第6話 【傾国の美少女】と学校での付き合い方

 その日は椿芽といろんな動物動画を見て癒やされて過ごした。犬や猫はもちろん、インコやオウムが甘えてくるところや亀がご飯を食べてるところとか。なんであんなにほんわかするんだろうか。

 椿芽も表情こそ変わらなかったものの、目は最初から最後まで生き生きとしていた。最初に動物系を見て本当に良かったと思う。


 それから、お父さんとお母さんが帰ってきて……椿芽に驚きすぎてお母さんが泡を吹いて倒れそうになったりはしたものの、無事夕食も済ませた。

 ちなみに夕食はチキンのハーブソテー諸々にした。スパイス類は強くなりすぎないようにした。


 なんでも、味覚を感じなくなったとはいえ過剰に一つの味覚……例えば塩や酢を口に大量に入れたりすると、凄まじい不快感に襲われるらしい。辛さも似たようなもので、あんまり辛くしすぎると不快感が残るとか。辛さは痛覚と聞くが、その辺も鈍ってると話していた。


 という感じで、夕食は味覚よりも嗅覚を大事にした。やっぱり味は感じなかったようだが、お父さんやお母さんとも色んな話をしていたのでそれなりに楽しんでくれていた……と思う。

 その後、また少し動画を見て椿芽のお母さんを呼んだ。椿芽のお母さんとは久しぶりに会ったけど、随分痩せこけていた。


 ……椿芽のお母さんは昔から体が弱く、気も強くない。それらに加えて……ここ数年も色々悩んでいたんだと思う。気は強くないけど、椿芽のことを気にかけない人ではない。


 それは、俺に『椿芽のこと、これからもよろしくね』と笑顔で言ってくれたことから確信した。椿芽がモデルになってから色々あったのだろうが、今は聞かなくていい。

 ただ……絶対にどうにかしようと思った。味覚も笑顔も必ず取り戻させようと。


 ◆◆◆


 次の日が来た。あんまり考えたくない、入学二日目である。


「そんじゃ話を聞かせて貰おうか。えぇ?【傾国の美少女】の幼馴染さんよ」

「悪かったって。俺もまさかこうなるとは思ってなかったんだよ」


 現在俺は、学校周辺の公園で友人に捕まっていた。友人の灰口はいぐち白尾しらおである。

 背が高く、ガタイも良い。瞳も鋭く少し粗暴な感じもあるが、こう見えて内弁慶である。仲の良い人以外には借りてきた猫のようになる。まあ、仲が良くても失礼なことはしないんだけど。普通に良い奴である。


「物心ついた頃から小学生低学年まで仲が良かったんだよ。途中で椿芽が引っ越してな」

「いつの間にか名前呼び捨てになってる……のは置いといて。その割に仲良かったじゃんか。たまに遊んだり飯食いに行ったりしたのか?」

「いや、その時ぶりだよ」

「じゃあなんで一緒に帰ったり……やっぱりそういう関係だったのか!?」

「違うよ」


 ……この辺、話して良いことと悪いことがある。話したらダメなのは普通に言わないでおこう。


「ちょっと相談を受けてな。ほら、この高校で知り合いが俺以外居ないっぽかったし」

「そういやそうか」


 勝手に納得してくれる白尾。さすがに相談事の内容までは聞いてこない辺り、付き合いやすいものだ。


「というか遅刻するぞ。他にも聞きたいことがあったら行きながら話すよ。……話せることはな」

「おー、そうだな。さんきゅ」


 それから白尾と一緒に学校へ向かう。さすがに俺一人だとそんなに目立たず、白尾の質問に答えていく。

 って言っても、さっきでかなり話している。具体的に昔どんな感じの関係だったのかとか、昨日呼び出されてたけどまた仲良くなったのかとか。そんな感じだ。

 一応彼女とは小さい頃家が近くよく遊んでいて、昨日は……まあ、仲良くなったといえばそう言える。しかし、邪推されるような関係ではないと念を押した。


 そうして白尾と話しながら教室に入ると――とても異様な光景が広がっていた。


 結構良い時間となっていたので、教室にはそこそこ人が居る。しかし……生徒達はかなり偏った場所に居た。


 具体的には、榊原椿芽の居る席の周辺がぽっかりと空いていたのだ。


「……おお。こいつはまた」

「……あんまり気分が良くない光景だな」


 生徒達は前の席に偏っていて、そのほとんどが一人の生徒――榊原椿芽に目を向けている。

 ともすれば、いじめとも見紛う光景。というかもういじめにしか見えない。

 ……いくら彼女を向ける視線に羨望が混じっていて、言葉が彼女を賞賛するものであっても。見世物のようにされているのは見ていてとても気分が良くない。


「はぁ……」

「時雨」

「気にすんな」


 ひらひらと手を振り、そこで白尾と別れる。めちゃくちゃ渋っているように見えたが、今は俺一人の方が都合が良い。


 席に近づくにつれて、彼女の姿が見えてくる。ただ座ってるように見えたが……その目は閉じていた。

 ピシッと背筋は伸び、表情はいつもと変わらない。長い睫毛と整った顔立ちは芸術品のようだ。

 そういえば、暇な時間は寝てるって言ってたな。邪魔しない方が良いのか……と思いつつも、席に座ると、椿芽の肩がピクリと動く。


「おはよう、椿芽」

「……おはよう」


 その目が開くと、真っ黒な闇に塗られた瞳がこちらを向いた。恐らく寝起きっぽいが、本気で寝ていた訳ではないらしい。いつもの鈴のように澄んだ、しかし圧も伴った声だ。感情はこもってないんだけども。


「ごめん、起こしたか」

「ううん。いつでも意識がハッキリするように……あと、ごくごく稀に触れてくる人が居るかもしれないから。すぐ起きれるようにしてる」

「そういうのもあるんだな」


 世の中色んな人が居る。彼らのように近づこうとしない人が恐らく多いのだろうが……あまりの美しさに触れたいと思う人もたまに居るのだろう。


「あ、でも時雨くんを疑ってる訳じゃない。時雨くんは私を傷つけないって分かってる」

「……信頼されてるのは嬉しいんだが」

「なんなら触る? 頬くらいなら別にいいけど」


 教室が……そして、廊下の方からもザワめきが強くなった。それは彼女の言葉のせいだろう。


「椿芽。あんまりからかわないでくれ」

「……?」

「真顔で冗談を言ってるのかと思ったらただ本気なだけだった」

「昔はよくしてた。頬を触ったり、頭撫でたり」

「……昔の話だろ?」

「そっか」


 短い返事をする椿芽。彼女は多分、色々と抜けている……多分、周りと深く関わってこなかったからだと思う。そのせいでパーソナルスペースみたいなものがちょっとズレているのかもしれない。


 この辺も教えないといけないなと思っていると、椿芽がじっと俺を見つめていることに気づいた。


「どうした?」

「いいの?」

「いいのって……何がだ?」


 何のことかさっぱり分からずに聞き返すと、彼女は視線を前と横に向ける。こちらを見ていた生徒達がビクリと体を跳ねさせ、さっと視線を逸らした。


「目立つよ。私と話すと」

「……そもそも椿芽が隣に来たから、って言いたいところだけど。それ自体は俺も嬉しいからな」


 幼馴染が頼ってくれた。それ自体嬉しいことなのだから。また仲良く出来るんだったら、俺としても願ったり叶ったりである。


 ただ、目立つこと自体はそんなに好きじゃない。好きじゃないけど――


「俺は、椿芽があんな風に見られて一人で居ることの方が嫌だ。目立つくらいどうってことない」


 そう言う間も、言ってからも。椿芽はじっと俺を見つめる。


「そっか。ありがとう」

「……これは俺の自己満足だよ」

「それでも嬉しい」


 表情を変えないまま嬉しいと告げてくるが、それが俺に気を使ってではないことはなんたなく分かる。


「とにかく、そういうことだから。学校だからってあんまり遠慮しないでくれよ」

「うん。分からないこといっぱいあるから頼る」


 学校でも色々大変なことはあるだろうが、ここで椿芽を無視したくない。


 そうして、俺の不思議な――中学の頃から一風変わった学生生活が幕を開けたのであった。

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