デジタルシティ・りあるでいず
海鳥 島猫
出会いはいつでも街角から BootUp()
デジタルシティ・トーキョー
キーンコーンカーンコーン……と、スピーカーからチャイムが流れる。4時間目の授業が終わった合図だ。静かだった教室がワッとにぎやかになっていく。窓の外に目を向けると、体操服姿の生徒たちがぞろぞろ昇降口へ向かっていくのが見えた。
前の席に座っていたクラスメイトの子が、思い切り伸びをする。そのままのけぞりポーズでわたしを見た。
「やっっば超眠かったぁ」
「絶対寝落ちしてたでしょ。すっごいカクカクしてて笑いそうになったよ」
「ヘドバンだよヘドバン」
「この授業そんなロックンロールだったっけ?」
「そーゆーゆかりはどうなのさ?」
「もちろん寝た」
なんて、他愛もない会話が続く。
そんないつも通りの会話は、いつも通りにクラスメイトの子が「そろそろご飯食べてくるねー」と言って終わった。
次の瞬間――――その子は光の粒になって、消えた。
にぎやかだった周りのクラスメイトも、次々と消えていく。
でもそれは驚くようなことじゃない。
これもまた、いつも通りのことだから。
「いてらー。……さて、わたしもお昼食べよっと」
ひとり呟いたわたしは、視界の片隅に浮かぶ水色のアイコンに意識を向けた。展開されたメニューから『ログアウト』に目線を合わせ、強く念じる。
そして、わたし――
◆◆◆
真っ白な視界の中で、一瞬フワッと意識が遠くなる。だけどすぐに体の感覚が戻ってきた。
さっきまでの体じゃなくて、現実世界のわたしの体に。
目を開ければ、自分の部屋の天井が見える。わたしは座っていた椅子の背もたれをゆっくりと起こして、頭の後ろをさぐった。
そして、うなじへと繋がる1本の太いケーブルを、根元の
いつの間にか、視界には景色を縁取るように、時計やら天気予報やらのアイコン――〈ブレインネット〉のインターフェース――が合成されている。
さっきまでいた場所は、もちろん学校。でも物理的な校舎はない。
ネウロンE-7オンラインハイスクール。通称イナ高。仮想空間上にある高校だ。
脳をネットに繋ぐ技術〈ブレインネット〉が普及したおかげで、イナ高みたいなオンラインスクールも今の時代じゃ珍しくない。
わたしは少し体をほぐして、リビングへ向かった。明るい色のドアを開けると、ダイニングテーブルの上には既に1枚の大皿といくつかの惣菜が並べられていた。
「おつかれ〜、ゆかり」
「おつかれ。お母さんも」
お母さんがキッチンから出てきてエプロンを外す。わたしの黒髪黒目はお母さん譲りで、ザ・日本人って感じが気に入っている。まぁお父さんも日本人なんだけど。
「「いただきます」」
お母さんも席につくのを待って、一緒に手を合わせる。さて、今日のお昼ごはんは、と。
まずはお米。これがないと始まらない。
副菜は菜っ葉の和え物だったり、ひじきの煮物だったり。
そして主菜は
……と、料理を一通り眺めていると、ご親切にも〈ブレインネット〉が料理を認識し、カロリーと栄養素の
ひじきをチマチマ口に運びながら、視界の
かわいい動物の動画とか、エフェクト付けまくりの自撮りとかが並ぶ中で、わたしはひとつの投稿に目を留めた。どうやら大手コーヒーチェーンの新作フレーバーが出たらしい。スゴい色してるけど、それが逆に気になる。この手のやつって名前から味が想像できないんだよね。
お店によっては置いてないみたい。いちばん近いのは隣町のショッピングモールか。今日は1日中晴れだと天気予報アプリも言っている。よし、放課後出かけよう。
「ねね、お母さん」
「……」
「お母さん?」
と、お出かけの予定を伝えようとしたけど、お母さんの反応がない。
あっ、もしかして、仕事してる?
そう思ったわたしは、すかさず〈QuShiBo〉とは別のアプリを開いて、『お母さん』と名前が付いているチャットに新しい言葉を書き込んでいく。
『きょう放課後出かけるね。ミレノの新作飲んでくる』
チャットを送ってすぐ、お母さんの体がピクっと動いた。チャットに既読のマークがつく。
『ごめんね、急に電話かかってきちゃって。りょうかいです』
チャットにそう返事が来て、目の前のお母さんもニッコリ笑った。
◆◆◆
「ごちそうさま~」
お昼を食べ終えて、わたしはなんとなくベランダに出た。今日はとても暖かい。
わたしの家は15階建てマンションの6階にある。下を見ると、真っ昼間なのにギラギラと輝く大量のネオン看板と混雑している道路が地面を隠していて、上を見ると連なりすぎたビルと張られすぎた電線が空を隠している。
ブゥゥゥゥゥン……と音がして、わたしの前をドローンが通過する。ドローンは段ボールを抱えていて、器用にお隣さんのベランダへ段ボールを降ろすと再びどこかへ飛び立った。似たような配送ドローンが次々と街中を飛び回っていた。
昔は住宅街とかオフィス街とか、そういう区分けがあったらしい。今は詰められそうなものが何でも詰め込まれていて、実際このマンションの隣にはオフィスビルが建ってるし、向かいなんてオフィスとスーパーと住居が合体してるしさらに真ん中を高架道路が貫通している。あそこだけで1つの街みたいだ。
ネオンの山脈、と海外では言われているらしい。それに
ここがわたしの生きている現実世界。
わたしの生きている時代の、東京の姿だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます