第15話 アドレーヌ

  三日後、俺はマブルの町の中央にあるフィネル公爵の屋敷に呼び出された。


 メイドに案内された部屋は二十畳ぐらいの広さで、窓際に十二歳ぐらいの金髪の女の子が立っていた。

 女の子は白いドレスを着ていて、髪を腰まで伸ばしている。瞳は青色で肌は白かった。


 メイドが部屋から出ていくと、女の子は小さな唇を開く。


「初めまして。私はフィネル公爵第三夫人の娘アドレーヌです。王都にいる父の代理としてマブルの町を治めています」


 女の子――アドレーヌは丁寧に頭を下げた。


 父の代理って、小学生みたいな子が町を治める仕事をしてるのか。貴族だとしても、珍しい気がするな。


「まずは、これを受け取ってください」


 アドレーヌは俺に革袋を手渡す。


「十三魔将ザルドールを倒した報酬です。大金貨五十枚入っています」

「大金貨五十枚っ?」


 俺は大きく口を開けて、受け取った革袋を凝視する。


「ザルドールにも賞金が懸かっていたのか? いや、いたんですか?」

「いいえ。でも、マブルの町を狙う十三魔将を倒したのですから、報酬を渡すのは当然のことです」

「それは……ありがとうございます」


 俺は自分より三十センチ以上背が低いアドレーヌに頭を下げた。


 大金貨五十枚って、日本円だと五千万円ぐらいだぞ。それを一日で稼いだってことか。


 まさか、高校生の俺がこんなに稼げるなんて。冒険者の仕事は危険だけど、一攫千金の夢があるな。


「ところで、秋斗さん」


 アドレーヌが俺の手を両手で握って、顔を近づけた。


「……やっぱり、秋斗さんは強いスキルを持っているようですね」

「えっ? やっぱり?」

「はい。実は私、上位スキルの【鑑定】を持ってるんです。こうやって、触れている相手の能力がわかるスキルなんですが、秋斗さんのスキルは黒いもやがかかったように見ることができません。この現象は【鑑定】より上位のスキルを調べた時に起こる現象です。つまり、秋斗さんはすごく強いスキルを持っている……」


 アドレーヌは青い瞳で俺を見つめる。


「秋斗さん。あなたは魔王を倒すと言ったそうですね」

「あ、あーっ。そんなことも……言ったかな?」

「はい。多くの冒険者が秋斗さんの言葉を聞いています」


 アドレーヌはにっこりと笑った。


「人族を守るために魔王ヴァルザスと戦うなんて、勇気と正義の心を持つ人物でないとできない宣言でしょう」

「いっ、いや、すぐに戦うつもりはないから」


 俺はバタバタと両手を左右に振った。


「相手は魔王なんだから、しっかりと準備するべきだし」

「たしかにその通りです。人族の未来を決める戦いですから」


 アドレーヌは真剣な表情を浮かべる。


「やはり、秋斗さんで間違いありません」

「んっ? 何がですか?」

「秋斗さん……いえ、秋斗様こそ、私が尽くすべき勇者だと」

「ゆっ、勇者?」

「はい。秋斗様は魔王ヴァルザスを倒して、勇者になるお方です」


 アドレーヌは祈るように胸元で両手を合わせた。


「私は子供で弱く、秋斗様の隣で戦うことはできません。でも、裏方として魔王討伐をサポートすることはできます」

「裏方って、何をするんですか?」

「秋斗様が規格外の強さだとしても、独りで戦うのは無謀です。魔王ヴァルザスは西の果ての魔王城にいますし、魔王の領地には無数のモンスターと魔族がいます。ならば、強い仲間が必要でしょう」

「強い仲間……ですか」

「はい。その仲間を私に捜させてください」

「いや、それは……んっ?」


 俺は口元に手を寄せて考えた。


 まてよ。そいつらが魔王を倒してくれれば、俺は戦わなくてすむのか。それは有り難いことではあるな。


「とにかく、私にまかせてください。秋斗様の家のことも」

「俺の家?」

「はい。フィネル家が所有する屋敷の一つを使ってください。もちろん家賃は無料です」

「えっ? いいんですか?」

「フィネル家としても、未来の勇者を支援したことは大きな名誉になりますから」


 そう言って、アドレーヌは大人びた笑みを浮かべた。


 ◇ ◇ ◇


 次の日、俺はマブルの町の西地区にある屋敷に向かった。

 屋敷は三階建てで、二十以上の窓がある。


「マジかよ。元の世界の俺の家より十倍以上デカいぞ」


 俺は口を半開きにして、屋敷を見回す。


 こんなに大きな屋敷を家賃なしで借りられるのか。

 やっぱり、貴族ってすごいんだな。


 玄関の扉が開いて、黒いメイド服を着た少女が姿を見せた。

 少女は十代半ばぐらいで、黒髪を二つ結びにしていた。胸元には赤いリボンをつけていて、黒い靴を履いている。


「秋斗様ですね?」


 少女は薄く整った唇を開いた。


「えーと、君は?」

「私はこの屋敷の管理人兼メイドのネアです」


 少女……ネアはスカートの裾を両手で持ち上げ、軽く片膝を曲げる。

「十三魔将を倒した秋斗様に仕えることができて光栄です。何なりとお申しつけください」

「何なりとって、飯とか作ってもらえるってこと?

「もちろんです。食事も掃除も洗濯もおまかせください。それに敵の排除も」

「えっ? 戦えるってこと?」

「ほどほどの相手ならば」


 ネアの口角が吊り上がった。


「私はCランクの冒険者程度の戦闘力があるとご理解ください」

「Cランクって、相当強いじゃないか」

「ええ。前にアドレーヌ様のお屋敷に侵入した三人の盗賊を全員捕らえたこともあります。ですから、秋斗様がこの屋敷の中にいる間は安心して、おくつろぎください」

「それは助かるな。家の中でぐらい、ゆったり過ごしたいし」


 俺はネアといっしょに屋敷の中に入る。


「遅かったにゃ」


 目の前に胸元で腕を組んだうにゃ子が立っていた。


「おいっ! 何でうにゃ子がいるんだ?」

「アドレーヌからお願いされたのにゃ。秋斗の仲間になって、魔王を倒してほしいって」

「強い仲間ってお前かよ!」

「うむにゃ。うにゃ子はどんどん強くなってるからにゃ。投げスキルで新しい戦闘スキルももらえたし」

「何のスキルだ?」

「【ランダム召喚】にゃ。これで一日に一回、ランダムなモンスターを召喚できるのにゃ。強いモンスターを召喚できれば、うにゃ子が何もしなくても戦闘に勝てるのにゃ」

「たしかにそれは強いスキルかもしれないな。ドラゴンやフェンリルを召喚できたら、絶対強いだろうし」


 俺はうにゃ子を見つめる。


 こいつは【動画モード】ってスキルも持ってるし、どんどんスキルを増やせば、魔王を倒せるぐらい強くなるかもしれない。


 魔王退治はこいつにまかせるのもアリだな。


「で、うにゃ子の部屋はどこにゃ?」

「お前もここに住むのかよ」

「うむにゃ。宿代もただだし、ご飯も三食つくみたいだからにゃ。最高の物件なのにゃ」


 うにゃ子はピンク色の舌で上唇を舐める。


「とりあえず、今夜は魚系の料理が食べたいのにゃ。よろしく頼むにゃ」

「承りました」


 ネアが丁寧に頭を下げた。


「では、早速、市場に買い物……」


 突然、玄関の扉が開いて、十代後半ぐらいの太った男が屋敷に入ってきた。

 男の髪は金色で瞳は青色、白いシャツに灰色のズボンを穿いていた。


 ん? こいつは誰だ?


「アドレーヌ様の兄のダニエル様です」


 ネアが俺に男の名前を教えてくれた。


 アドレーヌのお兄さんか。髪の色と瞳の色は同じだな。でも、ふっくらしてるせいか、顔立ちはだいぶ違うな。


 ダニエルは視線を俺に向けると、結んでいた唇を開いた。


「お前が月見秋斗か?」

「あ、ああ。そうだけど」

「……ふん。異界人は貴族に対する口の利き方がなってないな」


 ダニエルは肩をすくめる。


「まあいい。お前たちはすぐに屋敷から出ていけ。ここは俺が使うからな」

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