アーティフィカル・ホッピング
現実世界のうさぎちゃんは、いつもタイツを履いている。
「こんにちは、ゆかりさん」
「お待たせ~。じゃ行こっか」
比較的おうちの距離が近いわたしたちは、もう何回も一緒にお出かけしている。お互い女の子なわけで、着ていく洋服もいろいろバリエーションに富んでいる。だけど必ず、うさぎちゃんはタイツを履いているのだ。
今日も今日とて、白いミニスカートの下には黒タイツ。上半身も含め、白黒で揃えた可愛いモノトーンコーデだ。
「……ゆかりさん? どうしました?」
「んぇ? あぁ、いや、ちょっと、地図を確認してただけ……なんでもない」
うさぎちゃんの脚が気になるのは別にフェチとかそういうのじゃない。最初の出会いのときを思い出すからだ。あのときのうさぎちゃんはとても足が速くって……よく外出していて体力にはそこそこ自身のあったわたしだけど、あの速さはビックリした。それで思ったわけだ。『うさぎちゃんは脚をサイボーグ化してるんじゃないか』って。
だけどそれを堂々と本人に聞くのはためらいがある。なぜならサイボーグ技術っていうのは元々、医療技術として発明されたからだ。学校の授業でそう習った。
今でこそ『健康体だけど自分の意思でサイボーグ化しました』なんて人も多いけど、うさぎちゃんがどうなのかはわからない。だから聞いてもいいのかどうか……。うさぎちゃんとはだいぶ仲良くなった。仲良くなったからこそ、モヤモヤする。
「まだまだ、ミレノへひとりで行くには覚悟ができないんです……。けど、今日は新しいフレーバーに挑戦してみようかなと」
「……おお、ミレニアンへの新たな1歩だね」
「ミレニアンってなんですか?」
「ミレノ愛好家のことをよくそう言うんだ。かくいうわたしも自称ミレニアン」
いいや、やっぱりこれは心の中にしまっておこう。本人が言わないし見せてないんだから、無理に聞くわけにはいかない。わたしは自分の頬をペチンと叩き、前を行くうさぎちゃんの隣に並んだ。
◆◆◆
近所のミレノコーヒーで各々コーヒーをゲットしたわたしたちは、落ち着いてティータイム、もといコーヒータイムを開ける場所を探していた。今日は土曜日、ミレノ店内は『ミレノで〈ブレインネット〉繋いで仕事』――略して『ミブレ』――しているイケイケな人たちで満席。
視界の右上で地図アプリをこねくり回しつつ、ふたりでブラブラと街を歩いた。しばらく歩くと小さめの公園にたどり着いた。入口の金網には『球技禁止』『乗り物禁止』『公園内は走らないでください』……とか、大量のパネルが張られている。
「うーん、ベンチは埋まってそうだね。土曜だから子供も多いか」
「ここはダメそうですね」
「どこかよさげな場所見つかった?」
「こことか、どうでしょうか? エレベーターが工事中みたいなので階段で行かないといけないですが」
公園内には子供がいっぱいいた。みんなその場で止まっている。コントローラーだけ持って目をつむっている子も何人か――たぶん〈ブレインネット〉でゲームしてるのかな。
みんな、体はここでも心はここを向いていない。わたしはうさぎちゃんの案内で、公園を離れた。
◆◆◆
多層構造のこの街では、建物の屋上が開放されているところもある。なんなら別の建物の屋上と橋で結ばれてたり、隣の建物が出入口を開いていたりもする。
わたしたちが向かったのもそんな感じで、屋上へ自由に出入りできる集合住宅のひとつだった。
コトコトと階段を上る音が響いている。うさぎちゃんはわたしより数段先を進んでいて、立ち位置的にうさぎちゃんの黒タイツがどうしても目に入ってしまう。
「6階もあるのにエレベーターが工事中って、住んでる人は大変そうですね」
目に入るとやっぱり気になってしまう……見えないかな。あぁでもデニール数が高い! 真っ黒!
「あ、でも工事は1時間くらいで終わるみたいですね。わたしたちのタイミングが悪かっただけですね」
「……」
「屋上にはベンチもあるみたいですし、座って飲めそうですね……ゆかりさん?」
見えない! いや見えるかな? 今この瞬間だけタイツ限定の透視能力が欲しくなってきた。なんか、こう、念じれば透けないかな……。って思ってたら急にうさぎちゃんが立ち止まった!
「ゆかりさん、どうかしましたか――わわぁっ!?」
「うおぁーっ!?」
思いっきりうさぎちゃんと衝突事故してしまった……けど、うさぎちゃんのお腹に片手を回して支え、なんとかお互いのミレノがぶちまけられる大惨事は回避……。
「ゆ、ゆかりさん……近い、近いです」
「あっ、ごめん、ごめんね」
ここでわたしは
「えっ」
「ゆかりさん? あの、そろそろ、離れていただけると」
「……! っ、その、えっと」
我に返って、急いでうさぎちゃんから離れる。なんてことしちゃったんだ、わたし。自分の欲に負けてしまったのが恥ずかしい。
「ゆかりさん、今日は何か変ですよ」
「うん……そうだよね。ごめん、うさぎちゃん」
うさぎちゃんに申し訳ない。正直に言って謝ろう。
「わたし、その、さ。気になっちゃったんだ……脚が」
「脚、ですか? ――――なるほど。見たいですか?」
「え?」
「じゃあ、まず屋上行きましょう」とうさぎちゃんに手を引かれるままに屋上へ来てしまった。誰もいない。隅っこのベンチに連れていかれると、うさぎちゃんはなんと真横でスカートの中に手を!
「ゆかりさんになら、良いですよ」
「え、今ここで!? ちょっ、ここ屋外だよ!? 誰もいないけどさ!」
きゃー! とわたしのほうが悲鳴を上げながら、スルスルと黒い布の向こう側が明らかになっていく……。
その脚は、真っ白な金属でできていた。人工皮膚も何もコーティングしていない、完全な機械の脚。
「うぉ……スゴ……」
「自分の脚が嫌いなわけじゃないんです。むしろこだわりがあるというか。でも、こだわりすぎて人に見せるのがなんだか恥ずかしくて」
脱ぎかけのタイツが引っかかったまま、うさぎちゃんは
確かにこれは女の子の脚っていうより、何かロボットアニメみたいなカッコいい脚だ。けどうさぎちゃんらしい脚。今日の白黒モノトーンコーデとも調和している。
「触ってみますか?」
「えっいやいやそんな」
「大丈夫ですよ。ほら、こことここは微妙に素材が違うんです……」
おそるおそる手を伸ばす。そーっと指先で脚を撫でると、さっき太ももで感じたあの硬さが思い出される。
なんだかドキドキして体が熱くなってきちゃった。ごく、と息を呑み、お互いに呼吸が変になる。
「ここ、ここは何……?」
「ん、っ……そこはっ、強化カーボンで……」
「あっ……関節……関節はどうなってるの――」
――――突然、ガタン! と出入口で音がした。次の瞬間、うさぎちゃんは空を舞っていた。
ッギウウウウウウゥゥゥゥン!! という駆動音と共に大回転し、再びベンチに着陸したときには脚がタイツで覆われていた。サイボーグにしかできない超運動……!
「「……こんにちは」」
「こんにちは」
音の正体はおまわりさんだった。両手両足がサイボーグ化されていて、頭にもゴテゴテしたゴーグルを付けている。片手にはお弁当箱……あ、お昼休憩ですね。
「「ご苦労様です」」
「どうも」
「「……」」
「どうかしましたか?」
「「いえ、何も」」
首をかしげるおまわりさんから目を逸らしつつ、ふたりで一緒にミレノのコーヒーを吸った。
おまわりさん、事件だけど事件じゃないです。
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