第3話

思い出した! 俺は確か旅に出ようとしてたんだ。


ある日、ガステラルのデカブツ連中が高原のはずれにある俺の寝床をボコボコに踏み蹴散らして行きやがって「なんだ、まだこんな場所で小蝿みたいに這いつくばってるのか」って捨て台詞吐いてまたどっかに消えやがった。

ところがこの一回だけじゃない。二度も三度もだ。奴らストレスでも溜まってるのか? もう少しでペシャンコになるかと思ったぞ。


「じゃあさ、出れば?」

ある日のこと、ガステラルのいない合間を縫って話し友達のパッケが俺の元へと来たんだ。

まるまる太ったこのモンスターは、転がって移動するというちょっと変わった移動の仕方をする。かわいいから俺はいつも蹴り転がしてるんだけどな。


「出るって、どこへだ?」

よくよく考えてみたら俺はここから出たことがなかったんだ。

不思議だよな、見渡す限りの野っ原で風は気持ちよく暖かくって、たくさん咲いている花はいい匂いをいつもさせている。これは一度も変化したことがない。

たまにずっと遠くから来た人間どもと会うくらいだな。近くに鬱蒼とした森はあるんだけど、流石に俺も怖くって中に入ったことはない。

そんな場所から人間はやってくるんだ。それと洞窟の奥から突然やってくる時もあるし。


「うん、だから洞窟をずっと進んでいくんだ」

「お前は行ったことあんのか?」

パッケは「ないよ」って首だか胴体だか分からない、つまり頭を左右にぶんぶん振るだけ。そんな無計画なことはやりたくない。つまりここにずっといるしかないんだ俺は。


「アイツらが隅から隅まで荒らしてきたら?」

もう無理、考えたくもねえし。だからとっとと俺は寝た。片方の目だけ開けた状態でな。


そんな星降る真夜中だった。カーマが森の奥からフラフラとやってきたのは。

普通、人間は一人でこんな場所へは来ない。さっきも話した通りパーティっていう集まりで来るんだ。大体5人くらいか。

しかもそのパーティは基本的に食い物やら武器やら雨風を凌げる小さな屋根とかたくさん背負ってやってくるのに、カーマは手ぶらだった。

服と……手には分厚い板みたいなのを持っている。ありゃ確か「本」って名前だっけか。僧侶とか魔法使いが勉強したり魔法を出したりする時に読んでたのを見た記憶がある。


本来なら俺は吠えて脅すなり本人の姿に化けてからかったりして遊ぶんだが、その日……いや、その夜は違ってた。

なんていうか、この人間。カーマのことがすごく気になっちまって。目が離せなかったんだ。

幸いにも俺はある程度人間の言葉は分かる。だから……

「おい、人間」って背後からまず一言。


「……え?」カーマのやつは灯りすら持ち合わせていなかった。暗い森の中、わずかに差し込む月明かりだけが頼りだ。

「だだ、誰かいるのかい? ひょっとして近くに村があるとか?」

カーマの足取りがいきなり早くなってきた。やめろ! こんな暗い場所でフラフラ動き回るのなんて命取りだ!


案の定もう10歩くらい進んだところにはちょっとした崖が。俺は別に落ちても平気だが、この人間なら即死な高さだろう。

だが別にそんなことはどうだっていい。こんな辺鄙な場所に1人で迷い込んだ人間の方が悪いんだからな、勝手に落ちて死んでろ。


……と、最初は俺もそう思ってた。こいつが死のうが生きて帰ろうがどっちでもかまわねえし、今後の俺の行先にも一切支障のない存在だしな。


……でも、なんかアイツが頼りなくオロオロ彷徨ってる姿を目にしてると、すっげえ俺の方が心配になってきたんだ。

なんでだ? おかしくねえか? こんな取るに足らない存在にいちいち反応示す俺がバカじゃねーかと思えてきたし。

けどそんなことを思う間に、俺の足が前へと一歩、無意識のうちに踏み出していたんだ。


それも、カーマの目の前で。


「えええ⁉︎ ブルーウルフ? それともフォックス……ってなんで?」

なんでって聞きたいのは俺の方だ!

そう答えたかったけど遅かった。アイツは見事に足を踏み外して……


いや、 完全に落ちる寸前だった。俺はとっさにアイツの片方の服の袖に食らいついてたんだ。

「う、うわ……やっぱりブルーウルフ!」

バカかこいつ? 俺が引っ張ってなけりゃ死ぬところだったんだぞ!

そんな危険な状況なのにもかかわらずすっげえ能天気にしてお気楽なこと言ってるし。

思いっきりふんっと引き上げて、カーマは転落死を免れることができた。


「ああああありがとう! 命の恩人……いや、狼かな」


俺とカーマの目が合った瞬間だった。

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