第25話 リリとお風呂


(三人称視点)



(一緒にお風呂……?)



 リリからまさかの混浴を提案されたティグル。

 彼は世間知らずで常識知らずだが、それでも全くの無知ではない。



「修行で汗かいちゃったからお風呂で綺麗にしたいんだ!」


「いや……リリは女の子だぞ? 普通男の俺と一緒にお風呂は入らないものじゃないのか?」


「? リリは別にいいよ?」



 即答。どころか首を傾げてキョトンとした表情でティグルを見つめてくる。



女子おなごは裸身を見られるのを恥ずかしがるのではないのか……?)



 あまりのいさぎよさにティグルは自分の常識の方が間違っているのではないかと疑念を抱き始めた。

 なお、なぜ恥ずかしがるかまでは理解していない。



(しかし考えてみればその常識は前世で知ったもの。現代ではもう時代遅れの常識なのかもしれない)



「リリ昔、本で読んだよ。“仲の良い男女は一緒にお風呂に入るもの”だって」


「!」


「リリとティグルは友達だし仲良しでしょ? きっと楽しいし一緒に入ろうよ!」


(親交の深い者と混浴する……た、確かに。思えば父と母もたまに一緒に風呂に入っていた!)



 そして勘違いを深める二人。

 世間知らず×2。残念ながら彼らの勘違いを正す者はこの場にいない。



「し、しかし……本当に友達同士でも異性でお風呂に入っていいものなのか……?」


「……リリ、友達できたの初めてだから……友達らしいことしてみたくて、本でいっぱい勉強したの。ティグルともっと仲良くなりたくて……だめ?」


「わかった。一緒に入ろう」



 純真なリリを悲しませる訳にはいかない。その一心でティグルは折れた。

 かくして人里離れた山奥で、ティグルとリリは一緒に温泉に入ることになったのだ。


 なお本人に自覚はないが、リリが読んだ本はそもそも“友達同士“ではなく“恋人同士”のスキンシップについて記されたものである。

 その事実に気づくのは、もう少し後の話。





「ふわぁ〜……温かくて気持ちいいねー」


「ああ。広々として景色もいい。寮の風呂とはまた違ったおもむきがあるな」



 そして全裸となった二人は湯に浸かり、満足そうに表情を緩めていた。

 他に誰もいない二人きりのお風呂。天然の特等席である。



(温泉に入ったのはいつぶりだろう……前世から計算すれば数十年は経っているか?)


「リリ、友達と一緒にお風呂に入るのも、温泉に入るの初めてなんだ〜。身体も心もぽかぽかして、すっごく気持ちいい……」


「まさか温泉に入れるとは俺も予想外だった。修行中は何度かここに通ってもいいかもな」



 小柄なリリは足が届かないのか、既に肩の上の辺りまで湯に浸かっていた。

 背中から文字通り翅を伸ばしているのか、きらきらと光る粉が湯気に混じって漂っている。

 元々普通の泉だったからなのか、お湯はほとんど濁っていない。リリの華奢きゃしゃな裸身と、少女らしい控えめな胸元が露わになっていたが、本人は全く恥じらう様子を見せていなかった。




(やはり俺の気にしすぎだったか。リリが喜んでいるなら何よりだ)


「そうだ、ティグルの背中洗ってあげる!」


「ん? 自分の背中は自分で洗えるが……?」


「背中を洗いっこすると仲良くなれるって、何かの本に書いてたよ!」


「そうだったのか……俺もやはり本を読んで常識を勉強するべきだな。なら頼もうか」


「えへへ、じゃあティグル、後ろ向いてー♪」



 浅いところに移動し背中を洗ってもらうティグル。

 小さな手で一生懸命擦ってくれるのがわかって、気持ちが和らいでいくのを実感していた。



(なるほど、これは確かに心地いいな。混浴は仲を深めるというのはどうやら真実らしい)



「どうティグル、気持ちいい?」


「ああ、友達に背中を洗ってもらうのがこんなに心地いいとは知らなかった」


「じゃあリリの背中も洗ってほしい! 翅があるから洗うのいつも大変なんだ〜」


「そうなのか? なら念入りに洗ってやろう」



 選手交代。

 ティグルがリリの後ろに周り、その小さな背中を泡だらけにしていく。



「ふひっ、あははは! ティグルくすぐったいよ〜!」


「おっとすまん。リリは背中がデリケートなんだな」


「翅の付け根のところとか、リリもあんまり触らないからね。洗うのも大変なの」



 その小さく白い背中から、二対の翅が飛び出している。

 幼なさを残しながらも女性らしさをかもし出す、まさに妖精の神秘とも呼べる裸体。

 少女趣味でなくとも、常人ならば性欲を掻き立てられてるであろう光景。

 それを間近に目にしてティグルは。



(うーむ、翅の根本はこんな風になっているのか。こんな小さな翅と身体で器用に飛び回るとは、妖精の身体とはすごいものだなぁ)



 全く反応していなかった。

 性欲の“せ”の字もなかった。


 彼は前世では文字通り、人との関わりを絶って生きてきた。

 他人を信用できなくなっていた当時の彼が、他者に性欲など抱くはずもなく。

 転生したといえ、人との関わりを再開して実質数年程度でその習性が消えるはずもなかったのだ。


 最も人生の全てを剣に全振りしたティグルは、性欲というものを自覚すらしていないし、リリも同様であった。

 無知で常識を知らない二人だからこそ起きてしまった混浴イベントなのだ。



「ねーティグル、膝の上に座ってもいい? リリ背が小さいから足が届きにくいんだ〜」


「ああ、そういうことなら構わないぞ」


「やった! ティグル大好き〜! それじゃあ失礼します!」



 そしてティグルの身体にすっぽり収まったリリは、そのままティグルと会話を楽しんだ。

 お互いの夢や故郷の話。剣の話から学校の話まで。

 色々な話をして、二人の距離感は確かに縮まった。

 それが友達としての距離感なのかどうかは、今のところ本人達も知るよしはなかったが。




 それから二人は休日をめいいっぱい使い、剣の修行に明け暮れた。

 魔物を狩り、組み手を行い、一緒にお風呂で身体を休める。

 そんな濃密な時間はあっという間に過ぎ去っていく。



 ――そして。校外演習、当日。





「リリ。悪いが今日の演習は一人で頑張ってくれないか?」


「うん? それはいいけど、ティグルはどうするの?」



 学園の外。演習場である森にやってきたティグルの視線は、ある一人の少女に向けられていた。

 燃え上がるような紅蓮ぐれんの髪は、離れたここからでもよく目立っていた。



「俺はあいつに用があるのでな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る