第4話 【傾国の美少女】、雑談をしてみる

 ソファに座り、お互いを見る。その間に会話はない。


「……」

「……」


 男女が見つめ合うと聞くとなんか恋人のそれっぽい感じがあるけど、実際は全然そんなことない。

 俺が考えていることはただ一つ。


 ――さて。何をして遊ぼうか。


 やれることはたくさんある。ゲームに映画やドラマ、アニメ。漫画もある。

 しかし、椿芽が好きなのはどれなのか全然分からなかった。


「椿芽って暇な時は何してる?」

「寝てる」

「……暇な時全部寝てるのか?」

「寝られる時に寝るか、目を瞑る。夜は寝れないことが多いから」


 ……なるほど。味を感じないくらいストレスを抱えてるなら、睡眠の方に影響が出ていてもおかしくない。

 健康面を考えれば良くないことは明らかだが……今までの話を聞いてる感じ、こちらも彼女がストレスを解消出来れば良くなるはずだ。

 そこまで考えていると、彼女が言葉を続けた。


「だから、分からない。寝る以外に何をすれば良いのか」


 じっと、闇よりも暗い瞳が見つめてくる。どこまでも深く吸い込まれそうな瞳だ。

 彼女の言葉に一つ頷いて、俺は思いついたことを口にした。


「まずは雑談でもしようか」

「雑談?」

「ああ、雑談だ。小さい頃はよく遊んでたけど、今の俺は椿芽の【傾国の美少女】の姿しか分からない。反対に椿芽は、俺のことは何も分からないと思う」


 小二の頃以来だから、六〜七年ぶりとかだろうか。めちゃくちゃ長いな。


「休みに出来ることは色々あるし、色んなことをやってみたい。まずはその方向性を探ろうと思ってな」

「というと?」

「椿芽、運動は得意か好きだったりするか?」


 質問の意図に察したのか、椿芽がなるほどと頷く。


「運動の経験、ほとんどない」

「なんでもいいぞ。授業の体育でやったこととか」

「……体育も球技とか長距離走は事務所に制限されてた。怪我すると仕事に支障が出るから」

「……なるほど」


 ということは、アウトドア系はやめておいた方が良いかもしれない。

 少しやりすぎな気もするけど、この辺を話すには関係性が遠すぎる。久々に会った人に外に連れ出されて怪我、結果仕事が何件かなくなるとかシャレにならない。もう少し仲良くなって、話をしてからだな。


「じゃあ今は運動系じゃない方が良さそうか」


 俺の言葉に椿芽がこくりとうなずく。それを見て、少し考えた。


「椿芽はゲームとかするか?」

「時雨くんとやったのが最後」

「ふむ……ドラマとか映画、アニメは?」

「見ない」

「漫画とか小説は?」

「読まない」

「動画とかSNSは?」

「見ない。SNSは事務所が運営してる」

「……なるほど」


 本当に何もしていないらしい。現代の高校生として貴重すぎる。

 どれから行くべきか悩んでいると、ふと椿芽が呟いた。


「事務所の方針」

「どういうことだ?」

「私のイメージに合うように行動してほしいって」

「……ミステリアスな雰囲気とかそういう感じか?」


 こくりと頷く椿芽。その表情には感情が載っていない。

 そういうことかと一人で納得しながらも、それに対して決して良い感情は抱かない。

 椿芽を何だと思っているのだろうか。事務所は。


「とりあえず、分かった。そのことに関して椿芽はどう思ってるんだ?」

「仕事に必要。それ以上は何も思ってない」

「……それなら、そういう娯楽は制限したいとか。そういう思いもあるのか?」


 ここで頷かれれば、出来ることはかなり制限されるだろう。それならそれで考えるつもりだが……

 幸いなことに、椿芽はふるふると小さく首を横に振った。


「それも含めての休み」

「あー、そういうことか」


 椿芽の言葉に納得する。この『休み』は彼女のオンオフスイッチとしても機能しているのだろう。娯楽禁止も強制ではないのだろうし……もしかしたら休みも椿芽のお母さんか事務所の人が決めたのか?

 想像が膨らみそうになり、そこで止める。今はそれを考えてもあんまり意味がない。


「じゃあそうだな。漫画とか小説は初めて読むなら時間がかかるかもだし……あ、そうだ」


 ジャンルはどうしようかと迷っていると、とあることを思い出した。


「椿芽って動物は好きか?」

「…………興味はある」

「おっ」


 今までとは違う反応に思わず声が漏れる。動物好きは昔と同じか。


「じゃあ動物系にしようか。動物系の動画とかは見るのか?」

「動画自体見ない」

「……そうだったな。じゃあ今日は動画にするか。そのうち動物主体の映画とかドラマ、アニメとか見ていこう」


 こくこくと頷く椿芽。乗り気のようでホッとする。

 そうしてテレビの電源を点けていると、椿芽が話しかけてきた。


「時雨くんは動物、好き?」

「好きだよ。ショート動画とかで流れてくる人のチャンネルとか登録してるし、そういうのも大体長い動画があるから見て癒やされてる」

「……?」

「あ、ごめん。ちょっと言葉が分かりにくかったな」


 そういえば動画サイト自体見たことないのである。『チャンネル』とか『ショート動画』なんて言っても伝わらないだろう。


「まあ、なんだ。動物系は好きだよ。犬猫はもちろん、鳥類とか亀とか」

「可愛い」

「そう。めちゃくちゃ可愛いんだよな。……癒やされる動画はたくさんあるから、色々見よう」


 どれから見るかなと登録したチャンネルを眺めていると、続けて椿芽から話しかけられる。


「時雨くんは動画とか映画もよく見るの?」

「ん? ああ。動画は暇つぶしで、時間があるときは映画とかアニメとか見たりするよ。たまーにお父さんとお母さんとドラマとか見るな」


 先程とは違って、色々と質問をされる。それと同時に、そういえば今は雑談中だったなと思い出した。

 ……少し意外だ。確かに俺と椿芽は幼馴染だけど。休みの日に何をすれば良いのか聞きたいくらいで、それ以上に興味は持たれていないと思っていたから。


 それが思わず表情に出てしまったからか、椿芽がじっと俺のことを見つめている。どこかジトッとしているような気がするのは多分気のせいだ。


「さっき、時雨くんが言ってた。時雨くんは私のことを【傾国の美少女】としてしか知らない。私も時雨くんのこと、全然知らない。多分、これからずっと一緒に居るだろうから。知りたい」


 珍しく長文で話す椿芽。だからこそ、その言葉は気を遣って言っているものじゃないと分かる。


「それに、今の私が仲良く出来るのも時雨くんしか居ないから」

「……それは、イメージ的な話か?」

「それもあるし、単純に私には話しかけられないから。あと――」


 椿芽が言葉の途中で止まる。その瞳はそっと俺から画面の方に移る。そこには柴犬二匹が戯れている動画のサムネイルが映し出されていた。


「……とりあえず見ながら話すか?」

「うん」


 食い気味に頷く椿芽。それに頬が緩みながらも、俺は動画を再生するのだった。

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