リア活部活動記録 Exec()
INDIVIDUAL 1
わたしたちのパンク
昼休み、教室の一角でクラスメイトが何人か集まって踊っていた。ピョコピョコ跳ねながら謎のフレーズを口ずさんでいる。
「「おくすり、おくすり、ちゅーっちゅーっ」」
「何それ?」
「あぁゆかり戻ってたんだ。知らない? ドーズダンス。〈
「うーん、タイムラインで流れてきたような、きてないような……」
「そのタイムライン壊れてるよー。だってMiyoとかナムミンとかみんな踊ってるんだよ」
誰だ。まぁここで名前が出てくるってことは、フォロワー何十万人とかのスゴい人なんだろうな。たぶん。
「壊れてるかも。レトロマニアに流行は難しい」
「そういや
「あー、植物素材でシンプルな感じの」
「そうそう、そんなんだった気がする! 最近ってどうなってるの?」
「どう、って?」
「最新のレトロってどんなのがあるの?」
「……矛盾してない、それ?」
学級委員が教室の移動を声かけし始めた。わたしたちも話を続けながら歩き出す。
「ねーねー、ミレノの新作知ってる? 名前忘れちゃったけどなんかエグい色してるやつ」
「あー〈
「ミラクルミキサーケミストリー、だっけ。名前。あれ結局色だけで味は普通のエスプレッソだったよ。まぁ色と味のギャップは面白かった」
「えーウソ? だってアンジェラ・クラウンが超美味しいって言ってたよ。コメント欄もみんなエグいって言ってたし」
「アンジェラ・クラウン?」
「アンジェラ・クラウンだよ! あのアバターメイクアーティストの! ウソそれも知らない?」
「ゆかり流石にそれは魂が令和……令和の前なんだっけ……時代……」
「平成」
「平成! 魂が平成に行っちゃってるよ流石に! えっ家でテレビ? とかいう箱の角叩いてたりする?」
「どちらかと言うとそれは昭和時代じゃないかな……。っていうか、みんなは自分で飲んだの?」
「いいや?」
飲んでないのにか。そう思いながらも美術室の扉をくぐった。
昼休み明け1発目の授業は美術。今日は校外で風景画の写生をする。といってもイナ高はオンラインハイスクール。その校外とはすなわち別の仮想空間だ。
扉の向こうはもう別の
〈ブレインネット〉が視界に映す時計が始業時間を示し、先生が説明を始める。近くで聞いていたクラスメイトたちはボケーっとしていた。さらには説明が終わると同時、口々に「AIに描かせればよくない?」「〈視界念写〉でいいじゃんこんなの」と言い出した。
「なーんかその辺の適当な山描いて終わらせよ」
「ミレイくんって確か絵上手かったよね。コピらせてもらおー。出角さんは?」
「んー……別行動するわ。ごめん」
というわけでクラスメイトたちと別れ、わたしは藍色の髪を揺らす彼女のもとへ。
「うさぎちゃん。一緒にやろ?」
「あっ……ゆかりさん。ええ、一緒に」
ふたりで丘を歩き回ってイイ感じの構図を探し、イラスト作成アプリを起動する。次の瞬間、わたしたちの目の前には真っ白なキャンバスと円形に並んだカラーパレット、半透明のペンが出現した。
「よし、始めよ。といっても何から手を付ければいいか、よく分からないよね」
「まずは鉛筆ツールで下書きから始めると良いらしい、ですよ」
「あぁ確かに、下書きしていいのか。いきなり色付け始めるところだった」
左手でメニューをポチポチしながら、右手でペンを動かしてみる。いい感じの線が引けた! と思ったら次の1手で急にショボくなった。うーん、芸術って不思議だ。
それでもなんとかかんとか手は動かしてみた。あーでもないこーでもないと、うさぎちゃんと見せ合いながら。
「それにしてもキレイな景色ですよね。大自然です」
「ね。現実でこんなの見ようと思ったら、東京からだいぶ離れないと無理な気がする」
「ひょっとすると現実世界よりもキレイかもしれないですね。……こうもスゴい仮想空間を見ると、リア活に自身がなくなってきてしまいます」
「リア活に?」
「はい。リアルを楽しく満喫する、それがリア活……ですが、現実世界より仮想空間のほうが楽しいものもたくさんあるのでは、と思ってしまって」
「……うーん、わたしはその『リアル』って、別に現実世界のこととは限らないと思うよ」
「……?」
遠くで先生の声が聞こえる。時計を見たらそろそろ終了の時間だ。
「ありゃ、もう終わりか。うさぎちゃんはどんな感じになった?」
「全然上手く描けませんでした。なんだかのっぺりしてしまって」
「わたしも微妙な感じになっちゃった。んー悔しい! 実物はスゴくキレイなのに!」
丘の上にイナ高へと続く扉が出現し、クラスメイトが続々と集まってくる。昼休みに一緒だった子とも再会した。
「あーダルみダルみ」
「分かる。人間に絵描かせるとかいつの時代って感じ。あっ出角さんおつかれ~。出角さんはレトロマニアだから手描きも楽しめてそうだよね」
「分かる分かるー」
そう話すクラスメイトの前に躍り出て、振り返りながらわたしは扉をくぐった。この返事と共に。
「うん。楽しかったよ?」
◆◆◆
「――ということを、ゆかりさんに聞いてしまいまして」
放課後、わたしとうさぎちゃんに加えて、みふゆとしのぶちゃんも一緒に集まっていた。リア活部全員集合だ。場所は体育倉庫と校庭の間、通路と言えば通路だし広場と言えば広場な微妙スペース。話題はさっきの時間、うさぎちゃんが呟いていた『リア活』の話。
「哲学的な話だねぇ、うさちゃん」
「考えすぎなんでしょうか?」
「ううん! それってアタシたちには大事なことだって思う。だからうさぴがそういうこと考えてくれて嬉しいな、アタシは」
「だね。『リアル』とは何ぞや、それがハッキリしなきゃリア活できないもんね」
「それで、ゆかりさんが言っていたリアルのことって、どういうことなんでしょうか?」
「あー、えっと。大事なのは仮想空間か現実世界かってことじゃなくって……自分がどう思ったか、なのかなって」
「どう思ったか……」
「ねねね、うさぴは美術で風景画描いたんだよね? 描いててどうだった? 楽しかった?」
「描いていて……上手にはできませんでしたが、でも、楽しかったです。ゆかりさんと一緒だったからだと思います」
「ふふ、わたしも楽しかったよ」
「にゃはは、つまりその気持ちが大事ってことだよねっ。自分がやってみて、どう思ったかってことが」
「『自分の感じたままの素直な気持ち』があたしたちの求めるリアル、ってことかな。合ってる?」
「完璧。流石みふゆ」
うさぎちゃんは壁に寄りかかって、足元を見つめ「ふむ、ふむ」とつぶやく。きっと頭をたくさん回しているのだ。
リア活部を結成してから、学校でも放課後でもうさぎちゃんと一緒に過ごすことがとても増えた。きっとそれはただ単純に『現実世界で会えるから』ってだけじゃなくて、今みたいにちゃんと話し合えるからな気がする。「分かる」の応酬で済ませないで、時にはふざけつつもしっかりと話ができる。
あぁ、わたしはうさぎちゃんのそういうところが好きなんだ。しのぶちゃんとみふゆのことも。
「――リアルを楽しく満喫する。それはつまり、自分の
「そうそう☆ それがリア活! ってアタシは思うな」
「ありがとうございます。なんだか少し理解できた気がします」
遠くの渡り廊下で何人かが踊っていた。クラスメイトも踊っていたあのダンスだった。
「よかった。じゃ、さっそく実践編ってことで。えーと、こんな感じかな」
「ゆかりさん、何ですかそれは?」
「ドーズダンスだっけ。あたしのクラスでも流行ってたね。なるほど自分で踊って確かめてみるってわけね」
「にゃはは、アタシもやってみよ~♪」
「そうそれ。どんなふうに見える?」
「ふふっ、可愛いと思いますよ」
「そっかそっか。実際動きも簡単だけど結構楽しいね。流行るのも確かに納得」
しのぶちゃんが続いて、うさぎちゃんも、みふゆもみんな踊った。
流行っているからじゃなく。誰かが言ったからじゃなく。自分で見て聞いて踊ってみて、楽しいと思ったから。
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