第23話 嵐の前触れ
明けましておめでとうございます。本年度もよろしくお願いいたします。
◆◆◆
(三人称視点)
マルル・フレリアがティグルの担任となってはや一週間。
観察を続けた結果、彼女はある程度ティグルの
「あれですね、“人間の皮を被った猛獣”。これが一番的確な表現だと思います」
まず常識の欠如。
この国の人間なら誰でも知っているような知識を持っていない。
円卓の騎士のことを何も知らないし、剣士なのに流派の名前をほとんど知らない。
次に闘争への異常な執着。
常に戦う相手を探してギラギラした視線を彷徨わせている。
生徒に避けられている事に気づいたのか、最近では教師達を品定めしている。
マルルも三回くらい決闘を申し込まれた。全部断った。
そして壊滅的なコミュニケーション能力。
積極的に話しかけてくるかと思えば、剣の話しかしない。
“ちょっと斬り合わないか”とか、“斬り上げと斬り下げどっちが好みか”とか。どう考えても雑談で話す内容ではない。
「多分本人に悪気はないんでしょうが、いかんせん価値観が違いすぎて浮いていると言いますか……正直クラスメイトからもドン引きされていると言いますか。あの円卓の騎士とも戦いたがってますし、なんなんでしょうあの戦闘狂は」
「……マルル教諭は時折、癖のある言葉遣いをするね」
マルルの報告を聞いていた学園長ルフォスはそう言って苦笑した。
「ともかく、私の感じた所見と大きな違いはないようだ。人の皮を被った怪物、あるいは人間になりたがっている獣。言葉を選ばなければそんな印象だね」
「正直私は彼の価値観についていけません……他の生徒も同様です。
ついていけているのはリリちゃんだけですね。あの好奇心と純粋さには感服です」
「彼女は特にティグル君と仲良くしているそうだね。あんな事件があった後だから心配していたが、立ち直れたようで何よりだ」
「まあ、そこは、はい。リリちゃんもクラスでは浮いていて、友達がいませんでしたから……ティグル君とは息が合うんでしょうね。どちらも子供っぽいというか」
「マルル教諭、せめて純粋とか価値感が近いとか言ってあげよう。……ともあれ、初日を除けば騒動は起こしていないようで何よりだよ」
「初日で貴族と乱闘騒ぎを起こしたのはダメでしょう」
覚悟はしていたが、やはりティグルは学園に良くも悪くも波乱を呼び込んでいた。
それでも現時点ではまだルフォスの想定の範囲内。そしてしばらくは学内でまだ様子を見る事に決めた。
(私の勘が正しければ、これはまだ嵐の前の静けさだ。遠くない内に学内どころか国家を動かす、大きな嵐を呼び寄せるだろう。それが利となるか害となるかは、まだわからないがね)
「貴族といえば、フィレム・ユーウェインの動向はどうかな」
「目立った動きはないです。ただ例の襲撃事件に関与した貴族を派閥から追放したそうで、一時的に派閥の力は弱体化しているようですが……」
「……とはいえ、派閥が崩れるとまではいかないだろう。彼女の傘下にいる貴族に大した影響力はないからね。ユーウェイン家、もといフィレムが健在ならば、あの派閥が崩れることはないだろう」
「……学園長は、やけにフィレムさんを評価していますよね」
「実際彼女はあの年で支配者としての立ち振る舞いを理解しているからね、大したものだよ。まるで女王様だ」
「――――」
マルルはそこで口をつぐんだ。
彼女もルフォスの考えや企みを全て理解している訳ではない。
ルフォス・ガラハッドが本当にフィレムと敵対しているのか、時折疑問に思うこともある。
ユーウェイン家と同じ公爵家である、ガラハッド家の力を用いれば、フィレム一派を力づくで学園から排除することはおそらく可能だ。
しかし彼はそれをしない。どころか、ティグルという不確定要素をわざわざ学園に取り込んで何かを目論んでいる。
(まあ、学園長なら悪いようにはしないでしょう。少なくとも腐った貴族共と違って)
「ところでマルル教諭。“校外演習”の準備は順調かな」
「あ、はい。丁度演習中の二年生が明後日には戻りますので、それを確認してから一年生も出発する予定です」
「結構。多くの生徒達にとっては、初めての実戦となるだろう。何せ相手は本物の魔物だからね。君にとっても初めての引率だろうが、万が一の事故が起きないようしっかり準備を怠らないように」
「はい。勿論です」
「ティグル君とフィレム君もきっと参加するだろう。二人の動向の確認も忘れずにね」
「は、はい……」
(不安だ……絶対何か起きそうで嫌な予感しかしない……!)
数日後に控えた学園の恒例行事の一つ、校外演習。
残念ながら、そこでマルルの悪い予感は的中することになる。
◆
(一人称視点)
「さて、この辺りでいいかな」
山の中を歩き始めて半刻ほど。ようやく納得いく場所を見つけた俺は足を止めた。
平らでそれなりに開けた空間。そして付近に漂う
「ティグル、こんな所で今から何するの……?」
不思議そうな顔を浮かべて尋ねてくるのは、俺の初めてにして唯一の友達、リリだ。
学園からここまで移動しっぱなしだったにも拘らず、ほとんど疲労の色を見せていない。
空を飛べるというのは便利なものだ。
「勿論、修行だ。貴重な休日だからこそ、学園ではできない修行をしようと思ってな」
「それは昨日誘われた時に聞いたけど……こんな山の中でしかできない修行って?」
「“魔物との実戦修行”だ」
こうした人の気配がない山奥、それでいて一定の魔力が漂っている場所には、よく魔物が出現する。
付近に漂う獣臭と、ここに来るまでにみた幾つかの痕跡が魔物の存在を物語っているのだ。
「聞いた話では、週明けに校外演習が行われるのだろう? なんでも実際に魔物の生息地に出向いて戦うそうじゃないか。今のうちに魔物との戦いに慣れておきたいと思ってな」
「な、なるほどー! 確かに学園には魔物はいないもんね!」
「あとそろそろ魔物の肉が食べたい。王都では一切出回っていないし、いい加減自分で調達しようと思ってな」
「ティグル、もしかしてそっちが本音じゃないの……?」
あの独特の臭みと旨み、そして舌を炙るような刺激的な味。
リリも一度食べてみたらこの良さがわかるに違いない。
前世で一度食べてからというもの、定期的に食べないと落ち着かない体質になってしまった。今世ではあのシルバーウルフを食べたきりだ。
「ともかく、魔物との戦闘経験を積んでおくことは重要だ。明後日の校外演習もそうだし、騎士として生きるなら魔物と対時することも多いだろう」
「騎士になるかはリリもわかんないけど、魔物との戦いは慣れておいた方がいいもんね。リリも一緒に修行するよ!」
そんな訳で、何度目かのリリとの修行兼、魔物肉集めがスタートするのだった。
……まさかあんな展開になるとは、この時は予想だにしてもいなかったのだが。
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