第6話 転移者

 結局、俺は特例で最初からDランクの冒険者になった。


 DランクはF、E、D、C、B、A、Sのランクの中で一番人数が多く、FやEに比べて、仕事の依頼が格段に増えるらしい。Cランク以上は依頼料も高くなるので、逆に依頼の数は少ないそうだ。


 まあ、ある意味、理想的かもしれない。Dランクぐらいの依頼なら、欠点ありの【無敵モード】でも、なんとかなるはずだ。


 俺は宿屋のベッドの上で、大きく背伸びをする。


 コロンからもらった詫び石(虹の石)とダルドが使っていた漆黒の剣をアイテム屋に売ったら、合計で金貨九枚になった。

 感覚的には九十万円ぐらいだ。それに魔族の幹部を倒した賞金が近いうちに手に入るからな。そっちは大金貨十枚だから、日本円にすれば、約一千万円になる。これだけあれば、多分二年以上は暮らせるだろう。


 俺は宿屋の一階で朝食を食べ、外に出た。

 石で舗装された道路の左右には多くの店が並んでいる。

 野菜や果物を売る店、武器や防具を売る武具屋、酒屋や肉屋もあった。


 とりあえず、この世界のことを知るためにも簡単な仕事を受けてみるか。


「あっ、あなた……」


 突然、ピンク髪の少女が俺に声をかけてきた。

 少女は俺と同じ十七歳ぐらいで、頭に猫の耳を生やしている。服はブレザーの制服でカラフルなパーカーを着ていた。スカートはチェック柄で靴はピンク色のスニーカーだった。


 んっ? この服……高校の制服っぽいな。


 少女は桜色の唇を動かす。


「もしかして、異次元公務員に転移させられた日本人?」

「……んっ? どうして、そんなこと知ってるんだ?」

「神様から情報を教えてもらったの」

「神様からって、あんた誰なんだ?」

「えーっ? 日本人なのに私のこと知らないの?」

「ピンク髪の猫耳少女なんて、知るわけないだろ!」

「うーん。やっぱ、大手事務所所属でないと知名度は低くなるか。となると、まずは自己紹介からかな」


 少女は胸に手を当てて、深く息を吸い込んだ。


「うにゃああああ!」


 突然、少女は猫のような鳴き声をあげた。


「みんなっ、ニャロニャローッ! へっぽこVチューラーの桃玉ももたまうにゃ子にゃ! 今日もよろしくにゃ!」


 少女――うにゃ子は左手のピースサインを目元に当て、大きく舌を出す。どうやら、決めポーズらしい。


「Vチューラーって、アニメっぽいCG(コンピューターグラフックス)を使って、インターネットで動画の配信をやってる人たちのことだよな?」

「うむにゃ。うにゃ子はチャンネル登録者千二百人の個人Vチューラーなのにゃ」

「何で、Vチューラーがここにいるんだよ?」

「ゲームの実況をやってたら、遊戯神ティポスにVチューラーのキャラの姿で呼び出されたのにゃ」

「あ、それで髪がピンク色だし、猫耳としっぽもあるのか」


 俺はうにゃ子の頭部に生えた耳とぴこぴこと動いているピンク色のしっぽを交互に見る。


 創造神ネーデ以外にも神様っているんだな。そこから、俺の情報を得たってことか。


「で、俺に何か用なのか?」

「うにゃ子といっしょに魔王ヴァルザスを倒すのにゃ。異次元公務員に選ばれたってことは、強いスキルを持ってるはずにゃ」


 うにゃ子は俺を指さす。


「魔王を倒すストーリーなら、撮れ高もばっちりで八百万やおよろずの神様からの書き込みもたくさんもらえるのにゃ」

「書き込みって何だよ?」

「神様たちの世界にも、動画共有サービスがあるのにゃ。そこで書き込みや高評価をもらえると、うにゃ子の戦闘力がアップするのにゃ。これがうにゃ子のスキル【動画モード】にゃ!」


 うにゃ子は自慢げに胸を張った。


「ただ、【動画モード】は撮り始めが弱いのにゃ。最初は観ている神様の数も少ないからにゃ。だから、えーと……あなたの名前は何?」


 うにゃ子の口調が普通になった。


「月見秋斗だよ」

「だから、秋斗の力が必要なのにゃ」

「いちいち、語尾に『にゃ』をつけなくてもいいだろ?」

「そうなんだけど、つい配信の癖で」


 うにゃ子はもごもごと口を動かす。


「ううう、いっしょに魔王を倒そうよぉ。魔王を倒せたら、お風呂が十個ある金ピカの豪邸にも住めるし、美味しい異世界の料理も食べ放題だよ。ドラゴンのステーキとか、一角マグロの刺身とか」

「……いや。魔王と戦うつもりはない」


 俺のスキルは致命的な欠点があるからな。


 心の中でそう言って、俺は言葉を続けた。


「魔王を倒さなくても、金を稼ぐ仕事はいっぱいあるみたいだし」

「ええーっ? 魔王討伐って、男なら誰だって夢見るシチュエーションでしょ? 魔王を倒して、ハーレム生活とかさ。そういう男子の妄想がみっしりと詰まった小説がネットにいっぱい投稿されてるし」

「ぐっ……そんな妄想は中学の時に卒業したんだよ。今の俺は石橋を叩いて渡らないような生き方が理想なんだ」

「そんな生き方じゃ、人生楽しくないって。せっかくスキルを手に入れて異世界に転移したんだから」


 うにゃ子は唇を尖らせる。


「魔王を倒したら、うにゃ子のお手製のイラストカードをつけるにゃ。メンバー限定のレア物にゃ」

「ファンでもないVチューラーのイラストカードなんていらねぇよ!」


 俺はうにゃ子に突っ込みを入れる。


「俺はこの世界に来たばかりなんだ。強いスキルを持ってても、魔王に負ける可能性はある。確実に勝つためには、もっと戦闘経験を積まないとダメだろ」

「んっ? ってことは、確実に勝てるぐらい戦闘経験を積んだら、魔王を倒すってことかにゃ?」

「……まあ、九割以上勝てるのなら、魔王と戦ってもいいけどさ」

「それなら、うにゃ子とパーティーを組んで、がんがん戦闘経験を積むにゃ。今、受けてる依頼なら、二人で楽にクリアできるからにゃ」

「どんな依頼なんだ?」

「デスドラゴンの討伐にゃ」

「おいっ! ドラゴン討伐の依頼が楽にクリアできるわけないだろ!」


 俺は手の甲でうにゃ子の腕を叩く。


「しかも、ドラゴンの前に『デス』がついてるじゃねぇか! 絶対強いドラゴンだろ」

「大丈夫にゃ。うにゃ子と秋斗が力を合わせれば、デスドラゴンなんて瞬殺にゃ」

「そんな簡単に倒せるようなモンスターじゃないと思うけどなぁ」


 俺はため息をついて、うにゃ子を見つめる。


 うーん。リティスは次の依頼で隣町に行ってしまったし、ソロで依頼を受けるより、うにゃ子とパーティーを組むほうがいいか。それなりに、こっちの世界のことを知ってるみたいだし。


「……わかった。試しに一度だけパーティーを組もう。でも、危険だと思ったら、いっしょに逃げるぞ。命が一番大事だからな」

「了解にゃ」


 うにゃ子はぐっと親指を立てた。

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