第5話 俺vsAランク冒険者ザッド

 冒険者ギルドの地下にある訓練場は学校の体育館より広かった。

 足元は白い砂が敷き詰められ、壁際の棚には多くの武器が並んでいる。


「秋斗、これを使え」


 リティスがロングソードを俺に渡した。


「このロングソードは刃をアグの樹液で包んでいるから、相手を斬ることはできない。打撲や骨が折れることはよくあるがな」

「骨が折れるか。痛いだろうなあ」


 俺は受け取ったロングソードを見つめる。


 まあ、【無敵モード】を発動させれば、【完全回復】があるから、ケガはすぐに治るか。


 リティスが俺の耳に唇を寄せた。


「一応、伝えておくぞ。ザッドはAランクの冒険者で剣の腕前は一流だ」

「Aランクって、Sランクの次に強いランクってことだよな?」

「ああ。その中でも奴は時期Sランクになると噂されている」


 リティスは剣を選んでいるザッドを見る。


「とはいえ、秋斗のほうが圧倒的に強いがな」

「そう思うんだ?」

「もちろんだ。お前のパワーとスピードは人族の限界を超えているからな。ザッド程度では触れることもできないだろう」

「は、ははっ」


 俺の頬がぴくぴくと痙攣する。


たしかに【無敵モード】の時なら、そうだろう。でも、普通の時はただの高校生だからなあ。強い冒険者に勝てるとは思えない。

 十秒でなんとかするしかないか。


「さあ、やるぞ。異界人」


 ザッドがロングソードの先端を俺に向けた。


「俺と戦って三分立っていられたら、お前はDランクだ」

「えーと、あんたを倒してもいいんだよな?」

「俺を倒す……か」


 ザッドが上唇を舐めた。


「もちろんいいぜ。できるのなら、な」


 俺とザッドは五メートルの距離を開けて対峙した。

 壁際には数十人の冒険者たちが俺とザッドに視線を向けている。


「で、どっちが勝つと思う?」

「そりゃ、ザッドだろう。あいつは一人でオーガ五体を倒した男だぞ」

「だが、あの異界人が本当に魔族を倒したのなら、ザッドより上かもしれん」

「そうだな。しかも、その魔族は魔王軍の幹部らしいし」

「なら、賭けようぜ。俺はザッドに銀貨三枚だ」

「俺もザッドに賭けるぜ」

「あ、俺もザッドに大銀貨一枚!」

「おいおい。全員ザッドじゃ賭けが成立しねぇじゃないか」


 冒険者たちの会話を聞いて、ザッドが笑った。


「どうやら、俺のほうが人気のようだな。その期待に応えてやるか」


 ザッドは両足を軽く開き、ロングソードを両手で持つ。


「さて、そっちから攻めてこいよ」

「いいのか?」

「ああ。だが、気をつけろよ。俺は返し技が得意なんだ。せっかく観客が集まっているのに一秒で終わったら、文句を言われるかもしれないからな」

「返し技か……」


 俺はザッドを見つめる。


 どんな技かわからないけど、【無敵モード】を発動させれば、どんな物理攻撃も無効だから問題ないか。それより、注意するのは、どの程度の力を使うかだな。多分、本気でロングソードを振ったら、斬れなくても内臓破裂でザッドが死んでしまうだろうし。


「じゃあ、いくぞ」


 俺は深く息を吸い込んだ。


【無敵モード】発動!


 俺は一瞬でザッドに近づき、ロングソードの柄の底でザッドを叩いた。ドンと音がして、ザッドの腹部が円形にへこむ。


「があっ……」


 ザッドは極限まで目を開いたまま、両膝を地面につけた。


 追い打ちは必要なさそうだな。


 冒険者たちの声が俺の耳に届いた。


「なっ、何が起こった? どうして、ザッドがやられてるんだ?」

「わ、わからん。だが、腹をやられたみたいだ」

「魔法……じゃないよな?」

「あ、ああ。詠唱もしてないし、魔力の反応もなかったと思う」


「ぐっ……やってくれたな」


 ザッドが腹を押さえたまま、立ち上がった。


 あ、しまった。手加減しすぎたか。


 視界の右上を見ると、【無敵モード】の時間が終わり、クールタイムの数字が表示されている。


 五十四……五十三……五十二……。


 ザッドは足元に落ちていたロングソードを拾い上げ、ゆっくりと俺に近づく。


「予想以上の力だったが、俺は【防御力強化】のスキルを持ってるんだ。この程度でやられるかよ」


 ちっ、仕方ない。前のように時間を稼ぐか。


「ふっ、ふふふ」


 俺は余裕の表情で笑い声をあげた。


「ザッド。褒めてやるよ。俺の一撃を受けて立ち上がったことを。だが、お前には三つの弱点がある」

「三つの弱点だと?」

「そうだ。まずは一つ」


 俺は指を一本立てた。


「お前は……右利きだ!」

「はぁ? それのどこが弱点だ? 第一、お前も右利きだろうが」

「わからないのか。まあ、仕方がない。この領域の話は神に近い者でないと理解できないからな」


 俺は指を二本立てる。


「二つ目……お前は喋る時に口を開く癖がある」

「そんな癖……んっ?」


 ザッドは首をかしげる。


「おいっ! 喋る時に口が開くのは普通だっ!」

「ふっ、その程度の認識ってことか。やはり、お前はわかってない」


 俺は首を左右に振りながら、指を三本立てた。


「そして、三つ目。お前は左利きじゃない!」

「当たり前だ! 右利きなんだから、左利きなわけねぇだろ!」


 ザッドの怒声が訓練場に響いた。


「お前、ふざけてんのか?」

「……いや、そういうわけじゃないんだが、さっき、あんたが言ったように速攻で勝ったら、観客が文句言うかもしれないだろ? だから、『舐めプ』してたわけさ」

「舐めプ?」

「すぐに勝てるのに、舐めた戦い方をして遊ぶってことだよ」

「……お前、死にたいみたいだな」


 ザッドはぎりぎりと歯を鳴らして、俺をにらみつける。


 俺はクールタイムの時間を確認した。


 十……九……八……。


 くっ、まだ、クールタイムが終わらないのかよ。だいぶ時間を稼いだと思ったのに。


「異界人め! 全身の骨を粉々にしてやる!」


 ザッドが俺に突っ込んできた。腰を大きく捻り、ロングソードを真横に振る。

 俺は地面を転がりながら、その攻撃を避けた。


 ちっ、怒らせすぎたか。もう少し会話を引っ張りたかったけど。

 あと残り五秒。なんとか時間を稼ぐ。


「なかなかいい攻撃だな。ならば、俺の魔法攻撃を受けてみろ!」


 俺はロングソードを投げ捨て、適当に指を胸元でからめる。


「最強攻撃魔法! コスモバーストデスファイアー!」


 攻撃魔法を警戒して、ザッドが距離を取る。


 二……一……。


 よし! クールタイムが終わった。【無敵モード】発動!


 俺は一瞬でザッドに近づき、右のこぶしでザッドの腹部を殴りつけた。

 ドンと大きな音がして、ザッドの体が壁際まで飛ばされる。


「ぐっ……おっ、お前……魔法攻撃じゃ……」


 ザッドの口が半開きのまま、停止した。

 どうやら、気を失ったようだ。


 俺は体についた砂を払う。


 今度もぎりぎりだったな。やっぱり【無敵モード】の能力は使いにくい。クールタイムの間に攻撃されたら、あっという間に殺されてしまうし。


 冒険者たちの声が聞こえてきた。


「すげぇ、ザッドに勝ちやがった。あの異界人、とんでもなく強いぞ」

「あ、ああ。あのパワーとスピードは人族とは思えない」

「相当強いスキルを複数持ってるんだろうな。または戦闘系の複合スキルか」


「やっと、理解したか」


 リティスが言った。


「だが、お前たちはまだ秋斗のすごさをわかってない。こいつは闇属性の魔法を付与した剣の攻撃を受けても無傷だったんだ」

「何っ?」


 黒ひげの冒険者が驚きの声をあげた。


「ってことは、物理攻撃や魔法攻撃への耐性もあるってことか?」

「ああ。圧倒的なパワーとスピードに加えて、防御も完璧だ。まさに無敵じゃないか」


 リティスはキラキラと瞳を輝かせて、俺の手を握る。


「お前なら、魔王ヴァルザスを倒せるかもしれない」

「魔王か……」


 魔王を倒すなんて、冗談じゃない。【無敵モード】は強いスキルだけど、致命的な欠点がある。クールタイムのことがバレたら、いくらでも対応する手があるからな。


 この世界で冒険者として生きていくのなら、絶対にバレるわけにはいかないぞ。


 俺は唇を強く結ぶ。


 ただ、【無敵モード】を上手く使いこなせば、ほどほど以上に戦うことができる。

 理想はある程度強い冒険者と思われて、金を稼げるようになることか。

 そうなれば、この世界で安定した生活を送ることができるはずだ。

 楽々スローライフってわけにはいかないけど、頑張って生きていくしかないな。

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