第7話 【傾国の美少女】と学校生活

「俺が言うのもなんだけど大丈夫か?」

「…………大丈夫だよ」


 お昼休み。御手洗に行くと、白尾がついてきた。そう聞いてきた理由はもちろん――椿芽関係のことである。


 それはもう、俺への質問が多い。他クラスからも来るので、同じ質問を何回もされるのだ。

 しかも俺と椿芽の関係ならまだしも、椿芽のことをめちゃくちゃ聞いてくる。本人に聞いてほしい。

 そういうのが続いて……少しだけ疲れていた。だけど、それを表には出ないようにした。絶対椿芽が気にするだろうなと思ったから。


 とはいえ、それを白尾相手に隠す必要もあんまりない。バレてるだろうしな。


「手伝うか?」

「……いや、今は大丈夫だよ。何週間かしたら落ち着くだろうしな」

「でも……」

「それにほら、朝の件もあったけど椿芽ってちょっと抜けたところがあるからな。その辺どうにかするまで待ってほしい」


 朝の件はもう……かなり話題になった。しかも、『榊原椿芽は幼馴染に頭を撫でられたりほっぺをつつかれるのが好き』とか変なことになっているのだ。

 誰にでもそういうことをする訳じゃない……という点については認識として合っているが。俺限定なのが色々とよろしくない。とはいえ、今の椿芽ならある程度仲良くなった子にはそれくらい許しそうで……ちょっと怖い。


「白尾の彼女に頼ってみたいところなんだけどな」

「んー……わりぃけど、あいつが【傾国の美少女】と話してる未来が見えねえわ」

「……そうかもだな。大丈夫だよ」


 白尾の恋人もクラスは違うけど居る。……でも、目立つのがとても苦手なのだ。意外と仲良くなりそうな気もするが、ファーストコンタクトまでが難しそう。


 そうなると俺がやるしかないな。近々……遅くとも来週の月曜には椿芽に話さなければいけない。それまであんまり仲の良い……特に男子と仲良くなると大変なことになるのが目に見える。


 椿芽が心配というのもそうなんだけど、普通の人が椿芽くらい綺麗な人に『頬を触っていいよ』とか言われたら気絶しかねないのだ。一切の誇張抜きで。


 そんなことを考えていると、白尾がニヤリと笑った。もうそれだけで何を考えてるのか分かる。


「独占欲とかあったりするのか?」

「アホか」


 そう一蹴しながら溜息を吐いた。これだからこいつは困る。


「俺も色々と手探りなんだよ。……つーか白尾もこの噂だけどうにかしといてくれ」

「また無茶言いやがる。……やるだけやってみるわ」

「お、助かる」


 白尾ならわんちゃんどうにか出来ないかなと思っていたのだが、案外行けるかもしれない。白尾は無理なことは無理と言えるタイプである。


 どうにかしてくれますようにと願いつつ、教室に戻る。朝のように、椿芽の周りだけぽっかりと穴が空いたように誰も居なかった。


 ……さっきまでは俺に質問するために来ていたのに、という言葉を飲み込む。ここで怒ったところでどうにもならない。


「時雨」

「大丈夫だよ。まだまだお互い知らないこと多いし、親睦深めてくる」


 心配そうに声をかけてくる白尾へそう返す。実際、今彼が来ても問題が解決する訳じゃない。負担は分散されるだろうが……それくらいだ。

 これからも目立ち続けるだろうし、俺も慣れないといけない。


 ということで席に戻ると、椿芽の目がゆっくりと開く。また寝ていたらしい。


「椿芽。お昼ご飯は?」

「今から食べるよ」


 そう言ってカバンの中から白い布で包まれたお弁当箱を取り出す。……もしかして。


「待ってくれてたのか?」

「うん」


 意外……いや、そんなに意外でもないんだけども。でも、なんとなく驚いてしまう。


「ごめん、待たせて」

「ううん。暇な時は寝てるから問題ない」


 俺もお弁当を取り出し、二人で広げる。


「……良かった。お昼もちゃんと食べてるんだな」


 お弁当の中身を見てホッとする。多分、今の椿芽は食事を楽しめていない。それなら食事がおざなりになってしまうんじゃないかと不安だった。


「栄養はちゃんと摂らないと倒れる」

「……実体験、とか言わないよな」

「一回だけあって、お母さんに心配させた」

「……なるほど」


 体験済みだった。でも、今は改善されてるなら良いことにしてこう。


「それに、今はお母さんが毎日作ってくれるから」

「そっか。仲も良さそうだったもんな」

「うん」


 椿芽のお母さんと会うまで少し不安だったが、二人の仲は良さそうだった。……椿芽のお母さんがやつれてはいたものの、だが。

 ちなみに椿芽のお父さんは昔亡くなっている。それこそ椿芽が産まれてすぐのことで、全然覚えていないらしい。


「お母さんもお弁当、作りやすいみたいだし。私も好き嫌いはなくなったから。文字通り、ね」

「……そうだよな」


 好きも嫌いもなくなった。匂いや食感に関しては多少あるかもしれないが、極端にこれが嫌いとかはないようだ。……失ったものがあまりにも大きすぎるので、良いことだとは思わないけど。


「食べよ。時雨くんは自分で作ってるの?」

「ん? ああ。そうだな。お弁当も自分で作ってるよ」


 お弁当を開くと、椿芽が聞いてくる。弁当は俺が作ってる。もう趣味みたいなもので、お父さんとお母さんの分も俺が作っている。


「凄いね、時雨くんは」

「椿芽の方がもっと凄いと思うけどな」

「でも私は料理が出来ないから。……料理だけじゃなくて、出来ないことは多い」


 ……料理をするのにも制限とかあったりするのだろうか。

 刃物を扱うのでないとも言えないが、さすがに考えすぎか。変な憶測はやめておこう。

 そう決めながら彼女との会話に戻る。


「得手不得手とか、人によって出来ることも違うしな。椿芽はモデルになったし、俺は……」

「料理人?」

「そこまで本気で取り組んではいないんだけどな。料理が好きだった、ってだけだから。でも、料理が好きっていうのも一つの才能なのかもな」


 めんどくさいよりも楽しいが上回る。俺の場合は特にそうだ。そういう人も多分たくさんは居ない……と思っているので、ある意味才能と呼べるかもしれない。もちろん努力もしたんだけど。

 それを言えば、彼女の方が才能も努力もとんでもない訳だが。あの頃から凄まじく美人ではあったが、今では一線を画している。


「それはそれとして、椿芽も凄いよ。本当に」

「……」


 少しの言葉の詰まり。それは彼女にしては珍しく、思わず目を向ける。


 目が合う。真っ暗な宵闇を想像してしまうような瞳。

 それが一瞬だけ――葉が落ちた水面のように揺らいだ。


「うん、頑張ったからね。……たくさん、頑張った」

「……」


 気のせい、だろうか。その声が一瞬震えているように感じたのは。

 今度はこちらが言葉に詰まる番で、しかし彼女はそれ以上何も言わずにお箸を動かした。


「……頑張りすぎて疲れたら、いつでも言ってくれよ」

「うん」


 どうにかそう言葉を絞り出して、俺も昼食を再開するのだった。

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