第7話 八百万の神々

 マブルの町の南にある森の中を、俺とうにゃ子は歩いていた。

 薄暗い森の中は空気が冷えていて、木々の間には青白く発光する半透明のクラゲ――森クラゲが浮いている。


 こんな生物を見ると、この世界が元の世界と違うことを再認識させられるな。


「で、デスドラゴンはどこにいるんだ?」

「もう少し先にあるダンジョンの中ね」


 うにゃ子は茂みをかき分けながら答えた。


「デスドラゴンの情報は昨日、冒険者ギルドに届いたの。で、何組かのパーティーが討伐に動いてるみたい」

「一つのパーティーが依頼を受けるんじゃないんだな?」

「ドラゴンの討伐は特別だって。失敗する可能性が高いから、希望するパーティーは、みんな依頼を受けられるの。そして、ドラゴンを倒したパーティーが報酬を受け取ることができるってわけ」

「それで、Fランクのうにゃ子も依頼を受けられたのか」

「うん。全く期待されてなかったけどね」


 うにゃ子はぷっくりと頬を膨らませる。


「でも、Fランクの私がドラゴンを倒せば、八百万の神様にもウケがいいから、投げスキルをもらえるかもしれない」

「投げスキルって何だよ?」

「動画を観ている神様が、たまにスキルをくれるの。変なスキルが多いけど、役立つスキルも手に入るよ。【料理】とか【洗濯】とか。しかも【動画モード】の戦闘力アップはその場限りだけど、スキルはずっと使えるから」

「投げ銭みたいなものか」


 俺はピンク色のしっぽを振りながら歩いているうにゃ子を見つめる。


 スキルを増やすことができるのはいいな。選べるわけじゃないみたいだけど、戦闘スキルをどんどん手に入れれば、うにゃ子は相当強くなるかもしれない。


「まっ、他のパーティーはまだ準備してるっぽいから、速攻で動いた私たちのパーティーが一番乗りでデスドラゴンと戦えるはずだよ」

「俺たちも準備しなくてよかったのか? ダンジョンの中に入るんだろ?」

「安心して。私はダンジョン攻略が得意なの。元の世界で何度もタイムアタック動画を配信してたから」

「それって、ゲームの話じゃないか!」


 俺の肩がずっしりと重くなった。


 こいつ、Vチューラーのキャラ設定でへっぽこキャラを演じてると思ってたけど、中の人もへっぽこじゃないのか?


 ◇ ◇ ◇


 数時間後、俺たちはダンジョンの入り口に立っていた。

 入り口は狭く、白い霧のようなものが周囲に染み出ている。


「じゃあ、始めるからね」


 うにゃ子は声の調子を整えるように咳をする。


「【動画モード】発動!」


 一瞬、うにゃ子の体が白く輝いた。


「みんなっ、ニャロニャローッ! へっぽこVチューラーの桃玉うにゃ子にゃ! 今、緊急で動画を回しているのにゃ。まずは、今回パーティーを組んでる仲間を紹介するにゃ。日本人でうにゃ子の大ファンの月見秋斗にゃ」

「おいっ! いつ俺がお前のファンになったんだ?」


 うにゃ子に突っ込むと、視界の右から左に白い文字が流れてきた。


【おいおい! 本人が否定してるぞ。また、うにゃ子がウソをついてるな】


「んっ? 何だこれ? 変な文字が見えるぞ」

「それは神様の書き込みにゃ。うにゃ子とパーティーを組んでるから、秋斗も見えるようになったのにゃ」


 うにゃ子が答えた。


「いろいろ助言をくれる神様もいるけど、アンチな神様はウソを書き込むので注意が必要なのにゃ」


【俺はうにゃ子のガチファンだから、本当の助言しかしないぜ】


 また、視界に神様の書き込みが流れてくる。


【ああ。安心して、俺たちの助言を聞いてくれ。まずは、うにゃ子のスカートをめくれ!】

【おいっ、エロコメ止めろ!】

【ちょっとぐらいいいだろ。そのほうが神も集まるぞ。エロは正義だからな】

【まあ、胸チラぐらいなら許されるかもしれないな】

【これだから、男神は。私はうにゃ子のことを純粋に応援してるからね☆】


 うーん。神様とは思えない書き込みが多いな。


 うにゃ子が胸元で両手を叩いた。


「で、今日は何をやるかというと、にゃんとデスドラゴンの討伐にゃ。ドラゴンは強いモンスターだから、みんなの協力が必要なのにゃ。たくさんの書き込みと高評価をよろしく頼むのにゃ。そうすれば、うにゃ子の戦闘力がどんどんアップするからにゃ」


【まかせとけ。デスドラゴンの弱点は頭だ】

【頭が弱点って、生物ならほとんどそうだろ】

【素人の助言はこれだから。デスドラゴンは闇属性のモンスターだから、光属性の魔法が効くぞ。それと額の角には気をつけろ。あれに突かれると生命力が一気に奪われるから】

【ドラゴン専門家がいるじゃねぇか。これは頼りになる】

【そんなことより、うにゃ子、ぱ、ぱ、ぱんつ見せて】

【とりあえず、隣にいる男を殺せ! そいつはデスドラゴンの仲間だ】


「何で俺がデスドラゴンの仲間になるんだよ」


 俺は神様の書き込みに突っ込みを入れる。


 役に立ちそうな書き込みは一つだけじゃないか。他は視界が見えにくくなるだけで、何の意味もないぞ。


右から左に流れていく神様たちの書き込みを見て、俺はため息をついた。


 ◇ ◇ ◇


 俺とうにゃ子は薄暗いダンジョンを進んだ。

 ダンジョンの中は湿気があり、壁には黄緑色に発光する苔が生えている。


ぐねぐねと曲がった穴を抜けると、広い場所に出た。

 縦横二百メートル以上あり、高さも五十メートル以上あるだろう。

 視線を動かすと、人の骨や鎧、武器が落ちている。


もしかして、この骨……。


 その時――。


「ギュアアアア!」


 ダンジョン全体を震わせるような鳴き声がして、奥から巨大なドラゴンが姿を見せた。

そのドラゴンは全長二十メートルを超えていて、全身が黒いウロコに覆われていた。 頭部の額には紫色に輝く角が生えていて、両脚の爪はルビーのように赤い。


 こいつがデスドラゴンか。


 俺の体がぶるりと震えた。


 でかい。小学生の頃に動物園で象を見たことがあったけど、比較にならない。こんなにでかい生物がいるのか?


「ついに戦いの時がきたにゃ!」


 うにゃ子が右手のこぶしをぎゅっと握り締めた。


「みんなっ、ここからが本番にゃ。たくさんの応援の書き込みと高評価頼むにゃ。投げスキルも待ってるにゃ」


 その言葉を聞いて、画面の書き込みが増えた。


【がんばれ、うにゃ子! 俺たちがついてるぞ】

【とりあえず、高評価ボタン押しとくわ。ロム専の奴らも押しとけよ】

【拙者も押すでござる】

【胸チラしてくれたら、高評価ボタン押す】

【うにゃ子なら、ドラゴンにも勝てるぞ! ポチっとな】


 うにゃ子は俺の肩を叩く。


「秋斗。うにゃ子の戦闘力は千を超えたけど、デスドラゴンを倒すには、まだまだ足りないにゃ。まずは秋斗が戦って、動画を盛り上げておくのにゃ」

「一人で戦えってことかよ?」

「魔王軍の幹部を倒した秋斗ならできるはずにゃ」

「だけどなぁ……」


 俺は百メートル先にいるデスドラゴンを見つめる。


いくらなんでも、デカすぎるだろ。あれに俺の攻撃が効くのか? 武器だって普通の短剣しかないし……あ……。


 俺の視線とデスドラゴンの視線が合わさった。


「……グゥ……ギュアアアア!」


 デスドラゴンが巨大な口を開いて俺に突っ込んできた。



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