しろいうさぎを追いかけて

 教室に戻ってきたとき、お昼前に話していたクラスメイトの子はまだ戻ってきていなかった。他の子たちもまだ戻ってきてないか、教室の外にいるみたい。

 代わりに、ひとり窓際で外を眺めている子がいる。藍色っぽくて透明感のあるロングヘアを風になびかせ、同じく青みがかった目でどこか遠くを見つめている。


「や。うさぎちゃん。今日も早いね」

「あ……はい。あんまり、ご飯に時間かけるほうではないので」


 涼風うさぎ。ここ2年A組でいちばんお昼からの復帰リログインが早いと噂の子。席はちょっと離れてて、あんまり話したことはないかも。

「何見てるの?」とわたしもうさぎちゃんの横に並んで、外を眺めてみた。

 イナ高は『古き良き日本式学校』をコンセプトにしている。だから学校の外側も2階建てか3階建てくらいの一軒家と田んぼという、歴史の資料で『平成時代の学校』として載ってそうな風景が広がっている。


「いえ……なんとなく、ぼんやりと見ていただけで」

「そか。でも分かる~。本当に昔の時代に生きてるみたいな気分になるんだよね」

「レトロチックなもの、お好きなんですか?」

「そだね、割と好き。阿佐ヶ谷平成館って知ってる? 東京の杉並区ってところにあるんだけどさ、昔行ったことがあるんだけど楽しかったんだ」


 ふむふむ、とうさぎちゃんが相槌あいづちを打つ。もうちょっとだけうさぎちゃんと喋っていたかったけど、クラスメイトの子がいつの間にか戻ってきていて声をかけられた。そうしてわたしたちは自然と違う方向を向いて、お昼休みは過ぎて行った。


◆◆◆


 放課後、現実世界へ戻ってきたわたしは、予定通りショッピングモールを目指し家を出た。やや年季の入ったエレベーターでマンションの1階へ降り、街へ繰り出す。まだまだ空は明るいのに、あちらこちらで無数のネオン看板や街頭ビジョンが光っている。街行く人の中には、体の一部を機械に替えたサイボーグの人も多く見かける。いちばん多いのは真っ黒なスーツを着たビジネスパーソンの人たち。

 歩きながらわたしは〈ブレインネット〉を操作し、チャットアプリ〈ImagineTalkイマトーク〉を開く。そして友人に通話をかけた。すぐに繋がり、頭の中に友人の声が響く。


「やほー、みふゆ」

『やぁやぁゆかりん、お出かけしてる?』

「その通り。ミレノの新作を求めにね」

『流石アウトドア派ですなぁ。なになに、おととい発表されてまだ一部店舗でしか出てない? うわスゴい色! これ飲むってマジ?』

「味のネタバレは無しでね! 自分の舌で知りたい!」


 友人の名は千葉ちばみふゆ。今は別のクラスだけど、1年生の頃にクラスメイトで仲良くなった。調べものが得意で、たぶん今もミレノの名前が出た瞬間にはもう新作の情報を検索してたんだと思う。きっと。

 彼女と脳内で通話しながら駅へ。昔はカード型とか携帯電話アプリの乗車券を改札にタッチしてたらしい。今はそれも〈ブレインネット〉の中。

 自動運転の電車で2駅隣へ。ここからもうちょっとだけ歩く。


『――いやしかしね、仮想空間上で思い切り汗を流したところで意味あるの? って思うワケですよ。どんだけ鍛えたって現実の筋肉は全く増えないんだし?』

「それは確かにそうだけど……ほら、やっぱりスポーツのルールを覚えるのは実際にプレーするのがいちばん、とかじゃない?」

『そんなのゲームでいいじゃんかー! 体育はいらない!』


 なんて、明日の体育を嫌がるみふゆの愚痴を聞きながら歩いていた時だった。

 道の角に出たわたしは、向かい側から走ってきた女の子とぶつかってしまった。


「おわっ!」

「あうっ……! す、すみません……! 大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫……あなたは大丈夫?」

「あっ、はい……。すみません、急いでるので、これで……!」


 と、ペコペコ頭を下げたあと、女の子は再び走り出した。……あれ、地面になんか落ちてるけど。ロボットの腕?

 そう思って走り去る女の子の背中を見ると、背負ったリュックの留め具がパカパカ開いていた。そこからチラリと見えたのは、もう片方の腕らしき、同じ形の金属棒。


『おー? ゆかりんー? どしたー?』

「落とし物だ……」

『落とし物?』

「ごめんみふゆ! また後で! 追いかけなきゃ!」

『えっ? ゆかりーん?』


 みふゆとの通話を中断して、女の子を追いかける。けど、速い! 黒いタイツでよく見えないけど、もしかしてあの子、してるのかな……!? こっちの呼びかけも届いてない!

 だけど女の子の辿るルートに少し引っかかった部分があって、走りながらわたしは地図アプリでショッピングモールにピンを刺す。経路検索すると……やっぱり、あの子もここに向かってる!


「はぁ、はぁ、みふゆー……いきなりでごめん、HIVE KAMEIDOでロボットの修理やってるお店ってある?」

『いきなりだねぇ! 呉機械院 くれきかいいんHIVE KAMEIDO店がハープ棟2階202だねぇ!』

「あっっっりがとぉぉぉ!」


 モール内の地図まで送ってくれた。みふゆ様助かる超助かる。そういうわけで、わたしは息を切らしながら呉機械院へ目星を付けて向かうことにした。


◆◆◆


 フラフラになりながらお店の扉をくぐる。予想通り、そこにはさっきの女の子がいた。その手には愛嬌のある見た目の、だけど片腕のないロボットが抱えられていた。


「あなたは、さっきの……?」

「はぁ、はぁ、はぁ……これ……これ、落としたみたいだよ……!」

「こ、これ……! すみません、店員さん! 腕見つかりました!」


 女の子は嬉しそうにお礼を言ってきた。どうやらこのロボットを修理しに来たけど、腕がなくなったことで危うくパーツ代も追加でかかってしまうところだったらしい。

 これにて無事ミッションコンプリート。あっ、修理には30分くらいかかるみたい。ならせっかくだし、これも何かの縁ということで。


「ねぇ、修理の待ち時間、何か予定ある?」

「え? いえ、特にないですが……」

「なら、少しお話しない?」


 女の子を誘って一緒にミレノへ。わたしは例の新作、女の子はミレノが初めてだったみたいなので、わたしがスタンダードなカフェラテを選んであげた。例の新作、実物はやはりスゴい色だった。女の子、引いてないかな……。頼んだわたし自身も少し引いてるけど……。


「あのロボットを修理しにここへ来たの?」

「はい。あの子は『家庭用お料理支援ロボットくっくんミニ・オレンジメモリーズコラボエディション』でして」

「くっ、くん……?」

「『家庭用お料理支援ロボットくっくんミニ・オレンジメモリーズコラボエディション』です」

「な、なるほど……」

「ちょうど今日のお昼に壊れてしまって、今日中に直してもらえるところとなると、ここしかなくって」

「お料理ロボットだもんね、すぐに直さないと死活問題だ」

「そうなんです。ですが受付終了時間が早くて……」


 不思議と、はじめて会ったはずなのに会話が弾んだ。この子と友達になれそう。だからわたしは、女の子に連絡先交換を持ちかけた。女の子は身に着けていた腕時計型デバイスに〈ImagineTalk〉の2次元コードを表示する。それをわたしが目で読み取って、友達追加――――できるはずだった。


 表示されたのは、こんなエラー。


『このアカウントは既に友達追加されています』


「あれ? もう友達だって………………!?」


 まさか。そんなまさか。〈ImagineTalk〉の友達リストから一致するアカウントIDを探して、メッセージを何個か送ってみる。既読がついて、目の前の女の子もだんだん目を見開いていく。


 イナ高は仮想空間とはいえ学校だから、基本的には現実世界の姿をベースにしたアバターを使うことが校則で決められている。だけど髪とか目の色をアレンジする程度は認められている。だから気づかなかった。藍色の髪には白色のインナーカラーが入っていて、瞳の色は向こうよりもっと青っぽい。服装だってセーラー服固定だったから、キャスケットを被ってブラウスにカーディガンを羽織っていると印象が違って見えた。


「……うさぎちゃん」

「本当に、ゆかりさんなんですか」


 高校生活2年目の春。この現実で、わたしははじめて――『同級生』と出会った。

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