第一章 第6話(終)

……真っ暗な中で目が覚めた。夜か? いや俺カーマに包まれて、なんか転がって落ちて。


思い出そうとしても意識があいまいなんでとにかくこの包まれ状態をどうにかしなけりゃ、と俺は必死に結び目を解いて出ることができた。

すげえ、あいつの着てた服って全く水を通さなかった!

んで、奴にお礼言わなきゃな、と思って見渡したんだけど……


倒れてた。


おそらく俺と一緒に滝から落ちて、ずーっと流されたのかなって。

びしょ濡れの身体をどうにか拭いたけど、うつ伏せのままなカーマは一向に起きる感じがしない。起きろオイ、お前が俺を救ってくれたんだからな、ありがとうって言えないだろ!

ぐいぐい背中を押すと、ゆっくり目を開けてくれた。だけどか細い息だ……

「……大丈夫、だった……かい?」

「おう、おかげで全く濡れなかったぞ、んでこれからどうす……」


だけど、あいつの目には俺は見えてないっぽい。

しばらくしてゆっくりと、それもほんと小さな声で。

にっこりした顔で。


「よかった……」


カーマはそれっきり、何も言ってくれなかった。


⭐︎⭐︎⭐︎


どこまで流されたのか俺にも分からない、そんな場所。

まずは……そう。カーマの身体を埋めなくっちゃな。

いや、なんだろう。胸の奥にぽっかり穴が空いちまったような、そんな無気力感に身体が包まれていたんだ。

前足で土を深く掘り、胸で手を組んだカーマの身体を放り込んだ。

さて、幸いにもあいつが背負ってた荷物も全部無事だし、こいつも一緒に入れちまおうか。

この姿じゃちょっと本を持たないから、俺はシェイプシフターの能力で、カーマの姿になることとした。大丈夫、本人はもう死んでるし。


自在に動く手の指で、袋の中にぎっしり詰まっていた本をパラパラと。まあどうせ読めはしな……い……


なんだこれ、読めるし。それに難しい言葉はさっぱりだが、ちゃんと頭の中へと入る!

うわワケ分かんねえ! 今まで変身はできても頭まではいつもの俺のまんまだったのに!

文字の書き方、魔法の使い方、剣の使い方までさまざまな本があった。そして最後、袋の一番下でくしゃくしゃになっていた一枚の紙。


ー推薦状

我が村のカーマをエイプラン孤児院兼冒険者養成学校の先生として任命したく。よろしくお願いいたします。


彼は幼くして両親を亡くした身。こう話すのも失礼かも知れないが、子供たちの心にきっと寄り添えるのではないかと思っています。

祖父エルデの書庫にある大量の書物を寝る間も惜しんで読み続けたので、学校は行っていないが誰にも負けない知識はあると自負しておりました。


良い返事を期待しております。


村長ナールハルト ー


読めた。頭にも入った。まじめに先生目指してたのか。

だけどもう、こいつは死んじまって……

いや違うだろ! こいつは、カーマは俺を助けるために死んだんだ。

俺はモンスターだってのに、川でさっさと振り返らずに逃げれば済むはずだったのに。わざわざ俺を……


「できるか、俺に?」

つい無意識にそんな言葉が口から出たんだ。

俺がこいつの代わりにエイプランに行って、先生とやらになればうまく納まるんじゃないのか?

それに、ここから出る目的だって果たせられる。うっとうしいガステラルにも住処を荒らされなくて済むんだ!


「おーい!」


遠くから人間の声が聞こえた。ってことは相当な距離を流されたことになるのか。

どうする俺。すぐに逃げるか、それともこのままカーマの姿で……


「あの……」

「突然後ろから肩を叩かれてビクッとした。人間の女だ。

弓矢を背負い、簡単な作りの鎧を胸につけている。つまりは冒険者か。

「こんな真夜中に一人で、なにか事情あったとかですか?」

いや事情もなにもそんな、ヤバい、どう答えていいんだ、舌がもつれる、頭が混乱する!


「ああああの、モンスターにおお襲われて服とかとと取られてしまって!」

そうだ、よくよく考えたら俺は全裸だった。幸いにもカーマの長くて厚手のコートだか上着を羽織ってるだけで。


「もしよかったら、私たちの馬車で近くまで送りましょうか?」

「エイプラン……は、どこ?」

⭐︎⭐︎⭐︎

コートと荷物だけ引っ提げて、俺は人間の馬車に乗ってエイプランまで連れてってもらうことになった。


「よかったな、俺たちもエイプランまで行ってモンスターから採った毛皮をカネに換えてもらうところだったんだ。ガハハ!」

屈強な身体付きの剣士……おそらくこのパーティのリーダーだろう。豪快な笑い声だ。


馬車は俺の駆け足よりも早かった。あっという間にカーマを埋めた大木が遠ざかって、小さくなって……


「そういえばまだ名前聞いてなかったですね」

さっき俺に話しかけてくれた弓矢の女だ。


つーか名前……名前って?

「な、名前は……サーマ……です」


あいつの名前をそのまま名乗ろうとして、思いっきり舌がもつれちまった。なんなんだサーマってオイ!

「サーマ、お前なんで泣いてるんだ?」


リーダーに不思議そうな顔で言われた。俺の両目からぼろぼろと大量に水が染み出てきてるんだ。けど俺の顔は溶けちゃいない、変な水だ。


だけど、泣いてる……ってなんだ?


こうして俺はエイプランの学校に就くこととなり、ガキどもから「せんせー」として振り回されたり、逆に振り回したりと、とにかく今までとは違った新しい日々を生きることとなった。


自分の命をかけてまで、俺の生命を救ってくれたカーマに報いるためにな。


ここから先は、また別の機会……でいいか?

続き、語らなけりゃダメか?


第一章 終わり

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