第26話 校外演習


(一人称視点)



 校外演習は、毎年各学年ごとに学外に出て、魔物との実践訓練を行うという行事だ。

 特に俺たち一年生にとっては、魔物との戦いを初体験させるという意味合いが強い。よって一年生は強制参加。

 そうなれば普段授業に出席していない連中……フィレム・ユーウェインも姿を現す。



「既に伝えていますが、この森には本物の魔物が生息しています! この演習の目的は実際に魔物を討伐し、戦闘経験を積むこと。倒した数をこちらで集計し、順位が高いほど成績も良くなります!」



 引率のマルル先生が集まった生徒達に呼びかけている。

 何度も同じ注意を伝えているが、命の危険がある試験ともなれば当然だろう。

 一応、森の中には教師陣が待機して事故が起きないよう見張っているようだが、魔物相手に絶対の安全など保障できるはずもない。



 決められた順番で生徒が森の中に突入していく。

 初めての実践という者も多いだろうし、教師達もチームを組んで戦うことを推奨している。

 だが俺とリリは単独ソロで問題ない。リリも先日の修行で十分経験は積めたし、この森にいる魔物程度に遅れはとらないだろう。


 だからこの演習で、俺は個人的な用事に専念できる。



「――次! ティグル・アーネスト、行きなさい!」



 俺の番がやってきた。

 鬱蒼うっそうしげる森の中に、俺は一人で足を進める。





(三人称視点)



「Goaaa!!」



 木々の裏に隠れ潜んでいた猿型の魔物が、生徒の一団に飛び掛かってくる。

 一団の先頭にいた少女、フィレム・ユーウェインは静かに剣を抜く。



「――ハァ」



 ため息。

 猿型の魔物がそれを聞き取るより早く、フィレムの剣はその頭蓋を叩き切っていた。

 脳漿のうしょうをぶち撒けた魔物の死体が地面に落下する。



「さ、流石ですフィレム様! 魔物の奇襲をものともしないとは!」

「一瞬で急所を切断……素晴らしい剣筋です。」

「やはり今回の演習もフィレム様が一位でしょうな!」



 フィレムの背後にいる取り巻き達が、次々と彼女を褒め称える。

 彼らフィレム派閥は徒党を組み、フィレムの庇護を受けながらこの演習をやり過ごす腹積りなのだ。

 魔物が生息する危険地帯であるというのに、既に取り巻き達は遠足気分である。



「フィレム様! 私も魔物をこの手で殺してみたいです。次は魔物を半殺し程度で済ませて頂けませんか?」

「待て。それはフィレム様が十分な討伐数を稼いでからだ。万が一にも他の奴に討伐数を抜かれる訳にはいかないからな」

「ハハハ、上級生ならばともかく、一年生でフィレム様に敵う輩などおりますまい」



(……つまらん。実に退屈だ)



 フィレムは斬り伏せた魔物に視線をやる。

 フォレストエイプ。冒険者ギルドが定めた危険度はD。森林地帯に広く生息し奇襲を好むが、それ以外に特筆する点はない。

 Dランクは騎士ならば単独で討伐できるラインだ。既にそこらの騎士を凌駕する実力を持つフィレムにとって、苦戦のしようもない相手であった。



(この森に棲まう魔物は精々EからCランク。予想はしていたがつまらん作業になりそうだな)


「……奥に進めば魔物も増える、さっさと数を稼いで切り上げるぞ」



 取り巻き達にそう告げ奥に進むフィレム。

 強制参加のこの演習は、彼女にとって無駄な時間でしかないのだ。



 彼女がアヴァロン王立騎士養成学校に通う理由は、ただの箔付・・だ。

 この学校を卒業したという事実。それだけでこの国では名誉を得られるし、騎士としての身分も得られる。

 公爵家としてこれを逃す手はない。現に他の貴族達の多くも同じ手段を取っている。


 しかし彼女は普段、学校の授業に出席しない。

 ユーウェイン家次期当主としての務めと勉強、貴族や王族との社交界、剣の修行。それらのタスクにかかりきりで、授業に出る暇がないからだ。

 実際学園の授業は彼女にとっては低レベル過ぎて、出席する意味も薄い。

 故に出席する授業は最低限。既にそれらのほとんど単位を取得し、今では学園に居ない日も多くなった。


 だからフィレムはこの演習も、最低限の労力で最高得点を叩き出すつもりでいた。

 この学園の頂点を担う者として、一位以外は許されない。そして派閥の長として恩恵を与えるために、取り巻きの分まで魔物を用意・・するつもりでもあった。



「――――」



 だが。

 フィレムのその目論見は、早くも崩れ去ることになる。



「フィレム様、突然止まってどうしたのですか――」

「……なんだよ、この地響きは?」

「こっちに近づいてくるぞ!?」



 取り巻きが右往左往する中、いち早くその気配に気づいたフィレムは目を細めた。

 視線の先、木々を薙ぎ倒してこちらにやってくる、一体の怪物。



「あれは……まさかデビルライガー!?」

「そんな、Bランクの魔物だぞ!?」

「なんでこの森にこんな怪物が……」



 漆黒の巨体を持つ魔獣。デビルライガー。

 騎士が集団で勝てるかどうか。今までの魔物とは一線を画す危険度のBランク。


 ――その死体・・を、掲げていた少年は無造作に地面に投げ捨てた。



「ここにいたか。ようやく見つけたぞフィレム・ユーウェイン」



 デビルライガーをほふった人物――ティグル・アーネストはそう言って、フィレムにギラギラとした視線を向けた。




(一人称視点)



「……また貴様か。今度は何の用だ? 先日の件での恨みを晴らしに来たか」



 俺の姿を認めたフィレムは、そういって呆れ混じりに俺に問いかけた。

 取り巻きの貴族達も一緒だ。俺を襲った連中とは顔ぶれが変わっているが、相変わらず集団で行動するのは変わりないらしい。



「なに、ちょっとした提案をしに来ただけだ。別に喧嘩をしに来た訳じゃない」


「提案……?」


「この演習での魔物討伐数。どっちが一位を取れるか競い合わないか?」



 俺の提案が予想外だったのか、フィレムは少し目を見開いた。

 だがそれも一瞬、すぐにいつもの無表情に戻ると、抑揚のない声で再び問いかけてきた。



「私が、お前と……? なぜそうする必要がある。意味がわからんな」


「お前はこの演習で一位を取りたいんだろう? だが俺も同じ気持ちだ、せっかくだから頂点を取りたいと思うのはおかしいことではないだろう」


「――――」


「討伐数で頂点を取れる可能性があるのは、俺とお前だけ。ならば必然、この試験は俺とお前の討伐争いになる。だから本格的に狩り始める前に挨拶しておこうと思ってな」


「……。なるほど。あくまで私の邪魔をするというんだな」


「好きに考えろ。だが俺の本気度は持ってきた死体を見れば、わかってくれると思うが?」



 この森で一番危険な魔物、デビルライガーは既に始末した。

 残るは雑魚だけ。お互いにどちらが多く狩るかの討伐競争。



「お前が同意しようがしまいが、俺は勝手に魔物を狩りつくすぞ。一位を獲られたくなければ俺に追いついてみろ。フィレム・ユーウェイン」



 そう言い残して、俺はフィレムに背を向ける。

 リリには悪いが、俺達の競争にリリはまだついてこれないだろう。だから今回は一人で行動してもらった。


 俺はどうしても、彼女と対決して確かめたいことがある。



「……上等だ。身の程を思い知らせてやろう、平民」


「フィ、フィレム様……?」


「貴様等は勝手に動け。奴との戦いには足手纏いだ。魔物くらい自分達で仕留めて見せろ」


「なっ……」



「私はあの愚か者を叩き潰す。演習であろうとこの学園の頂点を、他人に譲るつもりはない」



 フィレムの宣戦布告は、確かに俺の耳に届いた。

 ならば始めよう。この演習の頂点を競う、俺とお前の真剣勝負を。

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