閑話「神薙:己を探して」

 ―――――『オフィリア・コルニュクス』


 彼女の一族は、かつて「王の一族」と呼ばれていた。

 かつて存在した大国「ソルティア共和国」を建国した一族であり、中には「王」として国家に君臨した者も居るという。

 『ソルティア連邦』設立にも携わった妖耳の一族「コルニュクス家」の末裔である。

 

 その人生の大半は、非常に過酷なものだった。



「―――――切実に生きなさい。オフィリア」


「貴方はいずれ―――、我々の後を継いで、この国を担う立場になるのよ」


「我欲を持つな、他者と比べるな。ただ―――、己を縛れ」



 年齢の離れた兄や姉も、同じようにして育ったのだという。

 コルニュクス家に生まれた者には、生まれた時から「使命」が与えられ、それを最後まで全うしなければならない。

 だからこそ、私はずっと―――――、父上や母上の言う通りにやってきた。



「―――――はい、お父様。仰せの通りに」


「―――――はい、お母様。申し訳ありませんでした」



 それが、オフィリアの口からよく出る言葉になっていた。

 最初は、「真面目な子」だと、「将来有望な子」だと、誰もが期待していた。


 


 ただ―――――、そのは決して薄れなかった。


 年を重ねて、研鑽と知識を積んでも尚、オフィリアは変わらずにいた。

 国家に尽くす為に、己の全てを捧げるかのように、ただひたむきに尽くしていた。

 

 文句の一つもなかった。


 反論の一つもなかった。

 

 戸惑いの一つも―――――、彼女にはなかった。




 まるで、「機械」のような言動で、次第に皆がこう思い始めていた。




―――――――気味が悪い




 オフィリア自身に、は一切ないのだろう。

 ただ、こうなった人間の末路は、決まって「自己破壊」だと決まっている。

 彼女の兄や姉も、次第にオフィリアの身を案じていた。




 試しに、彼女の父親がこう告げた。


「オフィリア―――、何か欲しいものはないかい?」


 すると、オフィリアは表情を一切変えずに、こう答えた。


「―――――何も、御座いません。そのようなお心遣い、私には勿体御座いません」


 その時、父親は唖然とした。

 何かを強請ることも、問い返すこともなく、ただ謝った。




 確実に―――――、オフィリアという少女には、『何か』が欠けている。


 やがて、オフィリアは両親から冤罪を掛けられて、罰として「謹慎処分」を受けていた。

 ただし、それはオフィリアを現状から救い出す為であった。

 彼女の兄も、姉も、それは承知の上で、敢えてこう彼女にこう言った。





―――――オフィリア。貴様にはもう何も期待しない





 その時のオフィリアは、深い絶望に囚われていたという。

 ずっと、家族や国の為に生きてきたのに、唐突に「見放された」と思った。

 

 無論――――、全ては方便に過ぎない。


 その言葉の真意を知らぬのは、オフィリア本人だけであった。

 ただ、家族たちはこう望んだのだ。


「これ以上―――、自分を犠牲にしないで欲しい」











「そうか、オフィリアが…………」

「はい。私たちは、彼女に望み過ぎたようです。このままでは、近いうちにオフィリアの何もかもが崩れ去ってしまいます」

「だから、儂に預けると?」

「はい。貴方様であれば、きっとオフィリアの心を―――――」


 オフィリアの母親が、とある人物と謁見を果たしていた。

 それは、この星の「過去」と「未来」を視通す巫女『神薙』にして、元老長―――――の妻でもある女性。



 その名を―――――、「アイシャ・セティン・コルニュクス」



 王の一族にいながら、王家の「使命」を授からなかった唯一の人物。

 故に、それ以上の「宿命」を託されし、偉大なる「導き手」でもあった。


「わかった。ならば儂が、オフィリアを預かろう」

「ありがとうございます――――、義母上」

「もしも素質があるようなら、儂が彼女を選んでも構わぬか?」

「それを…………、義父上がお許しになるのであれば」


「あの男のことなら、儂に任せよ」


 あの男―――――、それはコルニュクス家の中核を担う人物。

 ソルティア共和国、その盟主の息子であり、ソルティア連邦において「権力」の象徴として、数百年もの間、「元老長」としてその座に就いてきた。

 



―――――『ユーグファルト・コルニュクス』




 この国家において、彼の大賢人に物申せるのは、たった一人だとされていた。

 その一人こそ、妻であるである。


 こうして、オフィリアがまだ幼かった頃。

 実家にて「鍛錬」と「勉学」に勤しんでいた彼女は、唐突に祖母アイシャに引き取られて、央都から離れた場所に位置する、小さな村へと移された。


 




 そこから――――――、オフィリアの「第二の人生」が始まった。






◇ ◆ ◇


 つい先日まで、自分は央都にて厳しい教育を受けていた。

 なのに、なぜか今は、小さな小屋の前で、ぼーっとあたりを眺めている

 

 どうしよう、何をすればいいのかわからない……。




 オフィリアの第一印象は「困惑」であった。

 そこは、辺境に位置する小さな集落で、「ムルジナ」と呼ばれていた。

 家畜の遊牧や、農作物の生産。

 それらを行っている場所で、いつも央都に新鮮な「食材」を提供している。


 村人たちも、央都に暮らす者達とは、随分と印象が違う。

 まるで「穏やか」というか、「マイペース」というか、彼等には余裕があった。

 オフィリアは、この場所を「異世界なのでは?」とも疑った。


「あの、御婆様」

「なんだ、オフィリア?」

「私は、ここで何をすれば良いのでしょうか? 何か、仕事をすれば良いのでしょうか? それとも、これから新しい修練があるのでしょうか?」

「何もない。遊んでいろ」

「―――――へっ?」




――――『遊んでいろ』

 

 その言葉の意味が、オフィリアには理解できなかった。

 自由なんて、他人には合っても、自分にはないものだと、ずっと考えていた。

 なのに、彼女は自分に「遊んでいろ」と言った。

 

 そもそも、オフィリアにとって「遊ぶ」とはどういう行為なのか。

 それすら、いまいちピンと来ていない。

 なのでオフィリアは、改めてアイシャに尋ねてみる。


「―――――御婆様、どのようにして遊べばよいのでしょうか?」

「なんだお前、そんなこともわからぬのか。とんでもない間抜けだな」

「も、申し訳ありません」

「勘違いするな。怒ってはおらん、呆れているだけだ」

「申し訳ございません」

「一々謝るな、まったく…………」


 オフィリアが抱える問題。

 それが明確に何なのかは、まだアイシャ自身もはっきりとは掴めていない。

 だからこそ、まずは彼女自身を動かす必要があると、そう考えていた。


「そうだな、適当に散歩でもして来い」

「散歩…………、ですか?」

「嗚呼。お前はしばらく、此処で暮らす。まずは、村を回って様子を伺うといい」

「は、はい。畏まりました」

「違う」

「…………えっ?」

「返事は―――――“わかった”だ。良いな?」

「はい、わかりました」


 そうして、オフィリアは恐る恐ると、村の中へと足を運んでいく。







 ムルジナの村は、まさに「平穏」そのものであった。

 子供たちが元気に駆け回って、大人たちは一生懸命仕事に勤しんでいる。

 誰もが笑顔を浮かべて、互いに称え合い、慰め合っていた。


「あら、おはよう! 初めて見る子だね」

「御初にお目に掛かります。央都から参りました、オフィリアです。以後、宜しくお願いします」

「あらま、なんてお行儀の良い子。うちの子にも見習って欲しいわ」


 気さくそうな中年の女性が、オフィリアに声をかける。

 すると、手に持っていた荷物の中から、何かを取り出して、彼女に送る。


「はい、どうぞ。取れたての林檎だよ」

「お心遣い、ありがとうございます。申し訳ありませんが、これは受け取れません」

「あら、なんでだい? 取れたて新鮮で、とっても美味しいのよ?」

「そう仰いましても、私は…………」





―――――『勝手に遊んでろ』


 それが、アイシャからの命令だとしたら。

 きっと、今の自分はそれに反しているのだろう。ならばこそ…………


「では、ありがたく頂戴いたします」

「うんうん、せっかくだから、沢山持っていきな!」

「は、はい……」


 五つほど、その女性から林檎を貰ったオフィリア。

 折角だからと、一つ齧ってみろ言われて、恐る恐ると齧ってみる。



「―――――お、美味しい!」

「当然よ! うちの林檎は、この村一番だからね!」


 思わず、何も考えずに言葉が出てしまった。

 咄嗟にオフィリアは、女性に向かって謝罪の言葉を伝える。


「は、申し訳ありません!」

「あら、なんでだい? 美味しかったんだろ?」

「ええ、とても。ですが……」

「なんだい、なんだい。美味しい時は、素直に“美味しい”って言えば良いのさ」

「は、はぁ…………」

「じゃ、また寄っておいでね。いつでも食べさせてあげるからさ!」


 そうして、オフィリアはその場を後にする。

 なんだろう、央都での生活とは、周りからの態度とは、まるで違っていた。


 あんなに、人と人は気軽に関わって良いのかと。

 あんな風に言葉を交えて、理由もない行動や言葉を発してよいのかと。



 そうやって、考えながら歩いていると…………。


「あ、あそこに知らない子が居るよ!」

「ホントだ! 誰だろう?」


 数名の女の子が、こちらに迫ってきた。


「あ、あの…………」

「こんにちわ、あたしリーシャ。あと……」

「うちはミリスよ! んでこっちが…………」

「どうも、カミラです」

「え、えーっと…………」


 リーシャはツインテールの活発な子で、ミリスは髪も短く男勝りな口調な子、そしてカミラは眼鏡をかけている大人しそうな子だ。

 どうやら三人とも、この村で暮らす村娘らしい。


 リーシャが宝眼で、ミリスは剛尾、そしてカミラは鋭角のようだ。

 異なる種族同士が、こんなに気軽に接しているなんて。

 

「えっと、私に何か御用でしょうか?」

「貴方、お名前は?」

「えーっと、オフィリアと申します…………」

「オフィリアちゃん! 覚えたわ、とっても可愛いわね!」

「へっ?」

「うむ、こりゃ将来有望だな」

「それに、なんだかお上品で、とっても賢そうです」

「へ、へぇ~?」


 同世代の子たちから、このように褒められたことは始めてだ。

 いつもなら「幼いな」とか「未熟だな」とか、そんな言葉しか言われてこなかった。

 皆、周りより自分を優先して見ていた。

 だけど、どうやらこの子たちは違うと、オフィリアは理解した。


「ねぇ、オフィリアちゃん。お友達になりましょう!」

「へっ? お友達、ですか?」

「うんうん。最近、三人だけだとつまんなかったんだ」

「私も賛成です。もっと、オフィリアさんと仲良くしたいです」

「いいわね、オフィリアちゃん!」

「えっと、その…………」


 まったく、状況についていけない。

 ただ、ここで断ってしまえば、きっと彼女たちを傷つけてしまう。

 そこは、『王の一族』として、正しく友好的な関係を築くべきだと、オフィリアは判断する。


「えっと、じゃあ…………、よろしくお願いします」

「やったー! じゃあ、早速向こうの川で遊びましょ!」

「へ?」

「いやいや、森の方にでっかい虫がいたってよ。今日は、それを獲りに行こうぜ!」

「へ、へっ?」

「せっかくだから、私のお家でお茶しませんか? もっと、オフィリアさんのこと、教えて欲しいです」

「へ、へっ、へぇ~?!」


 それから、オフィリアは元気な村娘たちと共に、日暮れまで遊んだという。

 それが、彼女にとって初めての「自由」であった。






 日が暮れた頃、オフィリアはアイシャの待つ小屋へと帰った。

 

「申し訳ありません、御婆様!」

「ん、何がだ?」

「このような時間まで無断で勝手な行動をしてしまい。この罰は如何に―――――」

「別に構わん。それよりも食事にする。手を洗ってきなさい」

「―――――へっ?」


 何も、怒られなった。

 食事に少し遅れるだけで、少し修練が長引くだけで、激しく怒られてきたのに。

 こんなに遅くまで、村娘の子たちと遊んでいて。

 

 どうして、御婆様は何も怒らないんだろう―――――。


「あの、御婆様…………」

「なんだ? 今日は鳥の出汁を使った野菜スープだ。私の自信作だぞ」

「いえ、そうではなく…………」


 意を決して、オフィリアはアイシャに尋ねる。


「御婆様は、私をどうしたいのですか?」

「どうって―――――」

「私は今まで、父上や母上の言いつけ通りに生きてきて、兄上や姉上の様な立派な存在になろうと、研鑽を重ねてきました。ですが、先日私は―――――“お前は何もするな”と…………」

「オフィリア…………」

「ですからわかりません。御婆様は、こんな価値のない私を、どうなさるおつもりですか?」

「―――――――」


 少しの静寂が、部屋一体に響き渡った。

 すると、アイシャは呆れたように、ため息交じりに呟いた。


「オフィリア」

「はい」

「それがわからぬ様なら、お前はまだまだだ」

「え…………?」

「良いか。いかなる時代も、統率者や為政者は、常にを持って生きてきた。だが、お前にはそれが決定的に欠けている」

「己、とは…………?」

「自分が自分である為の何か、だ」


 すると、アイシャはオフィリアの頭を撫でだす。

 そして、憐みと優しさが籠った声と表情で、そっと呟いた。


「オフィリア、お前はもっと―――『己』を知れ」

「――――――」

「そうすれば、いずれ央都にも帰れるだろう。それまでは…………」

「それまでは―――――」


「この村で、精々呑気に暮らすが良い」

「へっ?」

「話は終わりだ。さあ、夕食にしよう」

「はい、畏まり……、わかりました」


 こうして、オフィリアは新しい人生を歩み出した。

 そこにはいつだって、誰よりも強く優しい祖母「アイシャ」の姿があった。






◇ ◆ ◇


 あれから数十年後。

 オフィリアは正式にアイシャから『神薙』の地位を受け継いで、同時に「セティン」の名を授かった。


―――――『オフィリア・セティン・コルニュクス』


 それが、生まれ変わった彼女の名前。

 その名前に至るまで、オフィリアは沢山のことを学んできた。


 自分とは何か、他人とは何か、そして「使命」とは何なのか―――――。

 誰よりも強く生きる為に、一族の真の「宿命」を果たす為に。


 オフィリアは、アイシャの意志を継ぐ唯一の者として、一人歩き出していった。

 最期の時、アイシャはオフィリアにこう告げたという。



―――――誰よりも□□、誰よりも□□□、そんなお前に―――






 そして今、オフィリアは宿命と対峙している。

 それは、今から少し前、元老院にて「啓示」を授かったことを報告した時の事。





「そうか、啓示はそのように―――――」


「はい。此度の啓示が何を意味するのか、今の私には判断できません。ですが……」


「うむ、遂に動き出すのかもしれんな」

「かつて、この星を救った、その再誕か」

「或いは、あのが再び―――――」

「何にせよ。この情報はくれぐれも内密にせよ」


 各種族の代表である四名が、口々に言葉を交える。

 すると、元老長ユーグファルトは、オフィリアに対してこう問いた。


「オフィリアよ」

「はい―――――、御爺様」

「お主は、今回の一件に対して、どう対処するつもりだ?」

「私は―――――」






―――――「己」の意志に従って、真実を見定めます


「よい。ならばこの一件は、お主に一任する」

「よろしいのですか、元老長?」

「我々では、きっと彼の者と接触するのは困難であろう。だが神薙、いやオフィリアであれば―――――」


 元老長は、何かを感じ取っていた。

 その啓示をオフィリアが授かった意味、そこに生じる何かを。


「では――――、どうかこの件は、私目にお任せください」

「うむ。では頼んだぞ―――――、神薙オフィリアよ」

「御意。――――仰せの通りに」





 オフィリアは、身支度をするエレノアやメディスを眺めながら、あの時のことを思い返す。

 すると、テラがそっと手を肩において、耳元で囁いた。


「安心するんだ。キミの使命は―――――必ず果たされる」

「へっ、何故それを…………!?」

「しっ!」


 突然驚いて、大きな声を出すオフィリア。

 エレノアが「どうしたの?」と訊くと、テラは「何でもない」と答える。


「オフィリア。キミたちの“使命”は、僕たちが繋いでみせる。だから―――――」

「―――――」

「キミが、僕たちの“夢”を繋いでくれ」


 互いに、互いの目的がある。

 今はまだ、全てを話すことは出来なくても、いつか全ては交差する。

 それを理解した時、オフィリアの表情は一気に和らいだ。


「はい―――――、畏まりました」

「じゃ、頼んだよ」











―――――『大いなる生命』

 

 それはかつて、古い文献にのみ記された存在。

 惑星を滅ぼすほどの天災から、その身を呈して星と生命いのちを救った、救世主。


 テラさん―――――、貴方がそうなのですか?


 だとすれば何故、彼女エレノアを選んだのですか?




 貴方たちが「星」になるのなら、私がそれを「観測」する。







―――――これは、私が「星」の行く末を見届ける物語






――――――――――

※このエピソードは、原作者「黒崎雄斗」の直筆によるものです

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