第20話 人造ダンジョン

 マブルの町の北東にある森の中に、百人以上の冒険者たちが集まっていた。

 種族、年齢はばらばらだったが、全員がAランクの証である銀色のプレートをベルトや服につけている。


 今回の試験の参加者だろうな。


 俺はAランクの冒険者たちを観察する。


 当たり前だけど、みんな強そうだ。武器や防具も高そうなのが多いし。


 視線を動かすと、巨大な箱のような白い建物が見える。建物には窓はなく、大きな扉だけがついていた。


 あそこが人造ダンジョンの入り口か……。


「今、緊急で動画を回しているのにゃ」


 隣にいたうにゃ子が突然喋り出した。


「にゃんと、名誉うにゃPでうにゃ子の親友の秋斗がSランクの試験を受けることになったのにゃ」

「おいっ! 何やってるんだ?」

「【動画モード】で配信してるのにゃ。戦闘動画ばっかりじゃ、飽きがくるからにゃ」


 うにゃ子が俺の肩をポンと叩く。


「秋斗は頑張ってSランクになるのにゃ。そして、ラストはうにゃ子の新曲『猫肉定食ご飯大盛り』を歌って、感動のエンディングを迎えるにゃ」

「そのタイトルの曲で感動できるとは思えないがな」


 俺はふっと息を吐いて頭をかく。


「で、中までついてくる気かよ?」

「アドレーヌに頼んで、人造ダンジョンの中に入れるようにしてもらったのにゃ。さすが、貴族様なのにゃ」

「……まあ、いいけどさ。あんまり変な行動はするなよ。俺は目立ちたくないんだから」

「安心するにゃ。うにゃ子は空気が読める女にゃ」


 うにゃ子は右手の親指を立てて、にっと笑った。


 「おいっ、月見秋斗がいるぞ!」


 近くにいた冒険者が俺を指さした。

 その声に反応して、多くの冒険者たちが俺に視線を向ける。


「あいつが特例で昇級試験を受ける月見秋斗か」

「みたいだな。Dランクの冒険者を参加させるとは特例すぎるだろ」

「ああ。Sランクの昇級試験は、ただの試験じゃねぇ。最強のランクに入るための真剣勝負だ。それなのにこんな奴が参加するとは」

「いや。実績からすれば問題ないだろう。月見秋斗は十三魔将のザルドールを倒したんだ。それにデスドラゴンもな」

「ドラゴンなら俺だって倒してるぜ。Aランクの冒険者なら、別に珍しくないだろ」

「だが、十三魔将はSランクでも倒した奴はいなかった」

「それは……そうだが……」

「ふん。俺だって十三魔将と戦う機会があれば、殺してたさ。魔族を殺す技はいくらでもあるしな」

「まあ、どうでもいいことだ。どうせ、Sランクになれるのは、数人ってところだろう。月見秋斗の実力がなければ、すぐに失格になるさ」

「……そうだな」


 こいつら、敵意バリバリだな。


 俺の頬がぴくぴくと動く。


 こっちは適当なところでリタイアするつもりなのに。


「ふっふっふっ」


 うにゃ子が不敵な笑みを浮かべて、冒険者たちを見回す。


「秋斗の強さは異次元公務員のお墨付きだからにゃ。負けるわけがないのにゃ」


 人違いだから、お墨付きじゃないけどな。


 俺とうにゃ子は他の冒険者といっしょに箱のような建物の中に入った。

 建物の中はがらんとしていて、中央に巨大な穴があった。どうやら、そこが人造ダンジョンの入り口らしい。


「お待たせしました」


 冒険者ギルドの職員らしき女が口を開いた。


「ただいまより、Sランクの昇級試験の説明を始めます」


 その言葉を聞いて、周囲にいた冒険者たちの顔が引き締まる。


「今回の試験を担当するのは、七人神のリロタン様です」


 並んでいた職員たちの背後から、七歳ぐらいの女の子が姿を見せた。

 女の子……リロタンは紫色の髪を腰まで伸ばしていて、黒いワンピースのような服を着ていた。肌は色白で瞳は紫色に輝いている。


 あんな小さな女の子が七人神なのか? 全く強そうに見えないな。


 リロタンは薄く整った唇を開いた。


「……ふむ。百十三人か。予定より多いが問題はない。では、今回の試験の説明をするぞ」


 リロタンの背後に半透明の板が具現化した。

 その板に、人造ダンジョンの地図が表示されている。


「お前たちには、人造ダンジョンの中で指輪の奪い合いをしてもらう」


 リロタンは銀色の指輪を俺たちに見せた。


「最初にこの指輪を全員に二つずつ渡す。相手に勝ったら、指輪を一つ受け取り、負ければ、指輪を一つ渡す。そうやって戦い続け、試験終了日の三日後に指輪を十個持っていれば合格となる」

「速攻で指輪を十個集めてもダメってことか?」


 背の高い冒険者がリロタンに質問した。


「そうじゃ。仮に一日目で十個の指輪を集めても、他の冒険者と戦って負ければ、指輪は減る。最終日まで十個の指輪を持っておくことが合格の条件になる」

「最初に二回負けて、指輪がなくなった者はどうなる?」

「指輪がなくなった者はその時点で失格になる。わかりやすいルールじゃろ」


「なるほどな」


 周囲にいた冒険者たちの声が俺の耳に届いた。


「たしかに難しいルールじゃない。八回連続で戦って隠れていればいいってことか」

「八連続で勝てたらな。もし、負ければ、戦う数は増えるぞ。それどころか、最初に二連敗したら、それで試験終了だ」

「となると、強い奴と戦うのは避けたほうがいいか。勝てたとしても、そこでケガをしたら、次の戦いで不利になるしな」

「ああ。だが、いつもの試験よりは楽かもしれないぞ。指輪の数は200個以上あるから、合格者の数が十人以上になってもおかしくない」

「残念じゃが、そうはならん」


 リロタンが言った。


「指輪の奪い合いだけではなく、一日ごとに課題を与えるからな。その課題をクリアできなかった者も失格になる。ちなみに一つ目の課題は、最初にお前たちを転移させる森林エリアからの脱出じゃ」


 半透明の板に広大な森が表示された。


「森林エリアの中に特別な扉をいくつか設置してある。その扉から、次のステージである別のエリアに進めば課題クリアじゃ。もし、二十四時間が経過しても、森林エリアにいる者は指輪を十個持っていても失格となる」


 ルールは分かりやすいな。


 俺は口元に手を当てる。


 扉を探さないといけないってことは、森林エリアを動き回ることになる。指輪を十個手に入れても、どこかに隠れておく作戦は使えないか。


「それと、もう一つ」


 リロタンが人差し指を立てた。


「今回の試験には、もう一人参加者がいる。その者に倒されたら、何個指輪を持っていても失格になる」

「参加者って誰だ?」


 冒険者の声が俺の背後から聞こえた。


「参加者は……」

「僕だよ」


 柱の陰から、長い黒髪の少年が現れた。

 少年は黒い服を着ていて、ブーツの色も黒だった。手足は細く、華奢な体格をしている。

 両方の手首には黒い腕輪をつけていて、肌は病的に白かった。


「一応、自己紹介しておくね。Sランク序列七位、七人神のファルムだよ」


 中性的な声がファルムの口から漏れた。


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