第16話 ダニエル
「ダニエル様」
ネアが驚いた顔でダニエルに歩み寄る。
「この屋敷はアドレーヌ様が所有しているはずです」
「それは違う。この屋敷の所有者は父であるフィネル公爵だ。アドレーヌは正式な所有者ではない」
ダニエルは唇の端を吊り上げて笑う。
「それに可愛い妹が間違ったことをしているのであれば、兄としてそれを正すべきだと思ってな」
「何が間違っているのでしょうか?」
「その異界人を未来の勇者だと信じていることだ」
ダニエルは俺に視線を動かす。
「こいつが十三魔将のザルドールを倒したのは事実だろう。だが、ザルドールは多くの冒険者と戦っていた。その中にはSランクのリティスもいたそうじゃないか。乱戦の中での実績は信用ならん」
「ですが、秋斗様はデスドラゴンを討伐した実績もあります。その実力はSランクに相当するのではないかと」
「たしかにデスドラゴンを倒したのなら、ほどほど以上に強いだろう。だが、この屋敷に住むには実力が足りんな」
「そんなことはないにゃ!」
俺の隣にいたうにゃ子がピンク色の眉を吊り上げた。
「秋斗の実力はうにゃ子と同じぐらいにゃ。つまり、七人神に匹敵するってことにゃ」
「んっ? お前は誰だ?」
「桃玉うにゃ子にゃ。魔王ヴァルザスを倒すために異界からやってきた最強Vチューラーなのにゃ」
「Vチューラーがよくわからんが、七人神に匹敵するとは大きく出たな」
「事実だからにゃ。うにゃ子は元の世界で、竜王も魔王も魔神も倒したのにゃ」
ゲームの中でだろ。
俺は心の中でうにゃ子に突っ込んだ。
「だから、この屋敷にはうにゃ子たちが住むのにゃ。家賃0円三食つきの物件は渡せないにゃ!」
「ならば、お前たちの力を見せてもらおうか。本当に七人神に匹敵するレベルなら、俺も引き下がってやろう」
「力を見せるって、何をすればいいんだ?」
俺はダニエルに質問した。
「……そうだな。俺の部下と二対二で戦ってもらおうか。それなら、実力がわかる」
「戦うって、殺し合いじゃないよな?」
「運が悪ければ、そうなるかもしれんな。まあ、お前たちが致命傷を負う前に降参すれば、死ぬことはないだろう」
ダニエルは片方の唇の端を吊り上げ、にやりと笑う。
「明日の朝に北の闘技場に来い。アドレーヌといっしょにな」
「闘技場?」
「ああ。せっかくだから、多くの者に見てもらおうではないか。アドレーヌが未来の勇者と信じているお前の本当の実力をな」
そう言うと、ダニエルは俺に背を向けて屋敷から出ていった。
玄関の扉が閉まると、ネアが深くため息をつく。
「申し訳ありません。ダニエル様は嫉妬心が強いお方なんです」
「妹に嫉妬してるってことか?」
「はい。アドレーヌ様は十二歳でありながら、父であるフィネル公爵から認められて、マブルの町を治めています。それがダニエル様は気に入らないのです」
「だから、自分の部下と俺たちを戦わせるのか」
「ええ。秋斗様が負ければ、アドレーヌ様に恥をかかせることになります。アドレーヌ様が実力がない冒険者を未来の勇者と勘違いした、と」
「そういうことか」
俺は腕を組んで考え込む。
俺としては、別に負けてもいいんだが、そうなると、この屋敷に住めなくなるな。
それに俺のことを認めてくれているアドレーヌに迷惑がかかるのも避けたい。
「ネア。俺と戦う相手が誰か知ってるか?」
「一人はメルダでしょう」
ネアは言った。
「メルダはダニエル様の部下の中で一番危険な女です」
「危険? 強いじゃなくて?」
「もちろん、強さもあるのですが、あの女は躊躇なく人を殺します」
ネアは眉間に左右の眉を寄せる。
「前にも同じようなことがありました。ダニエル様は夜会で揉めた貴族と決闘することになって、代理としてメルダを戦わせたんです。相手の貴族はAランクの冒険者を代理にしたのですが、結果はメルダの勝利に終わりました。その冒険者を殺して」
「殺したのか……」
「はい。相手の貴族が負けを認めるのが遅かったせいもありますが、彼女は勝利が確定していた状況でも、相手を殺す攻撃を仕掛けたんです」
「それはたしかに危険だな。Aランク以上の実力があるってことだろうし」
「大丈夫にゃ」
うにゃ子が俺の肩を叩いた。
「うにゃ子と秋斗が組めば最強にゃ。友情パワーで瞬殺にゃ」
「いつ、お前と友達になったんだよ!」
「今日からにゃ。今日から、うにゃ子と秋斗はずっ友にゃ!」
うにゃ子は俺の腕に抱きついた。
「二人で頑張って、マイホームを手に入れるにゃあああ!」
「わかった、わかった。俺だって無料で住める場所があるのは助かるからな」
「お気をつけてください」
ネアが口を開いた。
「秋斗様の実績を知っていても、ダニエル様は勝負を挑んできました。メルダ以外にも、何か作戦があるのかもしれません」
「そう……だな」
俺は結んだ唇に手を寄せた。
俺の能力は時間制限があるから、完全に無敵ってわけじゃない。しかも、相手は相当強いみたいだし、油断はできないぞ。
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