19話 小沼店長と釘師


閉店作業後、不規則な生活で鍛えられたのであろう、わがままボディを揺らしながらマシンの調整をしていた小沼店長はこちらのほうを振り向き


「おっ、お疲れ様っす!」


額の汗を拭いながら挨拶をしてくれた。


「いや~すいませんね。急遽、釘の調整お願いしてしまって」


「ちょっと、一息つきましょうか」


そう言うと、暗い店内の中を休憩スペースに向け歩き始めた。


「コーヒーでいいっすか?」


私がうなずくと


ガチャン


自動販売機から【エメラルドマウンテン】が払い出され、それを私に投げてよこした。


軽く頭を下げ、コーヒーを開ける


小沼店長はそのいかつい見た目とは裏腹に、コーヒーが苦手なため、【ぐんぐんグルト】を飲んでいた


「それ以上大きくなってどうすんだ!」


そう思ったが、口に出さずにグッと堪えた。


「いや~本当に助かりましたよ。パチンコの担当者が【突発性肛門痛】になったとか、ワケわからないこと言って休んでしまって」


店長は申し訳なさそうな顔でひたすら頭を下げていた。


「現場入った以上、明日はウチに来ないようお願いしますね。熱いイベントなのに、その点は本当に申し訳ないっすわ。」


私は気にしなくていいよと合図するも、小沼店長は再度頭を下げた。


少しだが、私と小沼店長の関係をお話しよう。


まず、私の職業は釘師である。


釘師というのはホールのパチンコ台の調整を専門に行う者達であり、今でこそほとんどなくなったのだが、1980年代には釘師という職業を専業にしている者が一定数いたのだ。


人気の釘師だと、複数件のホールと契約しており、月に100万以上の稼ぎを叩き出す者もいた。


腕のいい釘師が調整をするだけで、ホールの売り上げにかなりの差が出ていたため、1件あたりの契約金が月に30万などの契約をしていたものもいたぐらいだ。


その当時のホールの従業員というのは、訳アリの人達も多く、中には指が3本ない者や、首から立派な和柄の刺青がはみ出ている者など。


情報漏洩の危険性やパチンコの調整失敗ということもあり、一定水準の技術が必要とされていたため、ホールの人間が必ずしも調整を行っていたわけではないのだ。


腕のいい釘師は何件ものホールと契約を結び、ホールが閉店してから、パチンコ台を調整していくのである。


イベント日が重なった日なんかは店をはしごし、調整が終わる頃には日が昇っていたなんてこともある。


しかし、これだけで仕事は終わらず、ホールが開店してからは自身の調整したマシンの様子を見に行かなければいけない。


何か特殊な打ち方の対象になっていないか?


自身の想定した通りの調整になっているのか?


そういう作業を終え、帰宅するのは午後になってから、そして次の仕事に備えて身体を休める。


現在、大手ホールなどは、当時の釘師達を研修講師として招き、店長などにその技を伝えているのだ。


私のように講師ではなく、非常勤として調整をほどこす者も一定数は存在している。


まあ、私自身もパチンカスなので、仕事がない時はパチンカス生活をしているわけだが…

このように調整に入ってしまうと、戦場にでることはできなくなってしまう。


「やれやれ、明日は1日ネトフリかな…」


私はそんな想いを抱きながら、コーヒーを飲み干した。




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