』

「なんか……意外とちゃんとしている……」

『変わり者だとしても、そこはちゃんとしないとね』


 そういうわけで、数日後。


 わたしたちはお客さんではなくスタッフとして、コンサートホールに立っていた。

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