絡繰師のおしごと
エレベーターの扉が開く。だけど今日は支配人――アニムスさんの声がしなかった。代わりにエントランスが開いている。
うさぎちゃんと手を繋いで一緒に進んでいくと、わたしたちを導くように明かりの付いているところと消えているところが分かれていた。
明かりに従って進んだ先にはバックヤードへと続く『関係者以外立ち入り禁止』の扉。ガコン、と重たそうな音を立てて自動的に開いていく。バックヤードの廊下は暗くて狭くて細長い。これから何度も通ることになるんだろうけど、今はまだやっぱり少しドキドキする。
真っ直ぐ進んで辿り着いたいちばん奥。アニムスさんの姿は以前と全く変わっていなかった。人形のように眠ったまま、機械の玉座に腰かけている。
『待っていたよ。記念すべき初出勤だね』
「は、はい。よろしくお願いします!」
『さて、仕事を始める前にまずはこれを』
天井から伸びてきたアームは紙袋を2つ掴んでいて、1つずつわたしたちに手渡された。中身を取り出してみると、白黒のフリフリしたミニスカエプロンドレス……これ、メイド服ってやつじゃ? ヘッドドレスも付いてる。完全にメイド服ですねこれは。
「……あの、これは?」
『私服のまま働いてもらうのもどうかと思ってね』
「これは……制服、ってことなんでしょうか……?」
『まぁ、そうなるね。実はうちでアルバイトどころか他人を雇ったこと自体がはじめてでね。制服らしい制服を用意していなかったんだ』
「だとしても、コンサートホールなら普通スーツとかタキシード的なやつじゃないかな……って、思うんですけども……」
『うん。実際本当はオーダーメイドで作ってみようと思ったんだけどね。キミたちの初仕事までに用意できる手頃なものがこれしかなかった』
「えぇ……」
「えっと……」
『てへぺろ』
「「……」」
やっぱりここ、怪しいところでは?
◆◆◆
まぁ、これが制服だと言われたら着るしかないので、いちおう着る。大ホール控室のお着替えスペースを貸してもらった。サイズはピッタリだし、デザインもちゃんと見たら悪くない。
「うさぎちゃーん、わたし着替え終わったけど」
「あっ、ま、待ってください。ちょうどわたしも終わりました」
隣のカーテンがガララッと開く。そこに立っていたのは天使でした。
「ほわぁ……」
「ゆかりさん、その、どうでしょうか」
「……スゴい可愛い。同じもの着てるはずなのに、スカートのフリルとか頭のフワフワとか超似合ってて最高に可愛い!」
「そ、そんなに真っ直ぐな目で見ないでください……」
「ふふっ、だってホントに可愛いんだし」
「あぅ……でっ、でも! ゆかりさんだって……可愛い、です!」
「えーホント? ありがと。そうだ一緒に写真撮ろ?」
「ふぇぇっ!?」
わたしもうさぎちゃんの隣にお邪魔して、並んで写った鏡を〈視界念写〉でパシャリ。ん、ちょっと枠外だな。うさぎちゃんにもっとくっつこう。パシャリパシャリ。
「おっけー。あとでみんなに送ってもいい?」
「……ズルいです、ゆかりさんは」
「え?」
「と、とにかく! 戻りましょう!」
うさぎちゃんにグイグイ背中を押されてアニムスさんの前へ戻ってきた。相変わらずまぶた1枚すら動かないけど、『うんうん、よく似合っている』と楽しげに褒めてくれた。
『それでは仕事に入ろうか。キミたちにお願いしたいことは、ズバリ
「ハンドラー……ロボットを管理する仕事、ですか」
『そう。経験はあるかな?』
「仮想空間のボットなら、学校の実習で。でも現実世界のロボットは」
「同じく、です」
『ふたりともオンラインハイスクールだったね。まぁ今日は初日だ、チュートリアルから始めていこう』
アニムスさんがそう言うと、わたしたちは再び天井から伸びてきたアームにタブレット端末を渡された。直後、廊下から6台のロボットが順番にやってきてわたしたちの後ろに並ぶ。みんなボディは黒いけど、大きさはわたしの腰くらいなものから膝に届かないくらいのものまで様々。脚の本数だって4本から12本とバラバラだ。
タブレット端末を見ると、わたしを示す三角形と、ロボットを示す丸がフロアマップの上で光っている。なるほど、うさぎちゃんと3台ずつ担当するって感じか。
『清掃専用型が2台と、汎用型が1台だ。まずは大ホール2階の廊下を左右に分かれてやってみようか』
その場でタブレット端末の基本的な使い方を教わったあと、わたしたちは2階まで移動した。追従モードになったロボットたちが後ろから1列になって付いてくる。コの字型に大ホールを囲む廊下の、左右それぞれの入り口でうさぎちゃんと別れ、わたしの仕事が始まった。
タブレット端末をポチポチしてロボットたちを配置につかせ、掃除を始めさせる。アニムスさん曰く、ロボットの大きさや形が違うのには意味がある、だって。確かに角っこは小型な子じゃないとキレイにゴミが取れないし、長い直線は大型で一気にガーッとやっちゃうのがいちばんだ。
『うん、なかなか良いよ。廊下が終わったら次は階段をお願いしよう』
「はーい」
最初はぎこちない動きをさせちゃったけど、だんだんコツが分かってきた。アニムスさんもホールに軽やかなジャズを流してくれて、アルバイト初日は最高の気分で終わりを迎えた。
わたし、もしかして
『さぁ、今日からレベルアップだ。持ちロボットが6台になるよ』
「見る範囲が倍になる、ということですね」
「任せてください! 場所は?」
『大ホールをお願いしよう。1階席とステージからだね。ふたりで近い場所をやることになるから、事故には気を付けてくれたまえ』
バックヤードからステージへ。汎用型ロボットには座乗できることももう知っている。スイスイと移動していつも通り作業を始めた。
…………だがしかし。
「あっ、ちょ、ちょっと……この子はこっちじゃない」
「あ……あれ? どうして指示をしてるのに動かな……って、ああ……これゆかりさんのロボでした……」
あちらを動かしていたらこちらが視界の外へ、適材適所にまで頭が回らず配置はメチャクチャ。まさか倍に増えるだけでこんなに難易度が上がるなんて!
「っあぁゆかりさん! ごめんなさいわたしのがそっちに!」
「うあぁ! ぶつかる!?」
急いで衝突寸前のロボットを方向転換。なんとか回避させた――――直後、わたしの体はなぜか傾いていた。天井の照明が見える。
あれ、何が起こったんだろう。目がグルグル回っててよく分からない。でも足が地面についていないような……。
「ゆかりさぁぁぁん!」
『――――おっと、危ない』
気づけばわたしは、運搬ロボットの荷台に寝転がっていた。うっ、背中が痛い!
『ロボットは衝突を自動で回避するようになっている。だけど手動で回避運動を取らせた結果さらに別のロボットとぶつかりそうになって、最終的にアームを伸ばしたままの個体がキミを突き飛ばしてしまったというわけだね。不運な連鎖反応だ』
「あぁ……そうだわたし、ステージのふちに立ってて……」
『落ち着いて1台1台をよく確認するといい。焦る必要はないよ』
「う……ごめんなさい……」
『気にする必要はないよ。何事も回数をこなしていくことでしか上達はしない。ここからはわたしも少し手伝おう』
アニムスさんがそう言うと、大ホールの入場口からぞろぞろとロボットたちが入ってきた。何十台ものロボットたちが、まるで生きているみたいにスムーズな連携を取っていく。
「……アニムスさんって、ずっとひとりでここの支配人していたんですよね」
『ああ、そうだよ』
「ここって、ロボット何体いるんですか?」
『全部で108体。もちろん常に全員稼働しているわけではないけれど、普段は平均して60体ほどが同時に動いているよ』
「「…………ろ、60!?」」
軽くめまいがしたのは、きっとさっきの事故のせいじゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます