第6話「彷徨いの森」

 とある日の授業。

 その日は、教師ユリウスによる「環境生態学」の講義が行われていた。

 いつもは授業をまともに聞かないエレノアだが。

 今回ばかりは無関係でもないので、話半分に聞いていた。


「我々が暮らすソルティア央都。その北方に存在する『オールヘイム大森林』は、一般的に「禁足域」と呼ばれている。そこには、今尚解明されていない、未知の生態系や、未発見の生物が、数多く存在するとされている」


 他生徒たちが関心を抱いて聴き入る中、エレノア一人が基本消極的なのは、この授業の内容と本懐が生態分析という学術ではなく、森への立ち入りを禁ずる警告に過ぎないからであった。

 学術的目的の無い講義の題名に"環境生態学"という神聖な文句を利用する横暴を、エレノアは密かに許せずにいたのだった。


「故に、一般人による禁足域への侵入は、固く禁じられている。立ち入りが許されるのは、政府公認の環境調査機関「生態観測局」による許可を与えられた者のみだ」

「ユリウス先生!」

「なんだ?」

「その禁足域って場所は、いつから存在してたんですか?」

「良い質問だ。明確な時期は不明だが、推定だと国家建国より少し前から、あの森が発生したとされている。つまり、数百年前から、あの場所は「未知の領域」として知られている」

「そうなんですか」


 ソルティア連邦の歴史も、決して浅いものではない。

 そもそも、国家の前身となった「ソルティア共和国」は、千年近くの歴史を誇っている。

 多くの民族の同化などが度重なって出来た多民族国家は、その中に異星からやってきた者をも迎え入れているのだ。

 そんな中で、如何にあの領域が誕生したのか、一体何があるのか。

 

 その答えを知る者は、誰一人存在しなかった。


 だから、その答えの奥にはきっと――――自分の『夢の鍵』があると。

 そう信じずにはいられなかった。


 

 

 ―――――禁足域か、いつか行ってみたいな




◇ ◆ ◇


 現在、エレノア一行は禁足域の奥地を進んでいた。

 親友ともう一人――――、この森の『主』と思われる青年と共に。


「ねぇ、姫。それ何してんの?」

「何って。珍しい薬草だから、採取してんのよ」

「それ、さっきもしてなかった?」

「さっきのとは別だよ。こっちはこっちで、充分珍しいの」

「え~…………」


 森での冒険と聞いて、メディスは如何にも派手で危険なものを想像していたが、実際はそうでもなかった。

 ひたすらに「植物」や「昆虫」を観察して、その都度採取している。これも、エレノアの日課である「環境調査」の一環なのだろう。地道過ぎるが、資材集めの時の自分もこんなもんだろうかとも想像して、ぼんやりと付き添う。

 

 ちなみに、肝心の森の主テラは、暖かい目で見守っていた。


「ねぇ、テラさんや」

「なんだい?」

「ああいうのってさ、なんです?」

「この森に生きる者達は、同じく森に生きる者達を食らうことで、その生を全うしている。だからこそ、それを身をもって知ろうとする彼女の行動は、寧ろ関心できるものと言える」

「は、はぁ」


 詳しいことはわからないが、らしい。

 思わずメディスは深い溜息を溢す。


 その様子は立って歩けるようになったばかりの子どもの好奇心を彷彿とさせられた。


「凄い、こんな所にこんなに群生してるなんて。前に読んだ文献では、絶滅危惧種って記載されていたのに―――」

「彼らに関心があるのかい?」


 テラが何となくそう尋ねた。


「この薬草って、大気中や皮膚に付着した毒素を抜いて、悪臭を取り除く効果があるらしいのよ。理論上は、これを加工すれば良質な洗浄剤になって美容面にも使えるのよ」

「身体の洗浄に用いるわけか。先人たちによると、身体と精神は連結しているらしいし、そういった薬草を有効的に用いることは、確かに人の営みだね」

 

 唐突に展開された二人の世界を前に、メディスはひとり取り残される。

 こういう時に「はぁ、天気良いな~」なんて言うのは、たとえば学年で校外実習に出向く時の道中で誰とも付き合えない人種ボッチの、使い古された常套句である。




 すると、メディスは何か甘い匂いを嗅ぎつける。

 果物や鉱石の臭いではなく、紛れもなく花の、非常に香ばしい香りであった。


 ゆっくりと、臭いがする方へとメディスは足を運んでいく。

 鋭角であるが故に、この手の「香り」には、敏感に反応するのであった。

 

 そして、その場所へと辿り着くと―――――。

 其処には、これまで見た植物とは明らかに異なる、異質な存在感を放った巨大な「花」があった。

 

「なるほど、これね。はぁ、やっぱりいい香り」


 花の香りに誘われて、辺りに虫たちが集まっている。

 おそらく、この花の蜜を吸うのが目的なのだろう、蝶や蜂などが多かった。


「市場とかにある蜜って、こういうのから抽出してんのかな……」


 せっかくだから、このままもう少し観察してみよう。

 あわよくばタダで吸えるチャンスではないか。

 そんな諸邪念を抱いて、メディスは躊躇うことなく巨大花へと近づいていった。


「————ちょ?! メディス、バカァ!」

「あ、エレノア! 面白いの見つけたぞぉ」

「いやはまずいッてばさ! 早く離れて!」

「えぇ?」


 メディスの顔が花の近くまで近寄った瞬間だった。

 猛烈な悪臭が花の中から溢れ出して、周囲の虫たちとメディスに襲い掛かった。

 一部の虫たちは、そのまま花の(口と思われる)中心部へと落ちていく。

 

「ぎゃーーーーース!!!」

「ああ、やっぱり…………」


 テラもようやく追いついた頃には、手遅れであった。


「すまない。ボクが目を離してたばっかりに…………」

「ううん、メディスの悪いクセなのよ」


 その場にへたれこむメディスに、エレノアは慰めの声を掛けた。


「おい、我が家来よ。大丈夫だぁいじょおぶかぁ?」

「おお、我が姫君よ。今のは、一体…………」

「アレは、“ミドレシア”っていう食虫植物。最初は甘い匂いを漂わせて獲物を誘って、後から刺激臭で獲物を堕として食べる。アンタ、虫だったらもう食われてたよ」

「なるほど理解。……いや最初から言えよぉバカぁ!」

「いや、慣れない場所で勝手にほっつき歩くのが悪いんよ」


 そうして見事に消沈したメディスを引き摺り、二人は水辺に出た。

 ここで一度、軽く身体を洗って疲れをとれるだろうと考え、(主に女子二人が)ここで一っ風呂ひとっぷろ浴びることになった。


「テラ、私もついでに浴びてくるから…………」

「ならばボクが見張りを務めよう」

「ていうかさ、あなたって男? それとも、実は女の子?」

「女なら財は一旦貧相だな!」

「うるさいディス」

「一つだけ言うなら、ボクにはないよ」

「え?」

「へ?」


 とんでもない事実を聴いた気がしたが、あまり深く考えないようにした。

 何にせよ、今は(主にメディスの)悪臭を取ることが先決であった。

 

 

 ここで一度、エレノアたちの冒険は「休息」に入っていく。




◇ ◆ ◇


 ミドレシアとの騒動から数分後。

 二人は、少し先にある泉で悪臭を落として、もとい身を清めていた。

 尚、見た目が一応男なため、テラは外で待機して、二人の見張りをしていた。


「まったく、散々な目にあったわ」

「どんまい、あんま屋外アウトドア派じゃないもんねメディス」

「でも、まさかこんな風にアンタと大冒険することになるなんて、思いもしなかったわ」

「私だって、今までじゃ考えられなかったよ」


 必死になって身体を洗うメディスだったが、途中で視線をエレノアに向ける。

 いつもの事だが、エレノアの体格を気にせずにいられなかった。


「……なによ」

「アンタさ、また胸大きくなった?」


 エレノアの"双峰"を指してメディスは遂に切り出した。

 ぷよぷよと、浮力で水面を揺れている。


「いや、急ぅ……あなたのだって適度な体積あるでしょうに」

「そうやって浮かせて遊ぶ余裕は無い。今日こんにちの民族間の貧困問題までもを皮肉るつもりか、不良娘おまえは」

「撚り過ぎて分かりづらいって。……というか、どちらかというとメディスは尻担当でしょ」

「誰にも見てもらう機会無ぇよクソぉ!」

「まあ、いざという時には、上より重宝されるから……」

「おいコラ主人公、ライン超えだぞソレ」


 エレノアは、年相応の体付きをしている。

 対して、メディスは少々背も低く、胸も一回り小さい。

 学院の一緒にシャワールームを使う際も、いつもメディスは自身の幼い体系を気にする。

 もっとも、当のエレノアは、身も引き締まっていて、出るとこも出ているので、思わず嫉妬するのも当然と言えば、当然である。


「にしても、ここはなんだか雰囲気違うわね~」

「だね。私が前に来た時も、こんな感じの湖があったな」

「あー、子供の頃のやつ? 確か、そん時にテラと初めて出会ったんだっけ?」

「うん、多分ね。ちっちゃい頃のことだから、あんま覚えてないけど」

「ふーん。アタシも行ってみたいな~」

「まだ残ってると良いけどね」


 そうして二人が喋っていると、遠くの方からテラの声が聞こえてきた。


「エレノア、今そっちに水を飲みに行くモノがやってくる。敵意はないが、決して刺激しないで欲しい」

「えっ、それ大丈夫なのぉ?」

「大丈夫、ただ慣れないだろうから、一応伝えた」

「わかった」


 テラの発言を聞いて、二人は泉から抜け出そうと歩き出す。

 このままだと、何かが此処へきて、自分たちの裸体を目撃してしまう。

 

 まあ、人間ではないのは確かだろうが。


「―――――やれやれ。呑気に話すことも出来ないわね」

「まー、仕方がないよ。それよりメディス、臭いはもう取れた?」

「んーーー」


 服に染み付いた臭いは、テラが消臭に聞く薬草で抑えた。

 ただ、あの大群の真ん中に居たため、まだ匂いが身体から取れ切っていない。


「まだちょっと匂うわね。やっぱ、もう一回いっとく?」

「ごめん、それだけは勘弁して! さっきのもまだ残てるんだから…………」

「冗談よ。これが済んだら、ご飯一回驕って、それでチャラね」

「はーい」


 そうして、服を着て身支度を整える二人。

 すると、林の向こうからが、湖の方へと迫ってくる。


「ねぇ、アレって―――――」

「凄い―――――」


 それは、他の獣と比べるには、あまりにも神々しかった。

 冠のような角と、鬣のように生えている体毛。

 まるで、この森を象徴するかのような、圧倒的な存在感。



 『ユグドルシア』、―――――またの名を「王の鹿」。



 とある文献曰く、大陸に数体しか存在しない希少種で、角には膨大なエーテルを含んでいるという。

 その生態は謎に包まれており、目撃例も少ない。


「まさか、こんな所で出逢えるなんて―――――」

「こんなところだから、とも言えるわね」


 いつか読んだ御伽噺で、このユグドルシアが主人公のものがあった。

 親を亡くしたユグドルシアは、森の生き物たちに育てられ、やがて立派に育っていった。

 そして、森を焼き尽くす程の大火事から、森の仲間を救ったとされる。

 それが作り話なのか史実なのかは、分からない。

 

 ただ、『伝説の存在』とも呼べる生き物に出会えて、エレノアは凄まじい感動を覚えた。

 それでも、ユグドルシアもまた、この森に暮らす生き物に過ぎないのだろう。

 静かに屈んで水を飲む姿は、良かれ悪かれ、野生動物のそれだった。


「いいの、エレノア?」

「――――何が?」

「確か、記録用の撮影機カメラ持ってきてるんでしょ? だったらさ…………」

「いやぁ、これはやめとく」







―――――一個ぐらい、思い出にしたいから。





「あと、あのカメラ非防水だから……」

「自分から出て撮ればいいじゃん」

「一端の少女を一糸纏わぬ姿で野外にほっつき歩かせようと?」

「おお姫、アンタの視界の何処に他人の視線があろうか」


 そんな風にしていると、更に森の奥から生き物が集まって来た。

 どうやら、ユグドルシアに誘われて、この場所へとやって来た様子。


「―――――――」

 

 低い声を唸らせると、獣たちが揃って水を飲み始める。

 

 気が付くと、水辺の周囲が、森の生物に囲まれていた。

 その全てに敵意などなく、ただ水を飲みながら、「安息」を感じている様子であった。


「―――――凄い」

「流石の、ってカンジね」


 それからしばらく眺めた後、二人は泉を後にした。

 その時エレノアは、「いつかまた会いたい」と思わず願ったという。





「どうだった? 彼女たちは、君を脅かす存在だと思うかい?」


「――――――」


「そうか。なら良かったよ。なら、あとば僕に任せてくれ」


「――――――――――」


「うん、わざわざありがとう。それじゃ、また会おう」





 感動に浸っていた二人のもとへ、テラは迎えに行った。


「どうだい、臭いは取れたかな?」

「あ、うん。まあね」

「てかさ、ああいうのはちゃんと教えてよね、テラ」

「すまない、彼から頼まれていたものでね」

「え?」


「いや―――――、なんでもないさ」


 その時の二人は、知るよりもなかった。

 それが、森に生きる者同士の重要な駆け引きだったのだと。


◇ ◆ ◇


 三人が目指すのは―――、禁足域の最北端。


 エレノアが遭遇した巨大な大樹は、禁足域の南部に位置する。

 故に、これまでのルートとは、まったく違う道を辿って、目的の場所を目指している。


「にしても、本当にあるの? その、エレノアの先祖が遺した船って」

「わからないけど、分からないからこそ、行く方が有意義だよ」

「すまないね。あそこは絶妙に森の外れだから、ボクも滅多に立ち入らないんだ」

「てっきり、あなたはこの森のことを何でも知り尽くしていると思ったよ」

「それは誤解だ、エレノア。何度も言ってる通り、ボクはこの森に暮らしているだけであって、決して『主』でも『守り神』でもない。それに僕は普段、森の西で過ごしている。今向かっているのは、だ」

「つまり、あなたの生息地とは真逆にあるのね」

「立ち寄ったことは何度かあるけどね」

「いや、あるの!?」


 テラという人物を見て、わかってきたことがある。


 この男は、こちらよりも前提知識や常識観念が根こそぎ異なる為か、互いに「当たり前のコミュニケーション」を測ると食い違いやすい。

 その為、此方が彼の言葉やそのニュアンスを厳密に追及しないと、円滑な応答が出来るのは先になるだろう。


「ただ遠くから眺めただけで、実際に色々と見て回った訳ではないんだ」

「い、行ったんじゃないのね……じゃあさ、その時は何を見たの?」

「なに、といってもね。普通に森が広がっていて、小さな洞窟があったけど」

「普通じゃん。……いやけど洞窟か、もしかしてそれが…………」

「いや待って、確か――――」


 そうやって、目的地に対して考察をしていると、後ろから情けない声が聞こえてくる。


「ちょ、二人とも…………」

「あ、屋内っ娘インドアっこが……」

「メディスがかい?」

「さっきから、どんだけ歩いてると思ってんのよ。いい加減……休憩…………してよ……ね」

 

 思い返すと、校外学習の時においても遠方の山岳地帯を長時間歩いて、へばったメディスを介抱した事があった。

 


「わかった、わかった。じゃあテラ、悪いけど…………」

「うむ、わかった」


 テラに再び見張りを頼んで、開けた場所で二人は休憩を取る。

 幸い、先ほどの泉で水は確保したので、水分補給は十分にとれる。

 ただ、純粋に体力的な問題で、ここから先は厳しい道行になりそうである。


「まったく、本当に踏んだり蹴ったりよ」

「まあまあ、メディスが付いて来てくれるから、私も頑張れるんだよ」

「んー、まったくこの娘は~」


 エレノアの髪をわしゃわしゃと、メディスが撫でまわす。


 それにしても、この調子で行くと目的地まであと一日以上はかかるのではないか、とすら考える。


「やっぱさ、地上併走駆動機装ロード・バイクでも持ってくれば良かったかな?」

「それが出来たら苦労しないわよ。確かに、あれなら長距離の移動が楽だけど、燃費が悪すぎてすぐに燃料尽きるわよ」

「そっかー」

「おまけに、こんな森の中じゃ、燃料の交換もままならないしね」

「うーん、なんか良い方法、ないかなー」


 考えてみれば、(仲間がいるとはいえ)単独でこうして長旅に駆り出すことは初めてであった。

 大人の保障の上で帰路が約束された旅しか経験してなかったのは、こうして遮る物も頼りになる物も無い"自由さ"の、ある種の恐ろしさを二人に憶えさせる。


「はぁ、まったく…………」

「ま、テラが一緒ならなんとかなるっしょ」

「どうかなぁ」


 テラのことは、信用している。

 だが同時に、その謎だらけの生態に対して、色々と疑問や不信感も抱いている。

 色々な不安を抱えながら、エレノアは天上を茫と眺める。

 そよ風で枝葉が揺れ、木漏れ日が波紋のように煌めく。


「ああ、しんど」

「ありゃま、エレノアになっちゃった」

「だってさーーーーー」








 しかし、状況は急に動き出した。


「エレノア、メディス!」

「テラ?」

「すぐにこの場を離れるんだ」

「まだ5分も落ち着けてないんだけど!?」



 突如、遠くから唸り声が聞こえた。

 しかも、一つの方向からではない。

 複数の向きから、こちらを狙う低い声が響いて来る。


「ちょっと待って、これって!」

「なに姫、これは何!?」

「もうすでに、彼らの射程内に入ってしまったらしいね」

「そう来たか……!」


 何かが、此方を狙っている。

 エレノアとテラは、その正体に概ね見当がついている。

 エレノアは、矢庭やにわ星霊短刃エーテルダガーを取り出して構える。


「これって……」

「影狼たちだ。この森の中でも、かなり危険な存在だよ」

「ふ、フレ・ゲリってなに!?」


 小さく緊張した声で、メディスが驚きの台詞を発する。

 


 影狼〈フレ・ゲリ〉。

 国が「特定指定危険生物」に指定する、凶悪な獣。

 影や暗闇と同化することで、獲物に姿を視認されることなく、確実に息の根を止めるという。

 更に、群れによる統率された行動で、確実に獲物を追い込むのだという。

 実際に、辺境の方では「影狼に家畜が襲われた」という被害報告が上がっている。


「それで、エレノア、テラ。何か対策とかはないの?」

「今考えてるわよ。テラ、なんかないの?」

「今の彼らは、完全にに入っている。そんな相手に説得なんて、ほとんど意味が居ないよ」

「だよね、ならやっぱり―――――」

「嗚呼、彼等には悪いけど。先人達に言わせてもらうと、と行こうか」


 すると、影狼の一体が、暗闇から飛びかかってきた。

 最初の標的はエレノアで、その身を大きな口と牙で嚙みちぎろうとしてきた。


「させるか!」


 そこに、エーテルによる銃弾が命中する。

 遠距離からの攻撃に怯んで、フレ・ゲリは一度姿を消す。

 どうやら、メディスが持参していた星霊弾銃エーテル・ガンによる攻撃であった。

 メディスは鋭角なので、この手の視覚に頼らない戦闘には長けている。



「取り敢えず、私が牽制して時間を稼ぐから、二人は作戦を考えてて!」

「了解!」


 メディスの銃は貫通性が弱いが、連射性が高い。連続攻撃によってフレ・ゲリをこちらに寄せ付けない戦法である。

 運動の苦手なメディスなりの護身手段であり、それ故に決定打は無い。


 そうしてメディスが牽制する間、すかさず狼達の後方に回り込んだエレノアが、短剣で次々と斬りつけていった。

 エレノア自身、学院の学術以上に何の役にも立たない戦術面に力を入れるスタンスに疑問を抱いていたが、今この場面に立って漸くソレを良かったと感じた。


 軽快な立ち回りで狼の反撃を躱しながら立ち回る。

 しかし実戦経験は無いに等しいため、慣れない動きで体勢を崩してしまう。



「しまっ————」



 その隙を狼は逃さず、エレノアに飛び掛かる。

 その反撃を一度、テラが身代わりに受け止めた。

 テラの腕の肉に、狼の牙が食い込んだ。

 それを振り払うも、見るからにテラの腕は深刻な損傷を負ってしまった。


「て―――――、テラ!」


 

 次第に、メディスの防衛線も狭まっていくのが見えた。


「も、もう無理かも……!」

「メディス!」


 諦めたくない、こんなところで終わりたくない。

 

 しかし、今の自分に何が出来る?


 結局、自分一人では何も出来ないのだと、何も成し遂げられないのだと。


 エレノアは、最後の最後に弱音を吐いた。




 ―――――やっぱ、ダメなのかな。














「―――――フォス・ランプシィ(光よ、照らせ)」




 眩い閃光が、辺り一体を照らした。

 自分やテラたちではない、誰かが「兆し」を示してくれた。

 思わず目を閉じるテラとメディスだったが、オクリュスであるエレノアには、それが絶えられた。

 そして、一瞬の隙を決して見逃さなかった。


「はっ――――、今だ!」

「――――――グワラァ、アアアアア!」

「うりゃあぁーーー!」


 エレノアは知っていた。

 フレ・ゲリは、


 そして、無我夢中で自身の持つ星霊短刃エーテル・ダガーで、ボスの片目を切り裂いた。

 命のやり取りだ、恨むならとことん恨めと、エレノアは思った。

 そのかいあってか、フレ・ゲリ達の動きが収まっていく。


「「――――――ガルラゥウウウウウ――――」」

「よし、今のうちに!」


 エレノアが二人に対して「逃げよう」と言おうとした瞬間だった。




 

「―――――鎮まれ」





 圧力の掛かった低い声が、辺り一帯に響き渡った。

 そして、そこには大怪我を負ったはずのテラが、圧倒的な威圧感を放って立っていた。

 まるで、この森における『頂点』を彷彿とさせる姿だった。


「―――――そこまでだ。これ以上は、キミたちも無事では済まないだろう」

「ウル、グルルルルゥ―――――――!」

「だから、この場は引くんだ」


 あの時と一緒だ。

 エレノアが彼と再会した時、ルドリオギスを追い払った時と。

 この者には、生物として圧倒的に強力な「何か」が宿っていて、他の生物はそれを瞬時に察知できるのだろう。

 ただ、それが一体何なのかは、エレノア自身もわからない。

 そうして、フレ・ゲリたちは、森の奥へと姿を晦ましていった。

 

「テラ、貴方って一体―――――」


 情報が追い付かない。

 そうやって固まるエレノアに対して、テラはフォローを入れる。


「おや、驚かせてしまったようだね」

「いやいや、そんなもんじゃないわよ。今のってまさか、星霊術式エーテル・スペル?」

「いや、ボクのこれは、その技術とは全く異なるものさ」

「何なのよ、それ…………」


 動揺するエレノアと、疑問を投げつけるメディス。

 そして、絶妙に微妙な回答をして、誤魔化し続けるテラ。

 その際、エレノアは確信した。


(――テラ。彼はきっと、人類わたしたちを越えた何かだ―――――)





 だが、エレノアの困惑は、それだけではなかった。

 あの状況下において、不自然にして必然的なあの閃光、あれは一体何なのか。

 それについて考えようとした、その時だった。


「さあ、そろそろ出てきたらどうだい?」

「「え?」」

「ずっと、ボクたちを付けていたんだろ? 








「おや、やはり見抜かれていましたか」

「こうして直接会うのは初めて、かな? やはりに似て美人だ」

「まあ、お婆様のことまでご存じでいらっしゃるとは、流石です」

「彼女とは、何度か直接会っていたからね」


 目の前にいる、金髪の美しい女性。

 種族は見紛うこともなく妖耳、しかもこの雰囲気はおそらく。


「え、えーっと」

「初めまして、さん。そして、さん」

「あ、どうも。初めまして」

「え、アタシらのこと、知ってんの?」

「ええ、二人のお噂は兼ねがね。それに先ほど彼が申し上げた通り、ずっと後を付けておりましたので」

「え、そうなの!?」


 あからさまに驚くメディスに対し、無意識に警戒するエレノア。

 一体、彼女は何者なんだろう。

 そして、テラとどういう繋がりがあるのだろうと、必死になって考える。


「申し遅れました―――――。わたくしはオフィリア・ヴァレーヌ」







―――――この地を、『貴方』を観測してきた者です

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