第28話 激情



(三人称視点)



 ティグルとフィレムの一位争いという騒ぎはあったものの……

 校外演習自体は重傷者を出すこともなく、無事に終了となった。



「ティグルすごいよ! 六十六匹も倒しちゃうなんて!」


「リリも大健闘じゃないか。学年で三位になるとはな」


「うへへー、ティグルが修行に付き合ってくれたお陰だよ! でもやっぱり一番がよかったなぁ」


「誰でも全戦全勝とはいかないものだ。特にフィレムは予想以上に強かったぞ」


「やっぱり? リリもフィレムといつか勝負したいなぁ」


「学園生活はまだまだ長い、いつか機会も訪れるだろう。その時のために鍛錬は欠かさず行わなければな」


「そうだね、帰ったら一緒に修行しよっ」






「…………」



 一位を取れなかったにも拘らず、楽しそうに会話をするティグルとリリの様子を。

 フィレム・ユーウェインは、離れたところから密かに聞いていた。



「フィレム様、一位おめでとうございます!」

「流石はフィレム様。あの様な平民に負けるはずなどありませんでしたな」

「これで奴らも格の差を思い知ったでしょう」

「しかしフィレム様がいなかったので、我々の戦績は奮いませんでした。今後はもう少し貴族らしい振る舞いをしてほしいものですな」

「まあまあ、頂点は未だフィレム様のものだ、それでよいではありませんか」



(……わずらわしい)



 取り巻き達の声が、フィレムの苛立ちを加速させる。

 彼女の戦いの熱と激情は消え失せ、感情の抜け落ちたいつもの無表情に戻っていた。



(あの戦い……明らかに奴は手を抜いていた。私の討伐数を常に数えながら、それに頻差で迫るように数を調整していた)


(結果だけを見れば私の勝利だ。だが奴はあの戦いで魔術を使っていない。あの【極点】とかいう妙な技も、魔術ではない……)


(そして長時間の戦闘で私が僅かに息を乱したのに対し、奴は息一つ乱していなかった……)



 ティグルとフィレムだけが知る、討伐合戦の結果、ではなく過程。

 魔術を駆使するフィレムに対し、魔術なしで追いついてみせたティグル。

 彼女からしてみれば、真の勝者・・・・が誰なのかは明白であった。



(……苛立たしい。勝者を理解しない無能な取り巻き共に、説教じみた真似をしてくれたティグルに。何より奴に遅れをとった、私自身に!)



(……それに、このままではあの平民が――)



 無意識の内に奥歯を噛み締める。

 ここまで苛立ちを覚えたのは、フィレムも久しくなかった。



「……私は少し離れる。ここでの用事は済んだからな」


「フィレム様……? お体が優れないのですか?」


「貴様らには関係のない事だ。今の私は気分が悪い、これ以上無駄な手間を掛けさせるな」



 引き止めようとする取り巻きを振り払い、フィレムは一人この場を立ち去る。

 彼女の中に灯った苛立ちと胸騒ぎは、静かにくすぶり続けていた。





(一人称視点)



 校外演習を終えた数日後。

 いつものように放課後リリとの修行に励んでいると、近づいてくる人影に気づいた。



「どうしたのティグル?」


「……珍しいお客さんだな」



 現れたのは学園の頂点、フィレム・ユーウェインだった。

 それも貴族の取り巻きを連れずに、たった一人でやってきた。



「フィレム! もしかしてリリ達と一緒に修行しにきたの? リリもあれからすごく強くなったんだよ、今日こそ戦おう!」


「……。その能天気さは相変わらずだな。悪いが貴様らと剣を交わす趣味はない」



 リリの決闘の申し込みを、フィレムは冷たく断った。

 事前にリリから聞いていたが、どうしても彼女はリリと戦いたくないらしい。一体なぜなのか。

 だが、今はそれよりも気になることがある。



「なら何の用事だ? 学園に滅多にこないお前が、取り巻きも連れずにくるなんて余程のことだと思うが」


「忠告をしにきたのだ。余りにも愚かで自惚うぬぼれた貴様らに、最終忠告を告げにな」



 煮え切らない回答に首を傾げる俺達の前に、フィレムは無情に、冷徹れいてつに告げた。



「この学園を去れ。ティグル、リリ」


「――――」「――――」


「お前達はこの学園で騒ぎ過ぎた。私の派閥の貴族達を倒し、校外演習で貴族を抜いて上位となった。平民の分際で、貴族に歯向かう行為を繰り返した」


「――――」「――――」


「お前達はこの国の貴族達の、明確な邪魔者となったのだ。ここまで虚仮こけにされては他の貴族も黙ってはいまい。近いうちにお前達の元にも手が伸びるだろう」




「これが最後の通告だ。痛い目を見る前に、この学園を去れ。

学園の秩序を乱す者に我ら貴族は容赦しない。だが去るというならば、追いかけはしない」



 ……成程なるほど

 フィレムの言いたいことは、大体理解した。



「つまり俺達が調子に乗り過ぎて、学園の貴族優位の環境が崩れたから、報復を受ける前に去れと……そう言っているんだな?」


「そうだ。お前達の実力については正直、私も認めている。

だからこそ邪魔なのだ。私がこの学園で頂点に立ち、円卓の騎士へと至る道筋にはな」


「……フィレム?」



 ふと、リリが何かに気づいたように顔を上げた。

 それに気づいていないのか、フィレムは説得を続ける。



「貴様らとこれ以上戦うのは、私としても本意ではない。無駄な消耗は避けたいからな。貴様ら程の実力があれば、この学園でなくともやっていけるだろう?」


「…………」


「この学園程ではないが、他にも剣を学べる学校はある。そこに通うのもいい。冒険者として名誉を掴むことも止めない。国外に出てやり直してもいい。何なら私が必要資金も出してやる。

だから大人しく貴様らはこの学園を去れ。それがお互いの為であり、私にできる最後の譲歩だ」



 敵対か退学か、突如として二択を突きつけてきたフィレム。

 なぜ彼女がそこまで必死なのか、腑に落ちない点はある。だが俺達の答えは決まりきっていた。



「やだ」「断る」


「――ッ!」



「貴族達が敵に回る? 上等だ。俺達の夢を叶える道筋を邪魔しているのは、貴様らの方だ。お前が言ったのと同じように、邪魔をするなら打ち倒すのみ」


「どれだけ邪魔されたって、最強の剣士になる夢は諦めないよ! それを叶える為の場所から遠ざかるのも嫌だし、邪魔してきてもやっつけちゃうから!」



「……。…………。貴様ら、愚か者は……ッ!」



 その答えを聞いた直後。

 フィレムの激情が、爆ぜた。



「なぜそうまでしてすがり付く!! なぜそこまで執着する!?

貴族を敵に回すということは、王国を敵に回すことと等しい!

国から命を狙われて恐ろしくはないのか!?」


「フィ、フィレム?」「……」


「リリ! 貴様ならばわかる筈だ、傷つけられる恐怖が、夢を奪われる恐怖が!!

あんな目に遭っておいて、なぜまだ立ち上がれる!?

次は両腕どころじゃ済まないかもしれないんだぞ!?

そこまでして夢を叶えたいか、自分の命よりも大事なのか!!」



 ……明らかに様子がおかしい。

 これまでのフィレムの態度とは程遠い、感情を剥き出しにした叫びだった。

 無表情の女王の仮面は剥がれ落ち、年相応の少女の表情があらわになっていた。


 だが、ああ、そうか。

 リリがフィレムを見て何に気づいたのか、ようやくわかった。




「フィレム、どうしておびえているの……?」



 リリの静かな指摘に、フィレムの激情は嘘のように凍りついた。



「怯え、ている? 何を」


「リリ、襲われて夢を奪われて、すごく怖い目にあったんだ。だから怖がっている人の目や表情が、よくわかるようになったんだよ」


「――――」


「フィレムは今、すごく怯えているみたい。一体何を怖がってるの?」



 リリが気づいた違和感。

 仮面の下のフィレムの顔は、紛れもなく恐怖に染められていた。



「………………」



 絶句するフィレム。

 本人も無意識だったのだろう。紅蓮の瞳が、炎のように揺れていた。



「……忠告は、したぞ。その選択、後悔するなよ」


「待てフィレム。お前ちょっと様子が変だぞ、一体何があった」


「黙れ! 貴様らには関係ないことだ……もうこれ以上、私に関わるな」


「え、待ってよフィレム!」



 そう言い捨てて俺達に背を向け、足早に去るフィレム。

 絶対的な拒絶の意思。何と声を掛ければいいのかわからず、俺とリリはその場に立ち尽くすのみであった。



「……びっくりした。あんなフィレム初めて見た」


「……リリ、今日はもう修行を切り上げよう。寮まで送るよ」



 一体何がフィレムを突き動かしていたのか。

 彼女について俺たちは、あまりにも知らないことが多すぎる。


 ……俺がもう少し人との関わりに慣れていれば、引き止められていただろうか。

 学園生活にも慣れてきたと思い込んでいたが、やはり剣以外のことはまだまだ未熟である。

 人との繋がりとは、何と難しいことだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る