藤田しのぶはそこにいる

「お、やっほー」

「にゃっほー。おげんき?」


 休み時間、廊下でしのぶちゃんとすれ違った。そのままお互い逆方向に進んだと思ったら、しのぶちゃんがUターンして戻ってきた。


「ねねね、ゆかぴって今日放課後どっか行く?」

「え? うーん、まぁお出かけはしようかなって思ってるかな。どうしたの?」

「にゃはは、聞いてみただけー」

「……?」


 行っちゃった。実は未だにしのぶちゃんがどこに住んでいるか具体的には知らない。だからわたしが今日お出かけするからといって、そんな気軽に『一緒にお出かけ』できるのかな? とは思うんだけど……何だったんだろう?


 そんなことを心の片隅に思いながら、放課後。


 宣言通りわたしは家を出た。今日は自転車でとある場所へ向かうつもり。マンションの駐輪場から水色の小柄なマイ自転車を引っ張り出して、いざ出発。車道の端に設けられた自転車専用レーンに合流し、景色を見渡しながらペダルをこいでいく。


 街はデジタルアナログ問わず、たくさんの広告や看板で溢れている。書かれている言語も大量だ。中にはホログラムを使ったり、〈ブレインネット〉とリンクして視界にオーバーラップされたりする凝った広告もある。

 上半身だけ写ったモデルの女性が何か手に持っている。その真下にはビルの壁一面をまるまる使って、1種類のアプリだけを真ん中にポツンと置いた大胆な広告。『必要なのは、これだけ。――NEURON OFFICE』……あぁ、ネウロン社か。イナ高ことネウロンE-7オンラインハイスクールの親元だ。


 横だけでなく縦にも枝分かれする複雑な交差点を左上へ。しばらく進むとビルの隙間に突然現れるのが、今回の目的地ヴァンガード・クラスターだ。

 通称を『ヴァンクラ』というここは、5年前に東京へ商店街。といっても平成時代のような横長の商店街とは全く別物。ネオンの山脈に合わせ縦に積まれた店々は、そのどれもが個性を主張していて、調和という言葉を知らない。

 客を集めるために店が勝手に階段を置いたり通路を増やしたりしている、なんて都市伝説まであるアヤしい商店街だ。

 思わず『建築基準法』という言葉が頭に浮かんでしまうけど、その法律は特例事項が増えすぎて今はもう意味を成してないって、昔学校で先生が言っていた。まぁとにかく自転車を停めて中を見てみよう。


「うおお……すさまじい……」


 入り口でもう圧倒される。都市伝説は本当かも、と思うくらいに階段と看板と客引きロボットが詰まっている。〈ブレインネット〉の〈〉アプリを起動してまずは1枚パシャリ。

 周囲をウロウロ見回しながら中を歩いてみる。今日は偵察だ。特に買いたいものはないけど、どんな店があるのか確かめに来たのだ。ネットで調べればお店の一覧も出てくるし、なんなら仮想空間にバーチャルヴァンクラだってある。けど自分の目で確かめるのがリア活部。あとでグループチャットに写真載せよ。


「お洋服屋さんはあそことあそこ、あれもかな? それでここは人工肉バイオミート市場と。コーヒー売ってるとこないかなーカフェでもいいけど」


 そんなことを呟きながら歩いていると、〈ImagineTalkイマトーク〉に着信が。おや、しのぶちゃ――――って突然目の前が真っ暗に!?


「…………だぁ~~~~~れ、だっ♡」

「ほぉえあぁぁぁう!?」


 スッッゴいお耳の真横でとろけるささやき!? 背筋がマイクロウェーブするよぉ~!? わたしは着信を取りながらリアルでも声を出した。


「しのぶちゃん『ゾワゾワするぅ』何でここにっ『ひぃ息吹きかけないで~!』!?」

「『にゃはは☆ 驚いた?』」

「……いま110番の『110』まで入力したところ」

「にゃは~全部じゃん~」


 わたしの目をおおっていた両手をそのままスライドさせバックハグしてくるのは、まさかまさかの金髪プラス虹色ツインテールなギャルっ子しのぶちゃん。ホントなんでいるの? わたしお出かけするとしか言ってないよ?


「きっとここかな~って思って! 勘だよ!」

「勘か~ってピンポイントで当てすぎでしょ!」


 とはいえ、これは嬉しい予想外奇想天外。一緒に回るとしよう。……あの、そろそろバックハグは大丈夫よ。しのぶちゃんはリア活部でいちばん色々なところが大きいからさ、アレがアレで追突事故なんです。アレなんです。


 こほん。気を取り直して偵察再開。ファッション、フード、雑貨、いろいろな店がのきを連ねている。ショッピングモールと違ってエリアごとにジャンルが分けられていないのが面白いところだね。


「ゆかぴゆかぴ! あれ見て! アジア食品店の並びにいきなりロボットショップある!」

「ゆかぴ! あのメンズファッションのお店両脇ランジェリーショップに挟まれてるよ! 居心地悪そ~」

「ゆかぴ! スゴいのある! 3フロア連結してるゲームセンター!」


 しのぶちゃんは色々なところに目を輝かせている。わたしひとりだとスルーしちゃうようなものにも面白さを見つけ出してくれて、なんだかこっちも面白い。

 なんて思ってたら、いつの間にかしのぶちゃんはゲームセンターに入場してる!? そしてわたしもいつの間にかゲームセンターの中にいる!? いったい何をした藤田しのぶ!?


「ちょっと遊んでこうよ☆ お金はアタシがおごるね」

「えっ、いいよいいよ、やるんならわたしも出すよ」

「いーのいーの、言い出しっぺだもん。じゃあ代わりにクレーンゲームの景品取って欲しいな♡」


 ゲーム用のメダルが交換機からジャラジャラ出てくる。ふたりで半分ずつ分け合って、クレーンゲームの台を吟味ぎんみ。ぬいぐるみに、お菓子に、ゴリラ人形に……なんだ今の。わたしはお菓子のやつにしようかな。


「さてさて、どうやって攻めようかな」

「お、ゆかぴはどれ狙い?」

「手前のチョコビーンズかな」


 しのぶちゃんが見守るなか、わたしは操作レバーを倒す。わたしは知ってるぞ。端っこにひっかけたりとかそういうテクニックがあるんだ。ネットで見た。


「お、これは……?」

「いけそう?」

「いけ、いけ……いけない!」


 まぁ理論と実践は違うよね。しのぶちゃんに選手交代。あっ失敗、じゃあまたわたし。そんな感じでメダルを減らしつつ、じわじわとチョコビーンズの袋はゴールに寄ってきた。


「くぁぁー! 惜しかったのに! でも次いけるよしのぶちゃん」

「まかせて。ゆかぴの想いは受け取ったよ」


 そう言ってしのぶちゃんは、メダルを投入口に入れ……ない。しばらく立ち止まると、意を決したように突然、全然違う台へ走っていった! なんで!?

 そのまま別の台にメダルインし、迷いのないレバーさばきでクレーンは景品の山へ一直線。山から上がってきたクレーンの腕には、超リアルな学術名ゴリラゴリラゴリラの人形が! そのまま落とすことなくゴールイン!


「やったー!」

「おお、おー? 1発成功おめでとう?」

「……」

「……でもなんで急にゴリラ?」

「……」

「……」

「……あげる」

「いらないですね〜」


 ちなみにチョコビーンズもちゃんと取った。


 ◆◆◆


「そろそろわたしは帰ろっかな」

「アタシもそうする~」

「しっかし、しのぶちゃんがいるなんて本当にビックリしたよ。いったいどうやってわかったの?」

「にゃはは、ひみつー。でも今度はちゃんと待ち合わせるね」

「そうだね。今日の予定全狂いだよ~。でも楽しかった」

「楽しかったね! リア活大成功って感じ☆」

「だね。リア活した」


 ビルの隙間から見える空が、ややオレンジに染まり出していた。


「そういえば、しのぶちゃんってどこ住んでるの? まさかしのぶちゃんも東京に?」

「ううん、東京じゃないよ。ちょっと遠いところ」


 駐輪場の手前あたりでしのぶちゃんは、「じゃあこの辺で」とわたしから離れた。


「いつか絶対に教えるね。そのときは、リア活部みんなでアタシのとこに呼びたいなって思ってるの」


 じゃあね、と手を振って、しのぶちゃんは高級そうな車に向かっていく。後部座席のドアが開いて、彼女はその中に消えていった。運転席には金髪をした大人の女性がちらりと見える。親御さんかな? うーん、でもしのぶちゃんとは雰囲気が似てないかも。よくわからないまま、車は発進して見えなくなってしまった。


「……さて、わたしも帰ろ」


 藤田しのぶ。謎なところばっかりだけど、一緒にいるととっても楽しい。ホント、不思議な子だ。

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