第9話「遺跡の番人」
あれから、目的地について具体的な情報を聞き出せた。
禁足域の最北端には、「メトノア遺跡群」と呼ばれる、数百年前の遺跡地帯が存在するのだという。
テラが語っていた「北に洞窟がある」というのは、おそらくそれに対しての誤認だろう。
よって、四人は北に向かって、ひたすら歩き続けた。
「もう暫く歩けば、森林地帯から脱せるはずだ。皆、大丈夫かい?」
「私は問題なし。むしろ、いよいよって感じで、ちょっと上がってきてる」
「私のことはお気に為さらず。故あって、身体を使うことには慣れていますから」
「そうね。貴方、意外と体力あるみたいで、ちょっと驚いたわ」
「いえいえ、エレノアさんたちに比べれば――――」
そうやって軽やかに前進する三人とは裏腹に、一人ぜぇぜぇと息を吐きながら、メディスは重たい足取りで追い縋っていた。
「ぜぇ……ぜぇ……、アンタ等さ…………、元気……すぎない?」
「まったくもう、どんだけ貧弱なのよ。今日だけで、もう三回は休憩してるんだけど?」
「姫ぇ、家臣には家臣のペースってものがあるのですや」
「家臣だっていうなら猶更、
冗談にしてもいい加減な主従関係を前に、テラとオフィリアは暖かい目で見守っていた。
「いやー、今日も相変わらずだね」
「あのお二人は、いつもあんな感じなのですか?」
「そうだね。彼女たちとこうして関わるようになってから数日が経つけど、彼女たちの関係性は、実に親交と利害が混ざり合った、興味深いものだよ」
「利害…………、ですか?」
「彼女たちの場合は、特にそうだと言えるね。二人とも、自身の不利益になるような相手とは関わらないし、迫ってきても拒絶していく。そんな二人が、あのように本音で語り合えてるのは、互いの利害が一致しているからこそだと、ボクは思うよ」
「では、お二人の仲にある利害とは、何でしょう?」
「それは…………」
テラがその答えを言い欠けると、直後にエレノアが声をかける。
「テラ、オフィリア! なに止まってんの? 私が説得するから、二人は先に言っててよ!」
「嗚呼、わかったよ」
「畏まりましたぁー!」
そうして、二人は先立って歩き出す。
その間、エレノアとメディスは、散々言い合ったというが、それに関してはノーコメントでいこう。
「さてと、あと数分もすれば、本当に到着するね」
「―――――あの、テラさん」
「なんだい?」
改まって、畏まった態度でオフィリアが会話を切り出す。
一方のテラはというと、寛大な態度で「なんでもどうぞ」と言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「テラさん。今回の
「南西に位置する大樹―――――『巨殻の大樹』についてだね」
「巨殻の大樹、ですか。貴方は、そのように呼んでいるのですね」
「嗚呼。察していると思うけど、あの大樹は自然に発生したものではない。地の奥底に眠る“何か”が、大樹のような形となって眠っている」
「つまり、あれは樹であり、何かの外殻だと…………」
「あくまで―――、ボクの推測だけどね」
あの樹に関して、オフィリアが知る情報は少ない。
国家設立より以前に確認され、あの樹を中心として、現在の森林地帯(禁足域)が生まれたのだという。
あの大樹の周辺に生息する生物は、異常な進化を遂げている。
更に、天高く聳え立ちながらも、その根は地の奥底まで繋がっているようで、複雑な内部構造となっている。
かつて、何名もの開拓者が大樹の調査に挑んでは、行方不明となったという。
よって現在、あの大樹に関する調査は一向に進んでいない。
本当であれば、オフィリアが調査したいのはそっちである。
だが、こうしてテラに立ち入りを禁じられている以上、色々と不利な状況になり得ない。
なので、今はこうしてエレノアとテラに同行するのが最善だろう。
それが、オフィリアの出した結論だった。
「とにかく、あの樹にはやはり―――――」
「そうだね。あの場所には極力近づかない方が良い。これは、あくまで僕の直感でしかないけど……あの樹には、何か危険なものが眠っている」
「………でしたら、今はもうこれ以上は介入致しません」
「そうしてくれると、ボクも安心するよ」
そうやって喋っていると、後ろの方からエレノアとメディスがやって来る。
「ごめん、お待たせぇ!」
「テラさぁーん。この貧弱でか弱い私を、どうかおぶってくださーい!」
どうやら、「テラにでもおぶってもらえ」とでもエレノアが提案したらしい。
完全に疲れ切っているようで、メディスの表情は蕩けていた。
「やれやれ」
そう言って、ひょいとメディスを軽々背負うテラ。
まるで「パパにオブられる子供のようだ」と、エレノアとオフィリアは不意に思った。
そうして四人は、目的地である遺跡群へと向かって歩き出す。
◇ ◆ ◇
辿り着いた場所は、森の最深部なだけあって薄暗い。
巨木の
ここが―――――『メトノア遺跡群』だ。
「やっと着いたぁ~!」
「うっへぇ~! まさに古代の産物ってところだね」
「こういう景色は、自分にとっても新鮮に思えてくるね」
各自、物珍しい光景に対し、それぞれ関心を抱いていた。
そんな中で、オフィリアだけは、少し様子が違う。
「はぁ…………」
「何よ、オフィリア? 着いて早々、疲れたの?」
「―――――いえ」
オフィリアは、その場へと足を運ぶ。
目を閉じて、遺跡に漂う空気を一身に浴びて、同時に何かを受け取るかのように、集中力を研ぎ澄ませる。
その際、彼女の長い耳が、ピクっと動いた。
「―――――オフィリア。どうしたんだろう?」
「なんだか、見入っているようですな」
すると、テラがそっとエレノアに声をかける。
「気になるなら、直接聞いてみれば良いんじゃないか?」
「え!? そんな…………」
気になることは、正直に聞くのが一番だろう。
ただ、相手がオフィリアであるために、どうしても躊躇ってしまう。
それでも、彼女の本質を知る為には、こういうやり方が一番手っ取り早いのだろう。
なので、ここは―――――。
「…………オフィリア」
「はい、何でしょう?」
「貴方、何か感じ取っているの?」
「そうですね」
目の前に広がる風景を、エレノアに伝える。
崩れた岩盤や柱には苔が生えていて、自然では決して生み出せないものが、そこには幾つも存在していた。
誰かが、この地でかつて生きていた。
そして、何かを伝えようと、残そうとした。
全ては――――、自分たちが生きていたと、誰かに繋げる為に。
その結果として―――――、このような
「私は―――――、好きなのです。かつての“人の営み”や“文化”を感じるような場所や物が。人の歴史は、誰か一人で成し遂げられるものではありません。多くの人たちが積み重ねることで、一つの出来事が記録に、記録が歴史になっていくのだと、そう思っています」
「なるほどね」
「この遺跡は、とても素晴らしいです。これほどまでの「軌跡」が遺された場所は、初めて見ました」
「――――軌跡?」
「人や物が辿った歴史、それらを私はそのように呼んでいます」
「へぇ~」
少しだけ、オフィリアという人物が見てきた。
彼女は、「過去」や「歴史」に強く惹かれ、そこに大きな「意味」を見出すらしい。
エレノアが、自分が「自然」に対し探求心を芽生えさせるように。
彼女もまた、好きな何かを持った、平凡な少女なのかもしれないと、エレノアは少しだけ思えた。
「良いんじゃない。そういうの、浪漫があって」
「そうでしょうか」
「“軌跡”――――ね。確かに、これから私たちは、父さんや先祖の軌跡を辿ろうとしている。つまり、彼らが辿って来た旅路を知ろうとしてる」
「―――――」
「ただ、こうして貴方が一緒だと、もしかしたら…………」
「もしかしたら?」
「もしかしたら――――、もっと鮮明に彼等の想いを知れるんじゃないかなって」
「そんな、私はただ…………」
「これから、遺跡の中に入るけど。貴方は、貴方が感じたことを正直に私たちに教えて。どうせ付き合ってくれるなら、そうして欲しい」
「…………はい。承知致しました」
少しだけ、エレノアとオフィリアの雰囲気が良くなった。
遠目で見ながら、それを実感したテラとメディスは、少しだけ安堵する。
「やれやれ、ちょっとは丸くなったようですな」
「いや。むしろ、アレでこそエレノアだと、ボクは思うよ」
「―――――確かにね」
そうして、四人は遺跡の調査を始めていく。
途中、妙な形の年度人形や、古代文字が刻まれた石板など、希少なのかそうでないのかわからないものが、幾つか発見された。
そのうち何個かは、オフィリアが「貰います!」と言って回収した。
そして、一通り探ってみた所、地下に繋がっていると思われる空洞が、一つだけ存在していた。
おそらく、その奥底にあるのだろう。
エレノアが探し求める―――――『星穹を翔ける船』が。
「やっぱり。ここ、怪しいよね?」
「だねぇ。なんか下への階段とかあるし、このまま進んでみる?」
「私は、皆さんの判断にお任せします」
女子三人の意見は、あらかたまとまっていた。
あとは、この場所について無知に等しい、
「少し――――、警戒した方が良い」
「どうして?」
「ここから先に、何か力を感じる。生物のそれとは違う、特殊な何かだ」
「エーテル流とか、その辺とか?」
「そうかもしれない。ただ、一つだけ言えるのは、この遺跡は―――、今も動いている」
四人は遺跡の地下へと通じる階段をへと進んでいく。
其処に一体、何か待ち受けているのか。
その実態を、知ること出来ない。
それでも―――――エレノア達は『未知』へと足を踏み入れる。
◇ ◆ ◇
岩の壁と天井に囲まれた通路。
階段を下りた先に待っていたのは、ただ真っすぐな道だった。
数分ほど歩けども、一向に何処にも辿り着かない。
地下は、外からの光が一切入らない
だから内部が暗すぎて、進行の際にはにはオフィリアの術式でなんとかしよう、最初は考えていた。
そうだったのだが…………。
「まったく、どうなってんの…………」
「アタシらが入った途端に、ランプみたいなのが灯って、床も光って―――――」
「まるで、私たちを誘っているかのようですね」
地下とは思えない程、地下遺跡の中は明るかった。
壁に着いたランプのようなものが、火が灯ったかのように光を放つ。
更に、床一帯広がる脈のような“光の筋”。
まるで、「此処を辿れ」と言わんばかりのように、異質に光っていた。
先ほど、テラはこの遺跡が「動いている」と表現したが、それはあながち間違っていないのかもしれない。
エレノアですら、僅かながら感じていた。
(何かがまるで、ずっと私たちを見ているよう…………)
不安感と探求心の狭間で、エレノアは揺れていた。
これまでの森での散策とは異なる道行に対し、最大限に警戒心を高める。
何にせよ、あとは「進むしかない」と、エレノアは腹を括った。
(これ、ちゃんと辿り着けるんでしょうね?)
「心配ないよ、エレノア。確かに――――、この先から意志を感じる」
「だから。唐突に心を読むな、
そして、少しずつ進んでいった先でいくと、先の方に別の空間があることに気付く。
今いる通路よりひときわ輝いてて、更には開いた空間のようで、此処とは別の空気が伝わってくる。
そして、遂にその場所へと到達する。
そこは―――、ドーム状の空間。
天井が妙に高く、円形の大きな部屋が、其処には広がっていた。
そして、さらに奥には、ひときわ巨大な「扉」が佇んでおり、おそらくそれが、『
「あの扉って、まさか…………!」
「ねぇ、姫! これ、いよいよじゃない?!」
「そうね。それじゃあ、早速―――――!」
遂に、長かった冒険の終着点が見えた。
少し寂しい気もしたが、それでも、ここまでの旅路を思い返すと、中々に感慨深いものとなっていた。
そう思いながら、エレノア達は開けた間へと足を踏み入れる
すると、天井から無機質な声が響き渡ってくる。
―――【外部の侵入を確認。これより、自動防衛機構を作動】
「え、なに?」
「なんか喋ってるんですけど!」
慌てふためくエレノアとメディス。
一方で、オフィリアとテラは、冷静に状況を分析していく。
「これは―――――、普通ではありませんね」
「皆、一度下がるんだ!」
もう一度、先程の通路まで戻ろうとした。
だが、いつのまにか通路に続く道は塞がれており、逃げ場が無くなっていた。
どうやら、このまま此処で、何かに遭遇するしかないらしい。
「戻れなくなってる!」
「これは、一体―――――」
「狼狽えるな、二人共! とにかく、一か所に集まって」
そして、四人が部屋の壁際に集まると、再び声が響き渡る。
―――【警告。速やかに、この場から立ち去るように】
―――【抵抗する場合、自動防衛機構による攻撃が開始されます】
―――【尚、防衛機構の停止には、生態認証を必要とします】
「またなんか喋ってるんですけど、ヤバくない?!」
「自動防衛機構、それは一体…………」
すると、ドーム空間の中心から、小さな球体が飛び出した。
「アレは、一体…………?」
一人反応するテラと、戸惑いまくる女子三人。
すると、球体が突然光り出して、同時に何かの音声を発し出す。
―――――【自動防衛機構、生成開始】
その言葉と同時に、四方から岩石や鉱物が集まって、球体を中心に「何か」を作り始めていく。
次第にそれは、人の形となっていく。
長い両腕と、球体が埋まった胴、そして目だけが付いた顔面、そして何より、自分達よりはるかに巨大な身体。
「これ、ヤバくない…………?」
「岩の人形―――――、俗にいう『ゴーレム』だね」
「ゴーレムって、大昔に存在したっていう、古代の機装兵器?!」
「えぇ。そして、かつてはその技術を用いて、敵対勢力を殲滅してきたとされる、極めて危険な兵器です」
目の前に立ちふさがるゴーレム
おそらく、この遺跡の『番人』と言ったところだろう。
おそらくだが、この
もしこれが、私たち以外を遠ざけるための装置なら、非常にありがたい。
だけど―――――。
「なんて迷惑な
「皆、気を付けて!―――――来るっ!」
ゴーレムによる、強烈な一撃が降り注ぐ。
ただ、右腕を振り下ろしただけなのに、大気が揺らぎ、地面が食い込む威力だ。
これをまともに喰らえば、致命傷は避けられないだろう。
「危なっ!」
「エレノア、皆! 大丈夫かい!」
「ひえぇ~!!!」
間一髪で、全員が攻撃を回避する。
すると、オフィリアが誰よりも遠方へと下がって、一人呪文を唱える。
「―――――アネモス・パネゴニア!(風よ、凍てつけ)」
おそらく「吹雪術式」といったところだろう。
最初の攻撃として、岩石に有効だと思える冷気で、オフィリアは様子を伺う。
「―――ナイス、オフィリア!」
普通であれば、かなり強力な攻撃だろう。
ただ、この状況に関して言えば―――――――。
「そんな…………」
完全に無効であった。
巨躯はゆったりと踏み出し、オフィリアに攻撃を浴びせようと襲い掛かる。
「―――――はっ!」
「オフィリア、逃げて!」
すると、逆方向から銃撃が浴びせられた。
どうやら、メディスが先程までの間に、後ろに回り込んで銃の用意をしたのだろう。
四方からの攻撃に戸惑っているのか、ゴーレムの動きが鈍くなる。
「メディス。アンタは銃で牽制してって!」
「了解、姫ぇ!」
「オフィリア。他に何か、有効的な術式で、アイツに攻撃を!」
「おそらく、あのゴーレムは術式に対して、強い耐性を持っていると思われます」
「え、そんなっ…………?」
術式が一切効かない。
それは何も、先程の攻撃が無効だったことだけが、その推測の核心になった訳ではない。
それ以前の事実を、オフィリアは思い返していた。
そう、ゴーレムの『
「おそらく
「でも、核はゴーレムの胸の中に入ってるのよ。つまり、あの岩の身体を砕いて、中身を叩けってこと?」
「えぇ。ですが、それはあまり現実的な解決策とは言えません。ですが、あのゴーレム相手に、術式や遠距離攻撃は、あまり効果がありません」
「それって、物理で押せってこと? そんな力技が出来る奴、私たちの中には…………」
すると、ゴーレムがエレノアの方へ向かって、更に襲い掛かる。
右手を
「…………しまっ!」
反応が遅れてしまったエレノア。
このままでは、この貧弱な体に大穴が開いてしまう。
「―――――エレノア!」
すると、テラが前に飛び出して、その一撃を受け止める。
それも、槍をその身に受けるのではなく、両手でがっしりと掴んでいた。
しかも半端な力ではないらしく、槍の回転も止まっていた。
「―――――テラっ!」
「問題ない! 確かに彼の力は協力だが、ボクなら抵抗できる。だから、ここはボクが―――――!」
テラが、思いっきりゴーレムの顔面を殴った。
体勢が崩れると同時に、そのまま地面に押さえつけて、動きを封じる。
言っておくが、相手は“岩の塊”である。
もしも、先程のテラパンチが人に食らわされてたら、首ごと捥げていただろう。
「もしかして、とは思ってたけど…………」
「エレノアさん?」
「テラ、彼はきっと、生物より鉱物に近い存在だと思う」
「そうなのですか?」
「そもそも、食事も睡眠もいらない。あの狼の攻撃を受けても、出血の一つもなかった。それさ、普通に考えて異常じゃない?」
「それは、確かに…………」
ずっと、テラという存在について考えてきた。
その中で分かったことは、決して多くはないが、一つだけはっきりとしていた。
―――――テラは、生物として「矛盾」した存在だ
「―――――オフィリア、貴方彼の身体を触ったことある?」
「い、いえ…………」
「硬いのよ。生物としては、在り得ないぐらいに」
「硬い、ですか?」
「軽く肩を触ったことがあるけど、あの時はびっくりしたわ。なんていうか、銅像でも触ってるかと思ったもん」
それを証明せんとばかりに。
超人と岩人形による
お互いの身体を削り合うように、非人間が殴り合っていた。
ただ、テラ自身の戦闘技術はさほど高くないようで、ただがむしゃらに殴っているようでもあった。
「なるほど」
「―――――とにかく、テラならまともに相手が出来る。その間に、私たちでアイツを倒す術を探るのよ!」
「了解しました!」
そして、一旦距離を置くエレノアとオフィリア。
一方でメディスは、テラに当たらにような、絶妙な射撃で牽制をしていた。
少しでもメディスの方向に意識が向けば、テラが攻める為の隙が生まれる。
「まったく、こんなとき“
「相手は鉱物だからね。多分だけど、無理よ」
これまでであれば、テラが異質な存在感を放つことで、敵対する生物を撤退させることが可能であった。
ただ、今回は非生物であるために、その手は使えない。
「テラさんや! なんかこう、炎とか雷とか、使えないのですか?」
「悪いけど、そういった
「メディス。アンタは良いから、テラの援護を続けてて!」
「了解!」
メディスの銃撃も、おそらくは効力がない。
テラによる殴る蹴るも、ゴーレムの核を開け出すには、威力が足りない。
つまり今この場で誰も、ゴーレムに対する有効打を持ち合わしていないのだ。
「どうする……」
フレ・ゲリの時は、その生態を利用して反撃が繰り出せた。
ただ、今回に関しては生物ですらない。
一体、どうすれば?
「エレノアさん!」
そう叫んだのは、オフィリアだった。
「私の術式に、『相手を分析する術式』があります。それで、あのゴーレムの弱点を探ってみます」
「そういうの―――、もっと早く言ってよね!」
「申し訳ありません。ですが、この術式の行使には時間が……」
「もう良い、大体わかった。つまり―――――!」
すると、エレノアが前へと飛び出す。
肉弾するテラとは逆方向から、自身のダガーをゴーレムに突き刺す。
「―――――時間を稼げ、ってことでしょ?」
「はい! 大変だと思いますが、よろしくお願いします!」
テラが前面で攻撃を受け止める。
背後や側面から、エレノアがダガーを用いて攻撃を入れていく。
そして、遠方からメディスが銃による援護射撃。
普通に考えれば、完璧な連携である。
ただ、相手が悪すぎる為、どれだけやっても無駄でしかなかった。
だからこそ、オフィリアのいう術式に、全てが掛かっていた。
「―――――クソっ、硬いんだから!」
すると、ゴーレムが注意をエレノアの方へ向ける。
右手を再び槍に変えると、またしても彼女を貫こうとする。
「どこを見てるんだい!」
すかさず、テラが関節技を決め込む。
体勢を崩したゴーレムに対して、エレノアは一旦下がって、メディスと交代する。
「メディス。とにかく撃ちまくれ!」
「あいよ!!!」
一定方向からの連射。
普通であれば、蜂の巣になってもおかしくない程の威力だ。
ただ、ゴーレムには一切効いていない。
あくまで、意識を背ける為の手段でしか、成り得なかった。
それでも、圧倒的な質量を前に、ゴーレムも反応しきれていない様子だった。
「このまま動きを止めて!」
「任せろ!」
「おりゃーーーーーーーーーーーーー!!!」
強く返事をするテラと、がむしゃらに撃ちまくるメディス。
この調子なら、オフィリアの術式の為の時間が稼げる。
この場にいる全員が―――――、「勝利」の兆しを掴みつつあった。
ただ、彼女たちはまだ、理解していなかった。
この遺跡の番人たるゴーレムが、この程度の強さではないことを。
「―――――――グヌォオオオオオオオオオオオ!」
発声器官のないはずのゴーレムが、唐突に吼える。
すると、背中から無数の棘が生えてくる。
「え、なに?」
背後で構えていたエレノアが、真っ先にそれに気づく。
すると、左手が
背中と左手から―――――、何かが出る。
「―――――まずい! 全員、離れるんだ!」
「ひぇ!」
メディスは、一先ず一番離れた場所まで下がる。
だが、ゴーレムの背後に居たエレノアは、反応が少し遅れてしまった。
「しまった!」
「―――――エレノアァ!」
無数の棘が、背中から繰り出される。
すると、左手からも岩の棘、否「弾丸」が撃ちだされて、壁に幾つもの穴を開けてしまう。
どうやら、このゴーレムは「遠距離攻撃」も行えるらしい。
「エレノア! テラ!」
「エレノアさん!」
エレノアは、無数の棘の餌食に―――――、なっていなかった。
間一髪のところで、テラが庇ってくれたようで、その身体には岩の棘が無数も食い込んでいた。
「テラ―――――、ゴメン! 大丈夫?!」
普通であれば、これだけの攻撃を浴びれば即死だろう。
ただ、テラは涼しい顔で、落ち着いた声でこう答えた。
「問題ない。そもそも、僕に痛覚はないからね」
またしてもびっくり発言が出た気がするが、今は無視しておこう。
とにかく、テラが庇ってくれたお陰て、ゴーレムの攻撃から免れることが出来た。
だが、ゴーレムの遠距離連射は止まらない。
一定方向から繰り出されるから、逃げることは可能。
だが、少しでも掠ってしまえば、致命傷になりかねない程の、強烈な銃撃の嵐であった。
「ぎゃーーーーーーーー!」
「ヤバ、これじゃあ近づけない!」
「大丈夫だ、二人とも! 僕が壁になれば…………」
そうすれば、確かにこの場は凌げる。
ただ、そんなことをしても、この状況を打開することは出来ない。
何より―――――、いたずらにテラを傷つける真似はしたくない。
「―――――テラ。お願い、聞いて!」
「なんだい?」
「貴方は、とにかくオフィリアを守って。私とメディスは、とにかく逃げまくるから!」
「―――――なっ!? でもそれでは…………」
「お願い信じて、――――私を!」
なんとしても、この状況を突破したい。
その為には、誰もが正しい役割を果たさなければならない。
だからこそ、エレノアは考えた。
自分が今、何をすることで、一番解決に近づけるのかを。
オフィリアがゴーレムの弱点を看破すれば、何かしらの打開策が取れる。
ただ、そのオフィリアが
「わかった。ただ、くれぐれも無茶はしないでくれよ」
「悪いけど…………無理!」
そうして、エレノアとメディスは別々の方向へ走り出す。
とにかく逃げ回って、注意を分散させようという作戦であった。
「メディス! 帰ったら何でも好きなもの奢るから、だから!」
「何を今更! だったら、新しい
「オッケー!」
球場の空間を存分に生かして、常にゴーレムの死角から、近距離と遠距離の攻撃を繰り返していく。
ゴーレムの攻撃は、どうやら同時に繰り出されることはないらしい。
よって、常に「最善」を尽くさんと、頭を回転させ、脚を動かして、エレノアとメディスは命を燃やして時間稼ぎをしていった。
とにかく逃げて、攻撃を浴びせて、ひたすら避ける。
それを繰り返すだけ、もはや体力と時間との勝負であった。
ただ、どれだけやってもゴーレムは倒せない。
やはり必要なのは、この状況を打開するための「弱点」の看破だ。
そして、遂に―――――。
「お待たせしました、エレノアさん!」
「お、待ってたよ!」
「わかりました、あのゴーレムを停止させる方法が!」
「じゃあ、とっとと教えて!」
「貴方が、あの扉に触れてください!」
「……と、扉? 私が?」
「そうすれば、ゴーレムは起動停止して、戦いは終わります!」
それがゴーレムを倒すための手段とは、到底思えない。
最初の一瞬、エレノアはそう思った。
ただ、エレノアは最初に天井から流れていた「声」を思い出す。
―――【尚、防衛機構の停止には、生態認証を必要とします】
「そういう――――、ことか!」
おそらく、ゴーレムを操っているのは、この遺跡そのものだろう。
遺跡の奥に眠る物を護る為に、先祖たちが作り出した番人。
これによって、自分達以外が
だとすれば―――――、認めさせればいい。
「本当に――――、面倒な置き土産を遺してくれたわね!」
自分こそが、この遺跡に『選ばれた者』であると。
そして、この場でそれが出来るのは、きっとエレノアしかいない。
「扉って、確か―――――」
扉の位置を確認するエレノア。
皮肉にも、ゴーレムの向こう側に扉があることに、今更気づいた。
「よし、それなら―――――!」
だとしても、ここで立ち止まる訳にはいかない。
最後の“第一歩”を、今こそ踏み出す時だ。
「―――――テラ、メディス、お願い!」
「了解した!」
「おうさ!」
エレノアは、全力で走り出す。
その勢いは、これまでの戦いで疲弊したとは思えない程、猛烈な勢いだった。
もう、立ち止まることも、振り返ることも出来ない。
あとはただ、仲間達に託すしかなかった。
「おるぁーーーーーーーーーーー!!!」
「走れ、エレノアッ!」
メディスが、最後の連射を打ち出す。
そして、テラは渾身の一撃として、強烈なパンチを胸の部分に叩き込んだ。
すると、ゴーレムは体勢を崩して倒れていく。
完全に、ゴーレムの射程の外に出た。
あとはただ、その手を扉に伸ばすだけであった。
(―――――もうちょい、あと少し!)
すると、倒れたゴーレムは、槍状の右手をエレノアの方へと向ける。
それが何を意味するのか、最初は誰も分からなかった。
ただ―――――、エレノアだけは一瞬で理解した。
これから、何が繰り出されるのかを。
「――――――!」
高速回転する槍となった右手が、猛烈な勢いで飛び出した。
そのまま、エレノアの方へと向かっていく。
槍を、まるで弾丸のように打ち出したのだ。
「エレノアァアアアーーーーーー!!!」
「ダメっ、避けてぇ!」
完全に不意を突いた攻撃に、テラもメディスも反応できなかった。
このままでは、エレノアがやられてしまう。
ただ―――――、少女は決して止まらない。
振り返らない。
あと少しで―――――、 『夢』に辿り着けるのだから。
そして、この場にいる誰もが、自分の夢を見届けようと、全力を尽くしている。
そのことを、エレノアはちゃんとわかっていた。
「オフィリアァーーーーー!!!」
「―――――フォス・ディヴィエシエ!(光よ、貫け)」
オフィリアによる「光線術式」。
それは岩の槍を貫通して、間一髪のところで破壊に成功する。
そして、破壊された際の爆風に巻き込まれながら、エレノアは扉に手を伸ばす。
「届けぇえええええーーーーーーー!!!」
―――――【生態認証、確認。防衛機構を停止させます】
ゴーレムの動きが、完全に静止した。
そのまま、岩石でできた身体が崩れていき、地面に落ちていく。
「どうやら、やったようだね…………」
「よっしゃ! なんだか知らんけど、勝った!」
喜ぶ二人と、それを見守るオフィリア。
術式の行使に精神力を消費したのか、気疲れした表情で、彼らを見守っていた。
すると、扉の前でエレノアが、照れくさそうな顔で呟く。
「ありがとね、オフィリア。」
「エレノアさん、良かったです…………」
全員が揃っていたからこそ、ゴーレムを倒すことが出来た。
この冒険が始まってから、最も壮絶な今、幕を閉じたのであった。
そして―――、エレノアは扉の奥へと入っていく。
其処には一体、何が待っていたのか。
遂に―――――、エレノアはその『答え』へと辿り着く。
―――――【貴方の帰還を、お待ちしておりました】
「これって…………!」
そこには、テラの話に聞いてた。
いや、それ以上に高度な技術を用いているとされる造船基地があった。
「これが、父さんが遺した…………」
天井は地上まで繋がっているようで、外からの光が入っている。
辺り一帯は、未知の文明による機装装飾が施されており、まるで「未来」の領域へと立ち入ったような、そんな感覚になった。
その中には、何かを記録した『書斎』や、船の修理に必要なための『備品』。
そして、父がいつも話してくれた『星々を翔る船』があった。
「船。本当に、本当にあったんだ…………」
海や川を渡る様な船とは、大きく異なる形をしていた。
まるで、飛空艇のような見た目でありながら、見たこともない部品や装置が組み込まれていた。
そして、船の先端の方には「アストラ」という文字が刻まれていた。
「見つけた、やっと…………!」
「これ、ガチで凄いって!」
「これは、これほどの文明技術が、存在していたのですか!」
それぞれが、それぞれの想いを呟いていく。
長くて短い旅の終着点だ、こうして感傷に浸るのも、当然ことだろう。
ただ―――――、テラは何かを感じていた。
この光景に対して、初めて見るこの場所に対して、感じるはずのない感覚を。
―――――――ボクは、此処を知っている?
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