第9話 異世界ショッピング

 その日、俺は魔法戦士のリティスといっしょにマブルの町の中央地区にある武具屋に向かった。


 武具屋は三階建ての大きな建物で、中には多くの冒険者たちがいた。

 冒険者たちは真剣な顔で、棚に並べられた武器や防具をチェックしている。


「リティス様。いらっしゃいませ」


 四十代のスーツ姿の男が慌てた様子でリティスに歩み寄った。


 さすが、Sランク序列十八位だ。顔が知られてるな。


「やあ、店長。今日は秋斗の武器を買いにきたんだ」


 リティスは俺の肩をポンと叩く。


「秋斗はDランクだが、実力はSランクだぞ」

「Sランクですか?」


 店長は驚いた顔をして、俺を見る。


「ああ。秋斗は魔王軍の幹部ダルドを倒し、二日前にデスドラゴンを倒した男だ」

「あなたがデスドラゴンを倒した異界人だったんですね」


 店長は白い歯を見せて笑う。


「あなたのような強者にご来店いただき、大変光栄に思います」

「あ、どっ、どうも」


 俺はぎこちない笑みを浮かべる。


 こんなに丁寧に挨拶されるとは思わなかったな。やっぱり、ドラゴンを倒したからか。 冒険者ギルドでも大騒ぎになったしな。


「それで、秋斗様。どのような武器をお探しでしょうか?」

「えーと、刃が硬い武器がいいな」

「刃が硬い……ですか?」

「ああ。無敵モ……いや、俺が本気で力を入れると刃が折れるからさ。強い力に負けないような武器がいいんだよ」

「……なるほど。力を強化するスキルをお持ちのようですね。【腕力強化】……いや、それより上位のスキルでしょうか」


 店長は値踏みするような目で俺を見つめる。


「そうなると、リグ鉄鋼の刃に血と脂を弾く効果を付与した剣あたりが無難なところですが、ご予算はどのぐらいで?」

「魔族を倒した賞金とデスドラゴンの報酬があるから、大金貨二十五枚はあるけど、全部使うのは避けたいな。当面の生活費も必要だし」

「……ふむ。それだけご予算があるのでしたら、魔法武器の中でも最上級の物を選ぶこともできます。特別室にご案内しましょう」


 そう言って、店長は奥にある扉に視線を向けた。


 特別室の中には光沢のある黒い棚があり、そこに多くの武器が並んでいた。


 七色に輝くロングソード、人の背丈より高い大剣、魔法文字が刻まれた斧に数十個の宝石が埋め込まれている杖……。

 魔法に詳しくない俺でも、高価な品物だとわかる。


「秋斗様。こちらの商品はいかがでしょう」


 店長が黄白色に輝くロングソードを俺に手渡した。


「これは光属性を付与した『月光剣』です。ドラゴンの硬いウロコを斬ることもできますし、もちろん、血と脂を弾く効果も付与されています。料金は大金貨十五枚です」

「へーっ。ドラゴンのウロコを斬れるのはいいな。デスドラゴンの時は苦労したし」


 俺は月光剣の刃に触れた。


 なかなかよさそうな武器だな。ただ、大金貨十五枚って、日本円だと一千五百万円ぐらいか。安い家なら買えそうな金額だ。


 強い武器を持ってれば、最初の十秒で勝負をつけられるからな。命が掛かっていると思えば安いと考えてもいいか。


 その時、紫色に輝く短剣が目に入った。


 その短剣は刃が短めで、柄の部分に『魔』の文字が刻まれた宝石が埋め込まれていた。


 この文字……漢字じゃないか。


 俺は月光剣を棚に置いて、紫色の短剣を手に取った。


「んっ? どうしたんだ?」


 リティスが俺に顔を近づけた。


「いや。この短剣の宝石に俺たちの国の文字が刻まれているからさ。ちょっと気になったんだ」

「ほぅ。たしかに見たことのない文字だな」


 リティスが指先で宝石の文字に触れる。


「それは異界人の鍛冶師が高価な素材を組み合わせて作った短剣『幻魔星斬げんまほしきり』です」


 店長が言った。


「幻魔星斬は魔力を利用して刃の大きさや形を変えることができるんです。ただ、問題もありますが」

「ん? 問題って何だ?」


 俺は店長に質問した。


「刃を変化させるには大量の魔力が必要なんです。そのため、使用者は魔力を増やすスキルが必須となります」

「なるほど。秋斗、ちょっと貸してみろ」


 リティスは俺から幻魔星斬を受け取り、一瞬、まぶたを閉じた。

 紫色の刃が十センチほど伸びる。


「……これは使いにくいな。魔力の消費が大きすぎる。私は【魔力三倍】のスキルを持っているが、刃を十センチ伸ばすのに七割の魔力を使ってしまった。これでは攻撃魔法が使えない」

「その通りです」


 店長の眉間にしわが寄る。


「幻魔星斬は魔力を注ぐことで刃の斬れ味も増します。素晴らしい武器ではあるのですが、使い手がいないんです」

「だろうな。これを使いこなすだけの膨大な魔力を持っているのなら、魔法戦士ではなく、魔道師として魔法で戦ったほうがいい」


 リティスは俺に幻魔星斬を返す。


「そっか。魔力がないと意味がない武器か……んっ?」


 そうだ。【無敵モード】の中に【超魔力】ってスキルがあったぞ。あれって、魔力を増やすスキルじゃないのか。


 試してみるか。


 俺は【無敵モード】を発動して、幻魔星斬を見つめる。


 魔力を注ぐって、こんな感じでいいのかな。


 意識を集中すると、幻魔星斬の刃が輝きを増し、天井近くまで伸びた。


「あ……」


 リティスの目と口が大きく開いた。


「お前っ、魔力を増やすスキルも持っているのか?」

「ああ。魔法は覚えてないから意味ないけどな」

「……すごいな。お前はパワーとスピードを強化するスキルを持ってるはずだ。それに加えて、魔力を増やすスキルまで持っているとは」


 リティスは長く伸びた幻魔星斬の刃を指さす。


「私の【魔力三倍】より上となると【魔力五倍】……いや、【魔力十倍】か」

「あー、まあ、そんな感じかな」


 俺は曖昧に答えた。


「素晴らしいっ!」


 店長が興奮した様子で俺に歩み寄った。


「ここまで幻魔星斬の刃を伸ばせる方がいるとは。これは運命でしょう」

「運命?」

「はい。秋斗様が幻魔星斬を購入する運命ということです」

「購入って、高いんじゃないのか?」

「ご安心ください。幻魔星斬の価格は元々大金貨五枚と破格です。さらにそこから大金貨一枚分お引きします」

「そんなに安くしていいの?」

「もちろんです。私たちの店で購入いただいた武器で秋斗様が活躍すれば、それが店の宣伝にもなりますから」


 そう言って、店長は白い歯を見せた。


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