第23話 ある冒険者の不運
Aランク冒険者ロックは巨木の幹の陰で自分の右手を見つめていた。
人差し指と中指に三つずつ、合計六つの指輪がはまっている。
「悪くない戦果だな」
ロックの唇の両端が吊り上がる。
――俺のスキル【隠密】と【速度強化】は奇襲攻撃と相性がいい。このタイプの試験なら、圧倒的に有利だ。
「残り四つか。まあ、弱い奴を狙えば、なんとかなるだろう」
その時、数十メートル先の茂みから微かな音がした。
ロックは呼吸を止め、唇を強く結んだ。
数秒後、長い黒髪の少年が姿を見せた。
――ちっ、七人神のファルムか。
ロックは奥歯を強く噛む。
――あいつを倒せば、即合格だが、当然、その選択はなしだ。奇襲しても七人神に勝てるとは思えないからな。
ファルムは軽やかな足取りで木々の間をすり抜ける。
その足が、茂みの前で止まる。
「……んんっ?」
ファルムはロックが隠れている巨木を見つめる。
「誰かいるね」
「……」
「無駄だよ。何かのスキルを使ってるみたいだけど、僕の【気配察知】のスキルのほうが上みたいだ」
「……くそっ!」
――気づかれたか。さすが七人神だ。
ロックは一気に走り出した。茂みを飛び越え、急な斜面を駆け下りる。
――こうなったら、一か八かやってやる。ファルムは油断してるはずだ。逃げている俺が攻撃してくるとは考えないはず。
呪文を唱えながら、ロックはファルムの位置を確認する。
「……お前と戦うつもりはねーよ!」
ロックとファルムの間に炎の壁が現れる。
同時にロックは逃げる方向を変えた。炎の壁に沿って走り、木の陰に隠れる。
――どうせ、【気配察知】で俺の位置はバレる。だが、一瞬でいいんだ。一瞬の隙をつければ……。
炎の壁が消えると、ロックの視界にファルムの姿が入った。
ロックは低い姿勢でファルムに突っ込んだ。ファルムはロックに気づき、漆黒の短剣を腰につけたホルダーから引き抜く。
「遅ぇよ!」
ロックは右足で強く地面を蹴って、短剣を突き出した。銀色の刃がファルムのノドに刺さる寸前――。
ファルムは黒い腕輪で短剣の刃を受けた。
甲高い金属音がして、銀色の刃が欠ける。
「あ……くっ!」
ロックは唇を歪めて、ファルムから距離を取る。
「残念だったね」
ファルムは首をかくりと曲げて笑った。
「この腕輪……レア素材のガリム鋼でできてるんだ。大抵の武器はこれで防げるよ」
「ちっ! 腕輪を盾のように使いやがって。バケモノめっ!」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
ファルムは笑顔でロックに近づく。
「くそっ!」
ロックは新たな短剣を手に取り、真横に振った。
その瞬間、正面にいたファルムの姿が消え、ロックの左側に移動していた。
反応が遅れたロックの腕にファルムの短剣が刺さる。
「があっ……」
ロックは唇を強く噛み、ファルムに背を向ける。
――ダメだ。やっぱりこいつには勝てない。なんとか逃げるしか……あ……。
いつの間にか、ロックの周囲に無数の黒い糸が張られていた。糸は木の枝や幹と繋がっていて、ロックの逃げ道を塞いでいる。
「もう逃げられないよ」
ファルムが両手を胸元で交差させるように動かした。黒い腕輪から糸が出て、ロックの体に巻き付く。ロックはバランスを崩して地面に横倒しになった。
「悪いね。あんまり時間をかけられないんだ」
ファルムはだらりと両腕を下げたまま、ロックに近づく。
「まだ七人しか倒してないしね。全員不合格にするには時間が足りないんだ」
「全員不合格だと?」
「うん。本当は適当にやるつもりだったんだけど、七人神の強さをわかってない奴がいるみたいだからね」
ファルムの黒い瞳が妖しく輝いた。
「七人神は冒険者の頂点に立つ至高の七人だ。天才が集まるSランクの中でも別格の存在なんだよ。それを君たちAランクの冒険者に教えてあげるよ」
狂気を感じるファルムの笑みを見て、ロックの顔が蒼白になった。
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