第3話 強者の戦い
男の額には角が生えていて髪は銀色だった。服は黒く、金の首輪をしている。
「金の首輪をつけた魔族……ということは魔王ヴァルザスの幹部か」
リティスが短く舌打ちをして、短剣を構える。
「秋斗、私の後ろにいろ!」
「無意味な指示だな」
魔族の男は牙のような歯を見せて笑った。
「俺は魔王軍幹部のダルド。お前たちを殺す男だ」
「それはどうかな」
リティスの持つ短剣の刃が青白く輝いた。
「お前が魔王軍幹部なら、それなりに強いだろう。だが、私もSランク
「……ほぅ。序列十八位か。それは面白い。前に殺したSランクは四十三位と言ってたからな。その違いを見せてもらおうか」
「そうか。お前がラックスを殺した魔族だったか。それは嬉しい情報だ」
「嬉しい情報?」
「ああ。ラックスを殺した魔族には大金貨十枚の賞金が懸けられているからなっ!」
喋り終えると同時にリティスが動いた。一気にダルドに突っ込み、短剣を突く。
ダルドは余裕の表情で攻撃を避けると、青白い唇を動かす。
漆黒の剣が具現化した。その剣をダルドは右手で掴み、リティスに向かって振り下ろす。
甲高い金属音がして、リティスの持つ短剣の刃が砕けた。
「まだまだっ!」
リティスは素早く呪文を唱えた。
リティスの頭上に数百本の輝く剣が具現化した。
「受けてみろ! 『
リティスが叫ぶと、数百本の剣が一斉にダルドを攻撃する。
「見事な技だが……」
ダルドの周囲に十個の黒い球体が具現化する。その球体が輝く剣を吸収する。
俺は口を半開きにして、二人の戦いを見ていた。
すごい。これがこの世界の強者の戦いなのか。当たり前のように魔法を使ってる。
【無敵モード】の時は、【魔法攻撃無効】だから、魔法でダメージは受けないはずだけど、普通の状態だと、一瞬で殺されるんじゃないか。
黒い球体が全ての剣を吸い込むと、ダルドが前に出た。
リティスは別の短剣を手に取り、漆黒の剣の攻撃を受ける。
また、短剣の刃が砕けた。
「はははっ! 無駄だ。この剣は武器を壊す能力が付与されているからな」
「くっ……」
リティスは折れた短剣を投げて、ダルドから距離を取ろうとした。しかし、その動きを予想していたのか、ダルドは一気に距離を詰める。黒い刃の先端がリティスの腕を傷つけた。リティスは顔を歪めて、右に避ける。
「甘いぞ、人族の女!」
ダルドは左足を大きく踏み出し、漆黒の剣を真横に振る。
リティスの上着が裂け、白い肌が見えた。
「秋斗、私が時間を稼ぐ! 森に逃げろ!」
「そんなことできるかよ!」
俺はリティスを守るようにダルドの前に立ち、刃が欠けた短剣を構える。
「……ほぅ。面白い」
ダルドが口角を吊り上げて笑った。
「そんなゴミのような武器で戦うつもりか」
「ああ。やりたくはないけどな」
「だろうな。お前が死ぬだけの戦いなのだから」
ダルドは笑みを浮かべたまま、漆黒の剣を振り上げる。
「死ねっ! 実力差もわからぬゴミめ!」
【無敵モード】発動っ!
振り下ろされた漆黒の剣を避け、俺はダルドの側面に回り込む。その動きにダルドは対応できなかった。驚いた顔をしたダルドの胸に向かって、俺は短剣を突き出す。刃がダルドの胸に深く刺さった。青紫色の血が周囲の草を濡らす。
人間なら致命傷になる攻撃だったが、ダルドは倒れなかった。
怒りの表情を浮かべて、胸に突き刺さった短剣を引き抜く。
「おのれ、人族がっ!」
ダルドは左手を俺の顔に向ける。その指先が赤く輝いた。
魔法を使うつもりか。でも、俺の攻撃のほうが速い!
俺は右手のこぶしを握り締め、ダルドの胸を殴りつけた。
肉が潰れ、骨が折れる音がして、ダルドの体が十メートル以上飛ばされる。
これでどうだ?
「ぐ……ぐぐっ……」
倒れていたダルドが立ち上がり、呪文を唱えた。こぶしの形にへこんでいた胸が元通りになる。
ちっ、回復魔法ってやつか。
こうなったら、連続攻撃で……あ……。
二……一……。
【無敵モード】のカウントダウンが終わり、新たにクールタイムの数字が視界の右上に表示された。
六十……五十九……五十八……。
まずい。今、攻撃されたら、対応できないぞ。
なんとか、一分間、時間を稼がないと!
「よくもやってくれたな」
ダルドが右手を前に出した。落ちていた漆黒の剣がダルドの手に戻る。
「もう、容赦はせん。全力でお前を殺す!」
「まっ、待て。その前に俺の話を聞いてくれ」
「今さら、何を話すと言うのだ」
「お前にとって、重要な情報を教えてやる」
「重要な情報?」
ダルドが首をかしげた。
「何だ? 言ってみろ」
その言葉に、俺はぐっとこぶしを握る。
いいぞ。ダルドが話に食いついてきた。
四十五……四十四……四十三……。
「まずは、自己紹介をしておこう。俺の名前は月見秋斗。十七歳の日本人で東京に住んでいた。趣味は小説を書くこと。好きな食い物は、とんこつラーメンだ。あ、とんこつラーメンっていうのはな、豚の骨を長い時間煮込んで作ったスープが特徴なんだ。小麦粉の麵はすごく細くて、具材のチャーシューがトロトロで……」
「お前の好きな食い物など、どうでもいい!」
ダルドの銀色の眉が吊り上がった。
「さっさと重要な情報のことを話せ」
「ああ。わかったよ。せっかちな男だな」
俺は頭をかきながら、クールタイムの数字を確認する。
三十四……三十三……。
ちっ! まだ、三十秒以上も残ってるのか。いつもより一分が長く感じるぞ。
「じ、実はな。俺は元の世界で、百人の魔王を倒した男なんだ」
「百人の魔王だと?」
ダルドの目が大きく開いた。
「……いや、ウソをつくな。お前から、そこまでの強さは感じられない」
「それは……戦闘力を抑えてるからさ。さっき戦った俺の戦闘力を5だとすると、全ての力を解放した俺の戦闘力は……100億だ!」
「100億?」
「ああ。だから、俺が本気になれば、お前は確実に死ぬことになる。それが嫌なら、この場から立ち去ることだな」
「……バカが。そんな、はったりを信じると思ってるのか」
ダルドは漆黒の剣の刃を俺に向ける。
「俺に血を流させたお前の実力は認めてやる。だが、俺のほうが圧倒的に強い。それを証明してやろう」
「どうしても俺と戦うってことか?」
「最初から、そのつもりだ」
「わかった。じゃあ、最後に一つだけ言わせてもらおう」
俺はゆっくりと右手の人差し指を立てた。
「とんこつラーメンを食べる時、最初から辛子高菜は入れるな。スープの味が感じにくくなるからな」
「どうでもいいわっ!」
ダルドの持つ漆黒の剣が紫色に輝いた。
「死ねっ! はったり男めっ!」
ダルドは怒りの表情で漆黒の剣を振り下ろす。
よし! 間に合った。【無敵モード】発動!
強く念じると同時に、漆黒の剣が俺の肩に当たった。パンと大きな音がして、漆黒の剣が弾き飛ばされる。
「な、なっ?」
ダルドは驚愕の表情を浮かべる。
「バカなっ! 闇魔法を付与した剣の攻撃を受けて、無傷だと?」
【物理攻撃無効】と【魔法攻撃無効】があるからな。
心の中でそう答えながら、俺は右足でダルドの手を蹴り上げる。漆黒の剣が宙に浮く。 俺は漆黒の剣を掴み、腰を
目と口が大きく開いたダルドの頭部が地面を転がり、胴体部分が前のめりに倒れる。
今度こそいけたか?
ダルドの頭部と胴体がドロドロに溶け出した。白い骨のようなものが見え、その骨も溶けていく。変色した草の上に金の首輪だけが残った。
どうやら、倒せたみたいだな。
視界の右上を確認すると、【無敵モード】の時間が終わり、クールタイムの数字が表示されている。
ぎりぎりの戦いだった。ダルドが俺の言葉を無視して攻撃を続けていたら、確実に死んでいただろう。
額に浮かんだ汗をぬぐって、俺は視線をリティスに向ける。
リティスはぽかんと口を開けて、俺を見つめていた。
「リティス。ケガは大丈夫か?」
「……あ、ああ。この程度なら、回復魔法ですぐに治る。そんなことより、お前、百人の魔王を倒したって、本当なのか?」
「あー、あれはウソだよ。俺たちの世界に魔王なんていないし」
俺はぱたぱたと右手を振る。
「あれで逃げてくれたら、ラッキーって思ったんだけどな。そう上手くはいかないか」
「だが、お前は圧倒的なパワーとスピードで魔王の幹部を倒した。Sランク序列十八位の私が苦戦していたダルドを」
「ほどほどに強いスキルを持ってるからな」
「ほどほどなんてものじゃない。お前の強さは規格外だぞ」
「規格外か。でも、このスキルは……」
俺は喋るのを途中で止めた。
いや、【無敵モード】の欠点を話すのはマズイか。バレたら、いくらでも対策されそうだし。リティスはいい奴っぽいけど、念には念を入れたほうがいい。秘密は人に話せば、バレるものだからな。
「まあ、強いスキルなのは間違いないか。と、それより、早くケガを治したほうがいいぞ」
「あ、ああ。そうだな」
リティスは腹部に手を当てて、呪文を唱える。赤い線のような傷がすっと消えた。
「おおっ、すごいな。あれだけ戦えるのに回復魔法も使えるなんて」
「光属性の魔法を使える魔法戦士の強みはこれだからな。それに私はハイエルフの血が混じっているから、魔力が多いんだ」
リティスは傷が消えた腹部を軽く叩く。
「さて、これで私の仕事も終わったし、マブルの町に行くぞ」
「ああ。本当に助かる。ありがとう」
「感謝するのはこっちだ。お前のおかげで仕事を終わらせることができたからな」
リティスは笑顔で俺の肩に触れた。
十秒勇者 桑野和明 @momodango
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