第8話「いつか見た夢の先へ」

 曇って星が眩んだ夜空を、エレノアは眺めていた。


「―――――はぁ…………」

 

 彼女、オフィリアが自分たち真に望む事とは何なのか。

 それは――――、自分たちにとってとなるのか、或いはとなってしまうのか。

 それがはっきりしない、だからあんな態度を取ってしまう。


(オフィリア。彼女にも何か事情があるのはわかってる。だけど、これじゃあまるで…………)


 望まぬ生き方、曖昧な在り方。

 それは、エレノアが最も嫌い、恐れることであった。

 誰よりも自分らしく、自分のために行きたいと、この旅を始めたんだ。

 それなのに、彼女の言動一つ一つが、自分の覚悟をブレさせる、そんな気がずっとしていた。

 

「もういいや、戻ろっと…………」


 ゆっくりと歩いて小屋に戻ろうとするエレノア。

 すると迎えに来たかのように、テラが柱の傍らで待っていた。


「やあ、エレノア」

「テラ…………。何よ、説教でもしにきたの?」

「説教? 話がしたいだけだ」

「……そう」 


 そして、二人は頭上に広がる夜空を仰ぐ。

 

「……近いうちに雨とか降ったりしないわよね?」

「雲の量が多いだけで、特にそういった風や気温の変化は感じないな。


「で、何よ。話って…………」

「エレノア。君の夢は、なんだい?」

「私の夢? そりゃ勿論、父さんみたいに星穹に―――――」

「その先だよ」

「え?」

「全ての夢には、終わりが存在する。ただ、夢が終わっても、その人のすべてが終わる訳じゃない。むしろ、夢の先にある者こそ、その人にとって最も重要なこととなる」

「…………」

「エレノア。君は夢を叶えた先で―――、何を望む?」





 ふと、思い返す。

 自分がこれまで、どんな景色を夢見てきたのか。

 

 遠い空の彼方、無限に広がる世界、そして数々の冒険。

 その果てに、何が欲しくて、どこを目指すのか。


 こうして言われてみなければ、考えもしなかっただろう。




「私の―――、


 




 少しだけ、考えたことがある。

 どうして、自分だけがこうして、空の彼方を目指しているのか。


 それは、誰もが「不可能」だと決めつけているからか。


 それは、誰もが「無意味」だと決めつけているからか。




 それは―――、誰もが「夢幻」だと決めつけてしまったからか。




 「夢」や「幻」なんかじゃない。

 あの日、彼から受け取った声は、確かに自分の中に残っている。

 ならばこそ、私がそれを証明したい。




「よくわかんないけど……私は、私じゃないが、同じように空を目指して欲しい」

「というと?」

「私はずっと、無理だって思ってきた。空を目指すことも、現実を変えることも、なりたい私になることも、だけど……………」


 屋根の上、エレノアは一人立ち上がる。

 そして、輝く夜空に手を伸ばして、その胸に宿る思いを言葉にする。


「―――――私は、を作りたい!」

「それは、どうしてだい?」

「だって、つまんないじゃん。あんな凄いものがあるんだって、私しか知らないなんて。だから、私が最初に一人になって、次の誰かに繋げてみせる」


 らしくない元気な声で、エレノアは堂々と宣言をする。

 すると、テラはクスっと笑い出して、同時に彼女に賞賛を贈り出す。


「そうだね、それでこそエレノアキミだ」

「でしょ。私もう、決めたんだから! だから、もう誰にも―――――」

「ならば、もう一つだけ問おう」

「なに?」

「もしも、そんな君の夢を繋いでくれる誰かが、ずっと傍に居るとしたら?」

「それって、メディスのこと?」

「彼女だけじゃない。君が恐れてる彼女だって―――――」

「オフィリア…………」

 

 何故、テラはここまであの女を信頼しているのか。

 そういえば、彼女の祖母とは「直接面識がある」と、前の話の中で言っていた。


 一体、テラはどこまで、オフィリアを知っているのか。



「ねぇ、貴方ならわかるんでしょ?」

「何がだい?」

「オフィリア―――――。彼女が一体、何者なのか」

「嗚呼、わかるとも。だけど、ボクの口からそれを言っては意味がない」

「何よ、それ…………」


 やはり、正直なにか癪に障る。

 不思議と誰の心も見透かすのがテラという人物だが、オフィリアに対しては、何か自分の見えていない何かも見えているように感じる。

 


「彼女は―――、オフィリアはとても数奇な運命を背負っている。誰よりも幸福でありながら、誰よりも過酷なものだ。そして、それは彼女一人が背負うものであり、時に誰かが手を差し伸べる必要もある」

「何その、した言い方」

「ただ、これだけははっきりと言える」

「なによ?」

「彼女がキミの夢を阻むようなことはしない。彼女に、そのような打算や我欲は、一切存在しない」

「あのね! そうは言うけど、相手は政府の人間よ。そんなのいくらでも…………」

「大丈夫だ。オフィリアはただ、ボクたちを見届けたいだけなんだ」

「………………」


 オフィリア、彼女のことがいよいよわからない。

 ただ、テラがこうしてしっかりと言い切るということは、そういう事なのだろう。


 彼女には、これまで自分が恐れてきたようなものは、一切ない。


 仕方なしに納得しようとするエレノア。

 そんな彼女に対し、テラはもう一言だけ言葉を贈る。


「じゃあ、逆に聞くけども…………」

「なに?」

「君は、メディスを利用しようとしているのかい? 彼女の持つ知識と技術を使って、やがて陥れようと、そう考えているのかい?」

「そんなこと、ある訳ないじゃん! だって、私とメディスは親友なんだよ!」

「同じなんだよ」

「えっ…………」




―――――信じたい相手には、常に真っすぐな気持ちを送る





「オフィリアがキミにやっているのは、そういうことさ」

「………………」


 もう、納得するしかない。

 どういう訳かは知らないけど、彼女は自分たちに何かを懸けている。

 いや――――、何かを願っている。


 それに対して、これまでの態度はどうだったんだろう。


「もう、大丈夫かな?」

「あーもう! わかった、私が悪かったってば!」

「そろそろ戻るかい?」

「戻る。戻って、ちゃんとアイツに謝るから!」


 こうして、二人の夜が過ぎていく。






 その後、メディスに散々嫌味を言われながらも、エレノアはオフィリアにきちんと謝って、ただ一言だけ告げた。


「最後まで…………、付き合ってよね」


 それに対して、オフィリアはこう答えた。


「えぇ。どこまでも――――、貴方と一緒に」


 こうして、四人の夜は過ぎ去っていく。

 いずれくる朝日を控えて、彼らはそっと眠りに就く。




 また、明日の『冒険』を夢見て―――――――。


















「やはり、睡眠も不要なのですね」


「まあね。僕にとって、も、暇つぶしみたいなものさ」


「“大いなる生命”――――いえ、テラさん。改めて感謝致します」


「ん?」


「私を認めてくださったこと。そして、エレノアさんと会わせてくれたことを―――――」


「キミがそのように彼女を選んだからだ。彼女は特別だが、独り故に危うい。多くの渦中に身を投じ、多くの思惑の最中を進むことになるが……キミのような人さえ側にいれば、苛烈な逆境はむしろ彼女を強くする」


「…………私に、その役目が果たせるでしょうか」


「それがキミの課題であり、選択の要だろう? "いつも通り"だ」


「…………えぇ。その為にも―――――」


「やれやれ。君は本当に――――高尚こうしょうな人だね」












 星の軌跡を辿る者、『神薙』

  ―――『オフィリア・セティン・コルニュクス』

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