第2話

 ジョンが村に降りると、アパッチ村は大騒ぎだった。

 それを脇目に、自宅に急ごうとしていたジョンは、村長、そしてその取り巻きに包囲された。


「おい、貴様、何かしたんじゃないだろうな!?

 観光客の方が山で大怪我され、意識が無い!」


「さあ、知りません。

 急ぐんで」


「! ……ちょっと来い!」


 取り巻きらに連行されるように、ジョンは公民館に連れて行かれた。


「彼らは山の方から銃声が聞こえたと言っている。

 お前がやったんだな……!?」


「当然だ。スコープの先に森を焼き尽くそうとしている奴がいるんだ!

 撃つに決まっている!」


「この大馬鹿もの!」


 村長は激高し、ジョンの頬を殴った。

 ジョンも反撃しようとするが、流石に3人もの男達の羽交い締めにされては何もできなかった。


「相手は大国の連邦、外交問題だぞ! わかっているのか!? 」


「お前達こそ分かっているのか!?

 外国人が森に火をつけるこそ、外交問題……いや、テロだ!

 連中は狩りの為だかしらないが、軍用ライフルに、火炎放射器を持ちこんだんだぞ!

 あんたらこそ何故、止めなかった!」


「森がなんだ、暫くしたら草木なぞ生える!」

 

「じゃあ、連邦人なんて畑から取れる!」


「こいつを椅子に縛り付けろ!」


 彼らはジョンを縛り上げた後、落ち着きなくうろうろしながら、会議を始めた。


「どうする? こいつを警察に引き渡すか?」


「……警察って、うちの国のですか? それとも連邦のですか?

 うちの国のに引き渡したら、話が大きくなってこの村は国中の厄介者ですよ! 」


「連邦は大きな犯罪を犯したら、その集落の指導者も処罰されると聞く。 


 こいつはどうなってもいい、首を跳ねて、晒し台においてくれても構わない!

 だ、だが、村長であるわしの身に何かあったら、どうする!?」


 村長は額に汗をうかべて、情けない声を上げた。

 その時、手をあげたのがジョンと同じ年代の若い男だった。

 名はエレン、村の優等生で、ゆくゆくは村長になるだろうともてはやされている。


「観光客を撃ったのは、たまたま通りかかった密猟者たち。

 この村には狩猟者なんて、最初から居なかった。

 観光客も被害者だが、我々も被害者、そういうことにするんですよ!」


「だが、どうやって?」


「こいつを居なかったことにします。

 こいつの役場の戸籍情報と家を燃やし、こいつ本人にも……消えてもらう」


「力技だが……そうしよう!

 ジョージ、役場に行け! アルフレッド、家に火を付けろ!

 こいつ本人は……」


「僕に任せてください!」


 エレンはその役割を進み出た。

 ジョンにはどうすることも出来なかった。


 ◇


 翌朝に連邦からの役人や捜査官が来る前に、一台のピックアップ・トラックが暗闇の中、村を出発した。

 ジョンは手を縛られたまま、助手席に押し込められている。

 かなりの暴行を加えられた跡がある。

 それは外国人観光客に危害を加えたからだけでなく、今までの村人たちの妬みの分も混じっていた。


「クソ、俺の家を燃やしやがって、爺さんの代から受け継いできた大事な家を……!」


「ふっ、まだ喋る気力があるのかい?」


 心身ともにぼろぼろになったジョンの言葉を聞き、ハンドルを握るエレンは嘲笑を浮かべた。


「言っておくがな、お前達じゃあの森の管理は無理だ……!」


「何を言うんだ?

 管理? 君のやってきたことは銃で獣を相手する卑怯な虐殺だろう?」


「何?」


 エレンの口調には、嘲笑以外にも侮蔑と怒りが含まれていた。


「僕は村で一番勉強を頑張った。村の人達に残ってくれと頼まれたから、僕はこの村に残った。

 なのに、この村で一番稼いでいるのは君だ、あんなに大きな家に住んで!

 赦せない!

 この村での一番は僕だぞ!」


「じゃあ、お前も狩りをして、稼げば良かった! 違うか!?」


「あんな野蛮なやり方は正しい方法じゃない!」


「じゃあ、どうやって害獣から村を守る!?」


「他のやり方がある!きっと、皆で考えれば、もっといい方法が浮かぶはずだ!」


 それは少しの正義感と、殆どの嫉妬心だった。

 エレンは荒々しく車を停車させた。

 そこはアパッチ村と別の村を繋ぐ道路の中間、ただし、二つの村の距離は離れていて、人通りは極端に少ないかった。


「君は餌で獣をおびき寄せるなんて、卑怯な真似をしたらしいじゃないか!?

 君自身が餌になる番だ!」


 エレンはジョンを道路わきに突き飛ばした。

 ただでさえ、殴る蹴るの暴行を受け、さらには長時間拘束されていたジョンはごろごろと荒野を転がるほかなかった。

 それでも、ジョンはエレンを見上げ、睨みつけた。


止めとどをさせよ」


「ふっ、自分が餌になるのは怖くなったのか?」


「違うな、それはお前らの方だ。

 結局、どいつもこいつも自分の手を汚したくないだけだ!

 お前ら全員碌な目に合わないからな」


「みっともない奴!

 自分のしてきたことを後悔しながら、死んでしまえ!」

 

 エレンのピックアップは来た道を走り去っていく。

 荒野の向こうからは狼の遠吠えが聞こえてくる。

 ジョンは痛む傷を我慢しながら、地べたに生える野草を全身に擦り付け、人体という匂いを消す。

 獣から身を隠せたとしても、この拘束され、傷を負った身体では寒さ厳しい夜を明かせないだろう。

 だが、痛みに耐え、ジョンは執念でガムテープで拘束された腕を捩じる。


「俺が、俺達があの家を作るのにどれだけ苦労したか、あの森の山道や小屋を作るのに、どれだけ……あいつらにはわからない、あんな奴らに……。


 復讐して、取り返してやる」


 念仏のように唱えながら、ジョンは拘束しているガムテープをねじ切って見せた。

 が、それが限界で、彼はバタリと倒れ、気を失った。


 その後、気を失った彼の傍らに、今度はアパッチ村の逆方向からやって来た一台のピックアップトラックが止まった。



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